#528/3137 空中分解2
★タイトル (AVJ ) 90/ 7/21 9:27 (128)
「風の行方、不明なり」(2) 浮雲
★内容
さて、話はずんずん進んで、実験の日がやってきた。その日は少しばかり風
が強かったが、まあよほど強い方が返って実験には都合が良かろう、と言うこ
とになった。
実験装置のうち「送信器」は校庭に設置された。「受信器」は、学校から北
へ1.5キロの地点に置かれた。と言うのは、風が南から吹いていたのと、1
.6キロのところには大きな丘があったからである。
記念すべき第一声は、校長が考えた文で、
「めでたき成功を祝う」
というものであった。
いよいよ、実験開始の午前十一時になった。秋沢先生のクラスの子が、記念
すべき伝文を持って「送信器」の前に立った。いまや、風は南から北へまっす
ぐに吹いていた。
おわり 』
私はこの小さな話を読みながら、何か落ち着かない不思議な気持ちにさせられ
てしまった。小学生やなんかが出てきたりして、創作童話だと言えばそう言えな
いこともないが、どうもスレ違いというか、何か間違いがあるようなのである。
そこのところがじれったいようでもあり、どうにも落ち着けないのであった。
二、三度読みなおしてみたが、やはり落ち着かない。これまで、創作童話などと
いうものを読んだことのなかった私などには分かりようがないのかも知れない。
それはそうとして、この短い話の中にある、
「風はその風速、風向に関係なく、固有の波長を有しており、・・・」
というところが、実におもしろい。本当にそんな事があるのだろうか。「風波
通信装置」などというのもこの作者の勝手な想像にすぎない、なんの科学的根拠
もない話に違いない。いや、もしかしたら何かそれに近い事実があるのかも知れ
ない。
などなど考える始めるとなんとなく愉快になってくる。だが、やはりなんだか
落ち着かない。
それに途中で出て来る「草むしり事件」のことも気になる。この話などは確か
にあった事に違いない。作者自信が事件の「主人公」その人だったのかも知れな
い。
実は、そんな事でどうにも落ち着かないでいたくせに、いろいろと忙しいこと
が次から次へと起こり、随分と長い間そのままになっていた。
どうやらこうやら、用事も片付いたのでいよいよという気持ちで二つの事をし
た。例の小冊子を借り出すことがそのうちの一つ。早速、知人にあの小冊子を見
たいので貸してくれと頼んだところ、ついこの間、他の古い雑誌やなんかと一緒
に処分してしまった、と言うのである。
これまで放って置いた自分の優柔不断ぶりを呪って歯ぎしりをしてみたが、文
字通りあとの祭りであった。
しかし、どうにも諦めがつかなかったので、少々乱暴だとは思ったがぼんやり
した記憶をたどりながら、いい加減な宛名のまま「北方の詩人たち」の発行者に
あてて短い手紙を書いた。ぜひに返事は速達でしてくれる様にとくれぐれも頼ん
でおいた。
十日ほどしてやっと、私の手紙は開封もされずに戻ってきてしまった。宛名不
名で送り返されてきた手紙を見たときの、私の落胆ぶりといったらなかった。
それでも、気を取り直す間もなく、二つ目のことに手をかけた。
「風」のことについて、いろいろ調べてみたのである。その結果をざっと書いて
まず、手近なところから、
三省堂国語辞典(金田一京助 編)初版第112刷 132ペ−ジ。
かぜ[風](名) 1.空気が動く現象。「−を切る〈強く風向きに逆らって
進む〉」 2.・・・であるようすをみせつけるようす。「役人−を吹かせる
」 3.−略−
これではおもしろくも何ともない。
新小辞林第二版「特装版」(三省堂編集)
かぜ[風] 1.気象の一つ。2.〈風邪〉感冒。ふうじゃ。 3.そぶり。
態度。
これなどは、もっとひどい。
それから二、三日して、あるところで「平凡社百科事典」を見かけたので「風
」の項をひいてみた。第三巻の306−310ペ−ジにわたって、たっぷりと記
述してあった。見出しは、
かぜ 風 wind
となっている。次に主な記述内容が出ている。以下に書き出してみる。
風向と風速の観測
風圧と風圧計
風の性質
風系の種類
風の利用 風車 風力発電 帆船 ヨット グライダ− 航空機 拡散
風と地形
他の惑星の風
風浪、うねり、高潮
神話
民族
風の異名
ざっと見たところでは、「風波通信装置」はもちろん、それらしきものも見あ
たらない。あるとすれば「風の利用」という項に出ていてよいはずだが、ご覧の
通りである。
それでは例の「風はその風速、風向等に係わりなく、固有の波長を有しており
・・・」といった点はどうか。「風向と風速の観測」「風圧と風圧計」は関係な
ものと考えてよいだろう。
次の「風の性質」はどうか。一通り目を通してみた。結論から言うと、私など
には難解に過ぎて、正直すこしも理解出来なかった。やたらに数式が出て来るし、
耳慣れない難しい言葉の集中砲火に見舞われた、といったところである。少しも
頭に残らない。
例えば、
Vg=1/p・1/2ΩsinΦ・δp/δn
とか、
「コリオリの力」
などといった具合いだ。
ただ、風はその性質上、「地衡風」「温度風」「傾度風」「旋衡風」の四つに
分類されることは分かった。それと、《風はなぜ吹くのか》は参考になったし、
しっかり頭にも入った。忘れないように書いておく。
《直接の原因は気圧の差であるといってよいであろう。それでは「気圧の差はど
うして起こるのか」。これは基本的には種種の緯度と高度における大気の不均
衡な加熱によって引き起こされるもので、大気の塊の両端で加熱の度合が異なる
と暖かいほうでは大気が膨張し他の端と比べて圧力に差が生じるためである。こ
の気圧の差のために、高圧部から低圧部へ空気を加速する力、すなわち気圧傾度
力が生じ風が吹くのである。》(平凡社大百科事典第三卷P308より引用)
もう一つ記憶に残しておきたいことがある。それはP309にある、図2−地衡風
の説明、「・・・Aにおける・・・空気粒子は・・・」というところに出て来る
゛空気粒子゛ということばである。
空気を粒子とみなす考え方、これは「風波通信装置」のしくみ「波長」に関係
していないか。いや、確かにつながりがあるはずだ。
続けて他の項目についてもざっと眼を通したが、残念なことに「波長」という
言葉は見あたらなかった。
もっと専門的な文献を調べれば、何か類したものが発見出来るかも知れないが
、それでは私の知りたい事からかえって離れてしまう様な気がする。むしろもっ
と「文学的」な考え方から迫った方が、ピッタリくるように思えて仕方がない。
いずれにしろ、別の角度からも当たってはみるが、やはり作者本人から直接聞
いてみるしかないのかも知れない。
さて、風の行方は不明である。
第一章 おしま