AWC     キーウィ・ドリーム     いる みさき


        
#506/3137 空中分解2
★タイトル (AZA     )  90/ 7/ 7   8:39  ( 76)
    キーウィ・ドリーム     いる  みさき
★内容

  彼はキーウィで、名をパティといった。
  といっても、あの緑色の実のなかでもひときわ無数の黒点が目にかゆいキー
ウィフルーツのことでなく、細いくちばしが異常に長いずんぐりした格好のあ
れだ。
  当然、だちょう類であるからして翼もなければ尾もなく鳥といっていいのか
どうかもわからないのだが、とにかく彼はキーウィで名をパティといった。
  パティは青年だ。人間でいえばちょうど二十歳くらいである。
  そのパティ、ある出来事があってからずっと思い込んでいることがあった。
  ある日、彼はふと空を見上げたとき、ぬけるような青空をゆくりと横切る物
体をひとつふたつ目撃した。
「ねえかあさん。あの空を見てごらん。何だかうごめいているよ」
「ばかだねえ、あれはうごめいているんじゃなくて、鳥が空をはばたいて飛ん
でいるんだよ」
「空を? 飛んでいる?」
  パティにはショッキングな事実であった。
「ええ、そうよ。自由に。飛びたいときに。飛びたいように」
(あの空を、自由に! 飛んでいる! あの青空のなかを!)
  パティの胸はおどった。
(ぼくも……ぼくも空を飛びたい。自由に、すきなだけ、空をはばたいてみた
い)
 それは若者特有の激しい情熱であった。
  だが、
「わたしたちにも翼があれば、空を飛べたのにねえ」
  という母のその言葉がパティの熱い想いを無惨にひきちぎった。
(翼。そうだ……ぼくには空を飛ぶための翼がない。尾もない。なんてこった
い)
 だがパティはめげなかった。なんてったって、彼は若いのだ。無限の可能性
という果実が彼の目の前にころがっている。若者はそれをつかもうともがき、
努力し、そうして成長していく。
(何か……ぼくにできる方法が何かあるはずだ)
  パティは寝ているとき以外、それこそ食事のときも、う○ちをするときも空
を飛ぶことばかし考えて考えて考えて、そのうち一週間が過ぎたある日のこと。
  彼がやはり考え込みながら木陰の小道を散歩していたとき、ぼとっ、とひと
つキーウィの実が目の前に落ち、ころころところがっていった。
「これだ!」
  と思わず彼は叫んだ。
  ニュートンは木からりんごが落ちるのを見てあの有名な『万有引力の法則』
を発見したが、パティは木からキーウィが落ちるのを見て、誰でも空を飛ぶこ
とができることを発見した。
  どこか高いところから飛び降りればいい。
  これがパティの名付けて『落下運動も飛行』である。
  確かに遠目には空を飛んでいるように見えなくもない。本人が飛んでると思
えば飛んでいるのだろう。だがその自殺ともいうべきただ落ちるだけの行為が
はたして空を飛ぶということになるだろうか?
  そう。ここがいちばん大切だ。
 いったいどこの誰が自分の命をけずってでも空を飛びたいと思うだろうか?
  ここにいた。
  空を飛びたい。
 空を飛んでみたい。
  もはやパティにとってそれだけが人生であり、それなくしては彼の生きてい
る価値はない。命を賭けてでも自分の夢をつかむ……そうだ、パティはそれで
こそ若者というものだ。いや、男といってもいい。
  気がつくと彼は近郊の五階建てマンション最上階のテラスにいた。
  もはや後戻りはできないことをパティは知っていた。ここでひきさがったら
彼は負けキーウィだ。キーウィがすたる。
  それでもはるか下の地面を見下ろしたとき、母さんや父さん、弟のルディ、
妹のニーナ、亡くなったおばあちゃん、親戚の叔父と叔母、隣のキャシィ、親
友のカーターとアルルの顔が彼の頭をよぎったが、そんなものは彼の偉大なる
野望のまえには一陣の塵にすぎなかった。
 彼の顔がきりりとひきしまる。
  彼はおおきく息を吸い込むと、なんの躊躇もなく、渾身の力を込めて跳躍し
た。
  だが。
 次の瞬間、彼はひとつのきちゃない潰れた肉の塊と化していた。
  自由落下運動の法則からして、彼は三秒も満足に空を飛ぶ快感を味わえなか
ったことだろう。
  彼のひしゃげた顔にはありありと、なんてこったいとでもいうふうな悲痛に
ゆがんだ色がみてとれた。やはりパティはキーウィでしかなかったのだ。キー
ウィはキーウィらしくキーウィでもついばんでいればよかったのだ。やはり若
者はしっかりと現実を直視し、社会に貢献するよう努力するべきだ。パティの
ように夢ばかりおっているような輩はろくな死に方をしないことがこれでわか
ったことと思う。
  ところでそのパティだが、地面に激突する瞬間、かっと目を見開いたままこ
う思ったのであった。
(百階建てのビルにすればよかった……)                    [完]




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