AWC 大型近未来小説  「手」 (4/終) ゐんば


        
#563/3137 空中分解2
★タイトル (GVB     )  90/ 8/19  12: 8  (130)
大型近未来小説  「手」 (4/終) ゐんば
★内容

 杉野森弥三郎は両第二手で頭を抱えていた。『千手観音くん』の使用状況を調
べてみると万事が万事この調子である。販売者として頭の痛くなるのも当然だっ
た。
 しかし、まだ仕事が残っている。今日はこれから病院での使用状況を調べなけ
ればならない。とりあえず母校の大学病院に行ってみることにした。
 大学の敷地の外れに、ひときわ大きな建物がある。医学部の付属病院である。
大学時代はあまりここにお世話になることもなかったが、いまこうして訪れると
やはりなんとなく懐かしい。
 弥三郎はふと医学部の友人のことを思いだした。そういえばあいつも今、ここ
の病院で働いているはずだ。たしかあいつ、精神科にいったんだっけ。よし、つ
いでだからちょっと行って挨拶してくるか。
 病院特有の匂いがする廊下を通って行くとせまい待合室に患者が座りきれなく
て廊下の隅にまで座っている。
(ははあ、ここは内科だな)そんなことを考えながら通り過ぎたが、行けども行
けども精神科が見つからない。弥三郎は通りすがりの看護婦に尋ねた。
「すいません、精神科どこですか」
 看護婦は「精神科」の「科」の字も聞き終わらないうちにすかさず
「つきあたりを右に曲がって、まっすぐ行ったところを左です」
と答えた。
 しかしそれなら今来た道ではないか。おかしいなと思いつつ引き返すと、例の
待合室に出た。変だなと思ってよく見ると、ちゃんと「精神科」と書いてある。
へえ精神科の待合室ってこんなに混んでるのか、こりゃ商売繁盛だななどと考え
ながら「診察室」と書かれたドアを開けた。
「次の方」という懐かしい声が聞こえる。弥三郎はにやっと笑った。
「おおい、俺だ、俺だ」
「なんだ杉野森」友人は驚いた顔をしている。「お前までノイローゼになったの
か」
「えっ?いや別に、おかしくはないけどさ。たまたまこの病院に用があったもん
だから、ついでに」
「なんだびっくりした。じゃあ、次の患者を見たら昼休みだから、飯でも食いに
行こう」
「そうしよう」弥三郎はそこにあった丸椅子に腰を下ろした。
 一人の患者が入ってきた。
「先生、どうも、この頃神経が疲れるのですが」
「ご職業は」
「大工です」
「なるほど。ちょっと手を見せてください……ひい、ふう、十本ですか。ちょっ
と多すぎますね」
「ええ、まあ、どうしても一度に釘を打ったりすることが多いもんで」
「これじゃあ無理がかかって当然ですよ。四本に減らしてください」
「四本?無茶でっさあ、そんなんじゃ仕事になりませんや」
「いいですか」友人は医師としてきっぱりと言った。
「あなただって元々は二本の腕でやっていたんでしょう。それを思えば、倍にな
っただけでも有り難いもんじゃありませんか」
「先生だって六本付けてるじゃありませんか」患者もぶつくさ言った。
「あなたみたいに一度ストレスがたまってしまったら六本だって無理です。いい
ですね、これ以上体をこわしたくなかったら四本にしなさい」
 弥三郎と友人の医師は病院の玄関を降りていった。
「患者さん多いんだね」弥三郎が言った。
「そ、ほとんどが腕の付けすぎから来るノイローゼやらなんやら」医師は弥三郎
の顔をまじまじと見つめた。
「そういえばこの腕って、お前のところで作ってるんじゃなかったっけ」
「俺もこうなるとは思わなかったけどね」
「俺もそうだけどね。とにかく今もうてんてこ舞いで、猫の手も借りたいくらい
だよ」
「手ならいっぱいあるじゃないか」
「もののたとえだよ。なに、手なんかいくら多くても、頭がひとつしかないんだ
からしょうがない」
「……」
「とはいうもののね。入院患者も結構増えたし、あれだけの数の患者の面倒を見
るとなると、やっぱり手がいっぱいないとどうにもならないしね。現にうちの婦
長だって十二本付けてるんだ」
 食事を終えて病院に戻ると、小さな女の子が廊下を駆けてきた。ここの病院の
廊下は結構滑りやすい。その子もご他聞にもれず、つるんと転んでわんわん泣き
だした。
「ほらほら、廊下で走っちゃ危ないんだよ」友人が助け起こした。なきべそ顔の
四本の手には、しっかりと色とりどりの折鶴が握られている。
「千羽鶴だね」
「うん。ユミねー、お父さんのお見舞にいくの」
「気をつけてね。走っちゃだめだよ」
「走らないよお」
 いま泣いたカラスがもう笑った。ユミという少女は二、三歩あるきかけたが、
まだ話し足りないことがあるのか、振り向いてほほえんだ。
「ユミねー、お父さんが元気になったら新しい手買ってもらうんだよ」
 バイバーイと手を振って、少女はあとはもう振り向きもせずに父の待つ病室へ
と歩いていった。
 バイバーイと手を振り返した友人は、その後ろ姿が見えなくなると不意に真顔
に戻りぽつりとつぶやいた。
「あの子のお父さんも、手のつけすぎからくる神経症で入院してんだよな」
 友人と別れて出口へと向かうと、急に聞き覚えのある声がした。
「おおい、杉野森。こんなところでなにしてる」
 振り向くとそこにいたのはまぎれもない、『千手観音くん』の発明者松本喜三
郎ではないか。
「喜三郎。お前こそこんなところでなにしてる」
「俺か。俺は保守点検だ」
「お前の」
「ばか、機械のだよ。それにしても久しぶりだな」
「ああ、このところ市場調査で会社の外にいることが多かったからな」
「元気か」
「おう、頭の痛いことは多かったけどな。お前は……なんか変だな」
「変って」
「お前、手が二本しかないじゃないか」
「馬鹿なことを言うな。人間の手は二本と、昔っから決まっておる」
「でも、『千手観音くん』は」
「ああ、あれ。あれ、もういらない」
 自分で発明しておいてなんつう無責任なやつだと弥三郎は思った。
「例のやつを改良したからね、手は二本で足りるようになったんだ」
「なんだ例のやつって」
「お前に見せただろ。忘れたのか」
 そういえば昔なにか喜三郎に見せてもらったような気がする。
「なんだっけ」
「ほらあれだよ。スーパー・千羽鶴・マシーン」
「あーあーあ。そういえばそんなもんもあったな」
「我が青春の最高傑作、私の心の叫び、」
「お前まだあんなもんやってたのか」
「あんなもんとはひどい。仮りにも我が社の超売れ筋商品にむかって」
「ちょううれすじしょうひいん?」
「なんだお前知らないのか。いまちょっとした千羽鶴ブームなんだぞ」
「全然知らなかった」
「会社に顔出さないからだよ」
「だけど、いったいなんであんなもんが売れたわけ」
「ま、ようやく俺の技術者としての理念が世の人々に理解されだしたってことだ
ろうな。心に平安を、魂に感動を、……」
「理念はどうでもいいけどさ、いったいなんで急に」
「うん。それが俺にもよくわからないんだけどな」
 喜三郎はロビーのソファーに腰を下ろした。弥三郎も隣に座った。
「なんか最近、病院で入院患者が急増してるらしいんだよ。それでお見舞い用に
千羽鶴を持ってくことが多くなったみたいなんだけどね」
「入院患者って……」
「内科外科はそうでもないんだけど精神科の伸びがすごいんだって」
 喜三郎はペッチャンコの煙草の箱をしばらく懸命にいじってたが、ようやく煙
草を一本ほじくりだして火をつけた。
「でもさあ、なんで精神科の患者がそんなに増えたんだろうね。お前知ってる」
 弥三郎もポケットから煙草を取り出した。火をつけて深く吸い込み、ながなが
と白い煙をはきだした。そして
「いや、知らない」
と答え、また煙草の煙を思いっきり吸い込んだ。

                                [完]




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