#593/3137 空中分解2
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無角館殺人事件 (4) 永山
★内容
中島美々を生で見たのは、初めてであった。テレビ等で見るのと比べると、
まだ若いはずなのに、老けて見える。苦労が生み出した表情か。
横を見ると、地天馬が何やら手話で、中島に話しかけ始めた。初対面なので、
挨拶をしているのだろう。
「ほら、君も」
地天馬が中島にお辞儀をしながら、私の横腹をつつくので、私も頭を下げた。
「どうか、有一君のわがままを聞いてやってくださいね」
そう言いながら、中島が返してきた。何だか、芸能人っぽくない。
にぎやかにと言った割には、食事はかなり静かなものとなった。太田黒は全
くしゃべらないし、中島も必要最低限のことしか話さない。地天馬は浜村とよ
く話しているのだが、何故か彼は手話を使う(浜村は耳は聞こえるのに)ので、
静かな会話だ。才野も浜村に話しかけるが、たいていが耳打ちをする格好だ。
野間比呂見は元々、口数が多い方ではないようだ。比較的よくしゃべるのは、
野間十和也と陣内善次郎で、十和也は誰彼となしに話しかけ、善次郎は独り言
のように、よく話す。私の右隣にいる善次郎が、ぼそぼそと言った。
「兄さんは引っ込んだままか。全く、しょうがないな」
「善次郎さん、あなたがいるからですよ」
十和也が受ける。ついで十和也は、不快な顔になった善次郎に言う。
「ちょっと、そこのソース、取ってくださいよ」
「ん?」
善次郎の皿の前には、調味料らしき瓶がいくつか列んでいる。赤いふた、青
いふた、黄色に緑とカラフルだ。
「確か緑のがそうです」
十和也がそう言ったにも関わらず、善次郎は聞こえなかったのか、聞こえた
が無視をしているのか、瓶に手を伸ばそうとしない。しかし、手の動きは止ま
っている。
「取ってくれてもいいじゃないですか」
十和也が少し、大きな声を出した。
「……家政婦さんに頼めばいい」
善次郎は憮然とした口調でそう言うと、再び手を動かし始めた。
「……」
十和也が何か言おうとしたが、隣の比呂見がとめた。その間に、家政婦の森
本が飛んで来て、ソースの瓶を取り、十和也に渡す。
「どうもすみません。ま、あなたのようなきれいな女性に取ってもらった方が
嬉しいですから、よしとしますか」
十和也はキザな言い方をする。双子の比呂見は閉口した様子だ。
u主人はちゃんと食べていた?」
中島が森本に聞いた。すると家政婦は浜村の席にやって来た。
「召し上がっていますが、少しお元気がないようでした、とお伝えください」
彼女は浜村にこう頼んだ。森本は手話ができないらしい。もっとも、できな
いのは私も同じだ。
浜村が手話でその事を伝えると、中島は安心と不安が入り交じったような顔
をした。
「普段も、こんな通訳みたいな事を?」
地天馬が口を開いた。浜村と森本に向けられた質問だろう。
「いえ、いつもは私は紙に書いて、奥様にお見せしています。でもお食事のよ
うな場合、いちいちメモをしてお渡しするのは見苦しいと思いまして……」
「ははあ。よく分かりました」
地天馬は顎に手をやりながら応じた。早くも伸び始めた不精髭が気になるら
しい。
みんながだいたい食べ終わった頃になって、才野が私と地天馬の方を向いて、
「この後、どうされるんですか?」
と聞いてきた。
「どうするも何も、僕達は君に招かれたんだから、そちらの都合を優先するつ
もりだ」
「じゃあ、もう一度、僕の部屋に来て、事件の話をしてください」
「野間さん達も一緒?」
私は野間双児を見ながら言った。
「いや、正一郎氏に呼ばれているんだ。弁護士としての仕事でね」
十和也が答えた。比呂見の方は、
「僕は用はないんですが、できれば風呂に入りたいんですが」
と言う。また森本家政婦の出番だ。
「お風呂は沸いておりますが」
「どうぞ、お先に入ってください」
才野が促した。まるで彼がここの主人のようだ。
「どうも。あ、ごちそうさまでした」
とだけ言って、席を立った野間比呂見は、すでに浴室の場所を知っているら
しく、一人で歩いて行った。
「では、我々も行きますか」
地天馬が立ち上がった。浜村も急いで立ち、才野の車椅子を押そうとした。
「浜村さんもずっと車椅子を押していたのでは、疲れるでしょう。車椅子の押
し役は、こちらの親切な助手がやってくれます」
地天馬は私の方を顎で示しながら、手話と口で言った。
「おいおい! 僕は」
「いつも浜村さんが押しているの?」
私の抗議を無視して、地天馬は才野に話しかけている。
「いえ、いつもは家政婦の森本さんが、いろいろと僕の世話を見てくれます。
でも、食事を作るとき等は、藤堂さんだけでは手が回らなくなるので、そちら
に森本さんが手伝いに行きます。その間だけは、彼女がやってくれます」
驕uふむ。やはり、森本さんを忙しくしている我々客人に責任がある訳か。とい
うことだから、君、椅子を押してあげよう」
私に対して地天馬が言った。もはや、私には言い返す元気もすべもなかった。
「<手首切断事件>、事件名<手首が二つ>に出てくる盗難事件ってどんな物
なんですか?」
やっとこさ着いた部屋で、才野は早速、地天馬に話しかける。私の方は慣れ
ぬ労働をしたせいか、疲れていた。
ところで、この無角館。階段だけかと思っていたら、ちゃんとエレベーター
があるとは知らなかった。才野専用の物だ。当り前と言えば当り前だが、とに
かく、そのおかげで、私は少し、楽ができた。
「その内発表するから、あまり言いたくはないんだけどね。少しだけならいい
か。盗まれた品は、偶然にも宝石だよ」
「宝石……」
「去年、ここで起こったという盗難事件に、僕はとても興味があるんだ。どう
してだか知らないが、ひかれる」
「名探偵の勘という意味ですか?」
「ちょっと違うけど、そんなところだろうか。誰が犯人か、君としては思い当
たる節がある?」
「話し手と聞き手の立場が逆転という訳ですね。でも、思い当たる節なんてあ
りませんよ。宝石は誰にでも出入りできる部屋に置いてありましたし、ただの
ガラスケースにいれてあっただけですし……。あ、ひょっとして、動機の方を
聞いているんですか? だけど、この前ここに来ていた人には、それほどお金
に困っている人はいなかったし、使用人の人達にも充分給金を払っているはず
ですから」
「その宝石は、例えば正一郎氏が大事にしているとか、そんなことはない?」
「いえ、正一郎父さんは大事にしてはいませんでした。その石に執着していた
のはむしろ僕です。宝石は、母が大切にしていた物なんです」
「そうだったの。それにしては、君はさっき、淡々と話していたようだが、ど
うして?」
「感情的になっても、どうなるってことないですから」
「……宝石の行方は気にならないってことかな?」
「それは気になりますが」
「では、見つけてみせよう。この滞在期間中に、必ず見つけ出す」
地天馬は言い切った。
「本当ですか? でも、休暇を兼ねてここには来たんでしょう?」
「いやいや。君の依頼に応えて、ここに来たのだ。何か事件解決の依頼が君か
らあれば、喜んで尽力しよう」
そう言うと地天馬は、才野有一や浜村に宝石の形状を聞き始めた。
「なるほど、こいつはどこにでも隠せるな。少し厄介だが、必ず見つけ出して
みせる」
地天馬は、再び言い切った。
「土がやわらかい方がいいだろうから、例えば、古井戸の中とかね。井戸は調
べて行ったかな、警察は?」
「いえ、調べていません」
有一が答える。
「じゃあ可能性はあるね。今すぐ、調べてみてもいいと思うが、どうかな?」
uもう暗いから、明日でいいですけど」
「確かに。仕方ない、明日にするか」
地天馬は残念そうに言う。暗いから、と言われなかったら、気にもとめずに
掘り返していたかもしれない。
この後、私は話し込んで時間を潰し、午後十時には部屋に引き揚げた。それ
から風呂に入り疲れをとる等して、床についたのは十一時となっていた。地天
馬の方は私が部屋に引き上げた後も才野達と話していたらしく、隣の部屋のド
アが開く音で私が浅い眠りを覚まされたのは、日付も変わり、午前一時を過ぎ
ていたと記憶する。隣の部屋のドアの音というのは、いかに防音してあっても
静かであれば壁を伝わるのか、聞こえるものなんだなとヘンなことに感心して
いる間もなく、私は再び眠りに襲われた。
ドアを激しくノックする音で、私は浅い眠りを覚まされた。時計を見ると、
午前七時。
「はい! 何ですか?」
「あの、朝早くにすみません。森本です」
家政婦であったか。何事だろう。朝食に呼びに来たにしては、乱暴なやり方
だ。私は上着を引っかけて、ドアを開けた。
「何です?」
uあの、正一郎様が死んで……」
「え? 死んだ? どういうことです?」
「ついさっき、私、正一郎様の部屋にお食事を届けに行ったのです。いつもな
ら、お目覚めの時間なのですが、ドアをノックしても、お返事がありません。
それでノブに手をかけると、鍵のかかっているはずのドアが開いて、室内が見
えたのです。すると、正一郎様が血を流して倒れている姿が……」
「今、誰か部屋についているのですか?」
「はい。私、慌てて藤堂さんを呼びに行きました。ですから、藤堂さんがいる
驍ヘずです。地天馬さん達に知らせるように言ったのも、藤堂さんです」
「分かりました。私は地天馬を起こしてそちらに向かいます。森本さん、発見
したときの状況を後でうかがうことになると思いますので、そのつもりでいて
ください」
「はい、あの、朝食の準備がありますので、そちらに行ってもよろしいでしょ
うか?」
「あ? ああ。気分が悪くなっていないのでしたら、そうしてください」
私は森本の顔色を見て、そう言った。そして部屋を出、地天馬を起こしに行
く。
彼を起こすのには、非常な技術を必要とする。その技術を用いても困難なこ
とが多い。彼は一日連続十時間眠るのが、一番体調によいとしているので、約
六時間しか寝ていない今の時点では、かなり疲れる作業となる。せめて耳元ま
で行って、叫べるのならいいのだが、部屋に鍵がかかっていては、それもでき
ない。
とにかく、大変な苦労をして彼を起こし、鍵を開けさせた。その描写は長く
なるのでやめておくが、私が彼に事情を説明し、二人で正一郎の部屋に着いた
とき、時計は午前七時四十分くらいになっていたとだけ、記そう。
「遅くなってすみません」
と私は、待っていた藤堂に言った。遅くなった原因たる地天馬の方は、何も
言わない。どんどん部屋の中に入って行った。
「これは酷いな」
地天馬は、正一郎の遺体を見ながら言った。それは拳銃らしき物で頭を撃ち
抜かれているらしく、こめかみの辺りから激しく血が流れた跡がある。頭部の
形は保たれていたので、それほど強力ではない拳銃で撃たれたのか、もしくは
距離をおいて撃たれたということが分かる。焦げ目があるかどうかは、分から
ない。
それよりも我々の目をひいたのは、正一郎の右腕がないことだ。腕の付け根
から何かで切り取ったのか、見事になくなっている。
「片腕がない。どういうことだろう」
私のこの質問を無視し、地天馬は室内を見回り始めた。せわしなく動いてか
ら、急に立ち止まると、執事の藤堂に聞いた。
「他の人には、知らせたのですか?」
「いえ、まだ知らせていません」
「結構。何も現場に手は触れてませんね」
「はい。森本さんの知らせでここに来てからは、絶対に変わっておりません」
「ふむ。現場はまだこのままにしておきましょう。詳しいことは、僕が皆さん
に説明しますから、普通通り朝食の準備をお願いします。それと野間比呂見さ
んを呼んでください」
「分かりました」
藤堂は自分の役目が終わったとみるや、素早くきびすを返して、調理場の方
に向かった。
「地天馬、どうするんだ。君がいながら、予告が実行されてしまったぞ」
私は焦った調子で、彼に言った。ところが地天馬の返事は、
「猫がいない」
ときた。何だって?
−以下5−