AWC 無角館殺人事件 (6)   永山


        
#595/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  90/ 9/ 6  10: 3  (200)
無角館殺人事件 (6)   永山
★内容
「私からは何とも……」
 困ったような顔をして、執事はたたずむ。
「答えたくないのでしたら、結構。でも、何か言いたいことができましたら、
いつでも言ってください」
 あっさり、引き下がる地天馬。これは珍しいことではない。彼はいつも、動
機は重要視しない。動機をないがしろにしているのではなく、余計な情報に思
考を乱されたくないのだ。警察と同じ様なことをしたくないためもある。
「一人ずつ話を聞こうかと思っていたが、やめた。気が向いたら、そして機会
があれば話を聞こう」
 地天馬は藤堂への当てつけか、それとも本心からか、物置から飛び出しなが
ら大きく言った。

「いちいち聞いてみたってたかが知れているよ、きっと。遺産・生命保険がら
みか夫婦の不和、兄弟の確執、もしくは労使間のいざこざくらいのものだぜ」
 地天馬は動機について、極めて簡単に片付けようとする。私は反論を試みる。
「兄弟の不和ってのは、どうもなあ。善次郎氏は社長だの会長だのの椅子には
執着していないようだが。カメラマンとして割にうまくいっているみたいだし。
もし動機がそれだけだとしたら、除外できるのは誰だい?」
「僕は動機がないからといって、除外したりはしない」
「そう言うなよ。えっと、うん。除外できるのは浜村深百合さんと野間の比呂
見氏の方だ」
 私は書き出した人物表を見ながら結論を出した。
「そう簡単にはいかないんだ。黙っていて悪かったが、現場の机にはね、こん
な文字が遺されていたんだ」
 地天馬は私が持っていた人物表を手にすると、その端に何やら書いた。よく
見ると、「々」という字に見える。
「犯人に押し込まれた正一郎氏が、殺されると直感し、撃たれる前に極秘に書
き遺したのかもしれない」
 地天馬は含みのある言い方をする。
「どうして黙っていた? それにこれは何という意味なんだ?」
「まあ、先に確かめたくはないかね。現場である正一郎氏の部屋にこの文字が
遺されていたのを」
 地天馬に促され、私は確かめたくなった。すぐさま、足を現場に向ける。
「これだよ」
 地天馬が指さしたのは、机の上にある何かの書類である。隅の方に「々」と
乱暴な字である。ボールペンで書かれているらしい。
「これは正一郎氏の字かなあ」
「そいつは分からないさ。筆跡鑑定も難しいだろう」
 地天馬は筆跡鑑定できないのがうれしそうに言う。どうもこいつは、事件が
複雑化するのを喜ぶ傾向がある。
「じゃあ、せめてどういう意味なのか、教えてくれ」
「考えてみたらどうだね」
「そんなこと言っても、中島美々の々か? 何か変だよなあ。中と書いてもよ
さそうなもんだ」
「それならバレると、被害者は考えたのかもしれないぜ」
 地天馬は意地の悪そうな顔をした。
「もったいぶらずに、君の考えを聞かせてくれよ」
「まあ待て。これはワープロがあった方が、説明し易いんだ。浜村さんのとこ
ろへ行こう」
 そう言うと、地天馬は素早く行動を起こした。私が追いつけない程の速さで、
彼は浜村の部屋に向かう。
「む、鍵がかかっている。いないみたいだ」
 ノブをガタガタさせつつ、地天馬は舌打ちした。
「おいおい、ノックくらいしろよ。いなかったからいいものの、女性に対して
あまりにも失礼だ」
「いないとなるとだ、彼女がいそうなのは……」
 私の言葉も聞かず、一人でぶつぶつやっていた彼は、同じ階の一号室に向か
った。
「才野君、才野有一君! 浜村深百合嬢はおられるかな?」
 癖なのか、地天馬は時々、このような芝居がかった言い方をする。
「地天馬さんですか? はい、深百合はいます」
 中から何か慌てたような様子の声。才野の声だ。
「話があるのだが、開けてくれないかな」
「はい、ちょっと待ってください。今、開けますから」
 やがて鍵の開く音がし、ドアが開けられた。ドアを開けた浜村は、顔を赤ら
めうつむいている。
「やっ、これは無粋なことをしてしまったようだ」
 まだ芝居がかっている地天馬は、それでも事態を把握したようだ。
「いえ、別にいいんですけど。それで、何の用ですか?」
「無論、浜村さんに用があったのだが、浜村さん。ワープロを貸してくれませ
んか。今すぐに」
驕@またも意味のない手話を交えながら、地天馬は浜村に話しかける。浜村は黙
って部屋を出ると、自分の部屋からワープロを持ってきたようだ。
「わざわざどうも。さ、君、<々>をどう読むか知ってるかな」
 地天馬はさっきの人物表の端に書いた字を示しながら、私に聞いてきた。
「? そういや、知らないな。何て読むんだい」
 地天馬が何やら浜村に意志を伝えると、彼女はワープロのキーを叩き始めた。
「どう とう のま」と入力している。
「さっ、変換キーを押してみるんだ」
 こう地天馬に促され、私は変換キーとやらを押した。すると先ほどの平仮名
は「々 々 々」と変換された。
「あ!」
「うん、このワープロはいい辞書機能を持ってるね。それとも浜村さん、君が
補助登録した?」
 地天馬の質問にうなずく浜村。彼女は三つ目の々だけ指さした。
「<のま>は補助登録したってこと?」
 うなずく浜村。
「へえ、この字、そんな読み方をするんですか!」
 才野も面白がっている様子。
「いや、読み方がそうというんじゃないんだ。便宜上、こう読もうというだけ
であってね」
「でも、どうして、どう・とう・のまという読み方をあてたんだ?」
 私は不思議に思った。
「どうは同、つまり同じという意味に通じる。とうは等しいということさ。々
はその直前の字と同じ・等しいという字義だろ」
「なるほど。のまってのは?」
「々の字をよく見てみるといい。カタカナのノとマを隣合わせたような形にも
見えるだろう」
「ああ! そうか、面白い! じゃ、じゃあ、犯人は」
「ちょっと待ってくださいよ。何のことなんですか?」
 先走る私に、事情を知らない才野が待ったをかけた。地天馬が手短に説明を
Kリ峅z`。
「ははあ。それでダイイングメッセージの謎解きですか。犯人は野間さん達の
どちらか?」
「そうとも言えるが、断言はできない。藤堂(とうどう)を一文字で表そうと
したのかもしれないし、中島美々のことかもしれない」
 中島の名を出すと、才野の表情が堅くなったようだ。
「……それで地天馬さんは、どう考えているんです?」
「さあてね。まだ考慮しなければいけない条件があるしね」
「考慮しなければならない条件?」
 私は思わず聞き返した。
「そう。例えば、誰が書いたのか、ということさ」
 地天馬はこともなげに言った。
「じゃあ、君はこの文字は正一郎氏が書いたのではないと考えているのかェ"ツH」
「まだ何とも言えないな。ただ、いやに角張った字だったから、筆跡を気取ら
れないよう犯人が書いたと考えられぬことはない。ところでお二人さん」
 地天馬は才野と浜村に向き直った。
「最近、正一郎氏におかしな行動はなかったかな?」
「別に……。あ、そういえば今までワープロを使ったこともないのに、この前
急に深百合に借りにきたことがあったね?」
 才野の言葉に、浜村はこくんとうなずく。地天馬は手を擦り合わせ、言った。
「ははあ。つい最近にね。ふむ、面白い」

「食事中にこんな話題も悪いと思うんですがね」
 藤堂に呼ばれ、私達が食事の席に着いた途端、十和也が切り出した。
「現場を見てもいいということらしいですが、正一郎氏の遺体はどこに移動し
たんです?」
 箸の先に焼き魚の身をつまんで、少し振り回すようにして言う十和也。
「善次郎さんとコックの吉野が裏庭の隅に運び、毛布を掛けておいたはずです」
 浜村の手話によって話題を察した中島が、案外、平静なまま答えた。
「この雨なのにですか。傷みが早くなるかもしれませんよ。なあ、比呂見」
 医者たる比呂見に同意を求める十和也。比呂見は小さく、「うん」とうなず
いた。
「これ以上雨がひどくなるようでしたら、蔵の中にでも運ばせましょう」
 中島は平静なままである。夫が死んだというのに、この冷静さはどうしたこ
とか。
「僕もいい話題じゃないんですが、ついでに言ってしまうかな」
 話題を転じるのは、地天馬だ。
「まだ正一郎氏の事件で凶器となった拳銃が見つかっていません。それに彼の
片腕ものこぎりも。さらに正一郎氏の愛玩していた黒猫も行方不明です。つき
ましては、その捜索をやってみたいんですが、どうですかね」
「捜索というのは、庭とか?」
 才野の問いに、首を振って否定の意を示す地天馬。
「いえ、申し訳ないんだが、皆さんの部屋も捜索したい。どうで……」
「なりません!」
 地天馬の言葉が終わらぬ内に、中島が叫んだ。
ラ「それは認められません!」
「……何故です? こうすることも一つの方法でしょう」
「いえ、お客様に迷惑をかけるような行為は許されません。招待主の私の立場
はどうなります。そうするにしても、もっと後でよろしいではないですか」
 中島は、何か必死に理由を作ろうとしている、と感じたのは私だけだろうか。
とにかく、少々雰囲気が気まずくなってしまった。
「醤油、取ってください」
 今まで食事中にしゃべったことのなかった太田黒が、場の雰囲気を救うため
か、私に対して言ってきた。私の目の前に、さっき魚にかけた赤いふたの醤油
瓶がある。
「あ、これですか。どうぞ」
「どうも」
 太田黒はたっぷりと醤油のかかっている焼き魚に、さらに醤油をかけた。

驕@食事が終わると、地天馬はいそいそと席を立ち、玄関へ向かった。何をする
のかと思ってみていると、靴を調べているようだ。
「何か分かるのかい、その靴から」
「うん、断定できるほどのもんじゃないんだが。犯人が凶器やら腕やらを外に
隠したとすりゃ、靴が汚れているんじゃないかと思ってね」
「なるほど! で、首尾は?」
uだめだね。雨が降り出したのは今日からだから、もし、昨日、犯人が隠ぺい
を行ったとすれば、あまり特徴ある泥の付き方はしないだろうね。例え今日に
なってからだとしても、靴に泥が付着する理由なんて、いくらでも考えて言い
訳できるし」
「そうか。ところで地天馬。他の人達を勝手に動き回らせていいのかい? で
きるだけ彼らの行動を掴める状態であるのが、解決するにあたって便利だと思
うが」
「君、それを実行に移したことがあったな。確か、僕が所用で招待に応じられ
ず、代役を立てて行ってもらったやつだ」
「ああ、<ブリキ怪人>事件か」
「そう。その時、君のやり方はうまくいったかね?」
 嫌みな響きで地天馬は私に聞いてくる。知っているくせに。
「……最初はよかったけど、結局はだめだった」
「そうだ。君達のやり方が悪かったせいもあるが、実際問題、個人の自由を奪
うような行動に走れるものではない。警察がやれば、その権力から言って、不
可能ではなかろうが。ま、最近の警察はミンシュテキだからね」
「警察批判もいいが、君は事件解決へもっと尽力すべきだ」
 私は本音を言った。が、地天馬は一向に聞いていないようだ。
「どうも乗らないんだなあ」
「乗らない? 乗るとか乗らないの問題か、これは!」
「どうも乗らない。僕の最初の予感の、最も悪い物が的中していたような気が
する。それと片腕切断の関係がしっくりとこない。理由も方法も分からないし」
 地天馬があんまり頼りないんで、私は口を開く。
「理由はともかく、方法は簡単じゃないか。物置から盗んだのこぎりで切った
んだろ」
「そんなんじゃなくて……」
 説明が面倒になったのか、「そんなんじゃない」訳を言わないまま、地天馬
は黙りこくってしまった。
「どうしたんだ。もう、つまらないことに構ってないで、捜査に移れよ」
「……暇だから、それもいいか」
 地天馬はどうもおかしい。私は腹が立ち、怒鳴ってやった。
「暇なのは、君が真面目にやってないからだろ!」

−以下7−




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