AWC 大型近未来小説  「手」 (3) ゐんば


        
#562/3137 空中分解2
★タイトル (GVB     )  90/ 8/19  12: 6  (149)
大型近未来小説  「手」 (3) ゐんば
★内容

 もちろんこういった世界だけではなく、一般の日常生活にも変化は着実に現わ
れた。パニックに陥ったのは服飾業界である。今までのデザインが、すべて使え
なくなったのだ。
「いらっしゃいませ」
「ちょっとブラウスみせてね……あら、このブラウスいいわあ」
「とてもよくお似合いですわ」
「あらでもこれ六本腕用ね……同じデザインで同じサイズで八本腕用のないの」
「八本腕用ですか、少々お待ちください……申し訳ございません、ただいまきら
しております」
「残念ね……あっらー、これもいいわあ、……やあねえ四本腕用じゃないの、こ
んなもん今どき誰が買うのよ。八本腕用のなんかないの」
「こちらが八本腕用になりますが」
「でもこれ八本は八本だけど上から順に一本二本一本って両側に付いてるタイプ
じゃない。そうじゃなくて両わきに一列についてるのが欲しいのよ」
「そうですねえ、ブラウスではありませんけど……こちらはいかがでしょう」
「なによこのゼッケン」
「いえ、タンクトップです」
「なんだ……もっと気の利いたものないの」
「こちらのお徳用はいかがでしょう。これでしたら十六本まで入りますが」
「冷蔵庫じゃないのよ。しょうがないわねえ、じゃあパンツみせてくれる」
「こちらなどはいかがでしょう。八本腕用ですが」
「……なんでパンツに八本腕用があるのよ」
「ポケットに手を入れて歩く人のためです」
 悲劇は時計業界にも起こった。
「……」
「……」
「……」
「……誰だよ腕が増えれば腕時計も売れるって言ったやつ」
「……あの時はみんな賛成したじゃないか」
「やかましい。考えてみれば腕が何本あろうと時計なんて一人に一個あれば十分
に決まってるじゃないか。見ろよこの在庫の山」
「だからちゃんと『いま、一本に一個の時代』ってコマーシャルもやったじゃな
いか」
「ほほう、じゃお前は腕が二本のとき両腕に時計してたのか」
「いや、そりゃまあ」
「それでも時計が正確ならいいよ。『左第一手と第二手で時間が違うんだけど』
って苦情が、何件来たと思う」
「まあ、そういうこともあるさ」
「おまけにその時計がアラームつきだから始末が悪いや。少しずつ間を置いて、
あっちの手でピーピーこっちの手でピーピー」
「そのくらい派手な方が」
「なにが派手だ。どうしてくれるんだよこの在庫」
「……だからこれはだなあ、つまり、その、景品付けて売るってのどう」
「なにを」
「……そのお、やはり、なんだ、そうそう、腕をおまけに付けるってのどう。
『今、腕時計を買うと、腕も付いてくる』って……やっぱ……だめか」
 これが宝石業界になると逆の論理が成り立つから恐ろしい。
「ヒ・ロ・く・ん」
「なんだいユッコ」
「もうすぐね、わたしたちの結納」
「そうだね」
「婚約指輪とかもう決めた?」
「ううん、まだなんだ」
「あたしねえ、やっぱりダイヤがいいな」
「そうだね、ダイヤがいいかもね」
「あんまり高いのでなくていいの」
「うん、でもよく『婚約指輪は給料の三ヵ月分』っていうしさ、やっぱそのくら
いはね」
「ほんと?うれしいっ」
「そりゃユッコのためだもん」
「でねー、第二手はサファイア」
「……は?」
「だってやっぱり誕生石だもん」
「……ちょっと待って、なに、第二手って」
「知らないの?いまは『手の数に応じて』っていうのが目安なのよ」
「知らなかった……」
「それからね、第三手はオパール」
「給料って、手取りかな額面かな」
「え?」
「いや、こっちのこと……」
「そんでね、第四手はエメラルドにしてね」
「……ユッコの手は四対しかないな。三かける四、ちょうど給料一年分か。……
定期を解約すればなんとかならないこともないな」
「そんな、無理しなくてもいいのに」
「大丈夫。おれも男だ。ユッコのためなら、そのくらいなんでもないよ」
「ほんと?ヒロくんだーい好き!」
「まかせなさいっ」
「いまのが左でね、右第四手はルビーがいいな」
「ふわあ……」
「ちょっとヒロくん、やだ、ヒロくんったらあ、おきてよ」
 電車の中の光景もずいぶん違ったものになってくる。手が増えた分だけ混み具
合もひどくなる。
「いやらしいわねこのチカン」
「その手、私んじゃありません」
「じゃ誰よ」
「俺じゃないぞ」
「私でもない」
「うわあ。俺の尻をなでたな」
「だいたいこんなに手があってなにがなんだかわかるもんか」
「ちょっと、そこの人、一人で吊り革を六つも七つも使わないでください」
「仕方ないでしょう。支えてないと倒れちゃうんだから」
「あんた腕をぶらさげ過ぎなんだよ。重心が上半身にあるじゃないか」
「しょうがないだろ、ウエイターなんだから、腕の十二本くらい」
「あたしだってコンピュータのオペレーターだから手の十本も持ってるけどね、
あんたみたいに吊り革占領したりしないよ」
「十本と十二本じゃ違うでしょうが」
「似たようなもんだよ」
「こら、こら、こら。そこのお若いの、喧嘩はいかん。ここはこの年寄りに任せ
て。ほらほら仲直りの握手して。ほら、もうひとつの手も。ほら、もうひとつ。
そんなに怒らないで、もう一個握手して。ついでにこっちの手も。ほらほら、ま
だ五本も余ってる、この手もほれ。この手もおまけだ。そっちの手もだして。あ
と二本だ、もうひとつ握手。最後の手もほら。これで二人は仲直りというわけだ。
かっかっか」
 その瞬間、ウエイターは余った二本の手でオペレーターと老人を思いっきりぶ
んなぐった。
 企業戦士たちは当然のように十何本の腕を下げている。
「どうだね、しっかりやっとるかね」
「あ、部長。いやあこう書類が多くっちゃ」
「いやあすごい格好だな。十二本の手に鉛筆を持って」
「こうでもしなきゃ間に合いませんよ」
「おい、一本だけ手が遊んでるじゃないか」
「これ元々の左手です」
「なんだ……ところで今度、社内で手話講座を開くんだがね、君も参加しないか」
「手話?耳の不自由なお得意様でも来るんですか」
「いやいやそうじゃないんだがね、ほら、手はいくらでも増えるけれども口は増
えないだろ」
「ええ」
「だからね、手話を習えば電話をかけながら会議ができるじゃないか。時間の節
約になるよ」
「……はあ。わかりました。いつですか」
「確か来週の金曜からだと思ったが……ごめんごめん、再来週の火曜からだ。来
週の金曜は別のやつだ、ああ、でもこれも出てくれたまえ」
「何ですか」
「点字講座だ」
「ふわあ……」
「おいっ、きみ、しっかりしたまえ」
 『千手観音くん』にはもちろん子供用もある。
「マモルくん、ご飯よ」
「はーい」
「よくかんで食べるのよ」
「うん」
「お父さんもご飯よ」
「お、今日はトンカツか」
「いただきます」
「いただきます」
「底辺かける高さ割る2」
「おい、マモル、なにも飯食いながら勉強することないじゃないか」
「いいじゃないの。そのために手がいっぱいあるんでしょ」
「そんなこといったって母さん、飯食うときぐらいは」
「でも今のような競争社会じゃ仕方ないわよ、ね」
「競争ったって百メートル競争じゃないんだぞ。小学生のうちから勉強ばっかり
やらせるってのは」
「心配しなくても大丈夫。そんなこと私だってわかってるわよ。だから勉強ばっ
かりじゃなくて、もうひとつの手では、ちゃんと」
「ピコピコ」
「テレビゲームやってるじゃないの」

                                (続く)




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