#1790/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JYC ) 89/ 8/25 13:51 (174)
小学校殺人事件−流次郎対探偵部 [2] 永
★内容
小学校殺人事件−流次郎対探偵部 平野 年男
死体は、その個室のドアから三0センチ程の所にあるソファに座ったままの
格好だった。身体の向きは、ドアの方に向いていた。又、中にあるテーブルの
上には、飲みかけの缶ジュースがあり、警察が調べたところ、睡眠薬が入って
いた。死因は金属バットによる、後頭部殴打。バットには佐山の名が入ってお
り、指紋はなく、血糊がべっとりと着いていた。その中央部程には不思議にも、
割に丈夫な糸が、絡まっていた。その他、部屋の内部からは、ドアのノブと缶
ジュースから、渡辺君の指紋が出ただけであった。死亡推定時刻は、午後四時
から三十分以内と出た。その頃、職員は校長室横の会議室で会議中だったので、
職員全員のアリバイは成立した。佐山君や不知火君、十川さん達は部活動中で
あったが、犯行時刻の時間帯ずっととなると、証人はいなかった。加納君と香
川さんは、先の事件と同じく、図書室にいたと言うが、これも証人はいない。
ところで、渡辺君が殺された部屋は、密室であった。ドアの鍵は、押しボタン
式の物で、内側からでないと鍵は掛からない。また、窓はなかった。ただ、ド
アの下部に通風口と言うのだろうか、いくつかの隙間があった。
流と俺は、ひとまず探偵クラブ部室に行った。部員は皆、一様に暗い表情を
していた。俺が声を掛けようとするのを、流は制し、黙っていた。しばらくし
てから、中口さんが言った。
「信じられない、先生ばかりか、渡辺君まで死ぬなんて。」
「ひどい、ひどすぎるわ!」
石原さんが半ば、叫ぶように言った。三浦さんはとうとう、泣きだしてしまっ
た。それを山本君が、
「しっかりしろ、泣いたって仕方がないだろ。」
と慰めようとするが、その声もかすれかけている。田中君は目を押さえ、黙っ
ている。中谷君が言った。
「協力してくれませんか。今の僕達じゃ、気が動転していて、冷静な推理は
出来ないと思うんです。犯人を見つけるために、お願いしますっ。」
それを聞いて、流はうなずきながら、
「喜んで協力するよ。君達の心理状態は、充分、感じ取れる。ただし、今回
だけだよ。名探偵になるには、どんな場合でも、冷静に推理できないといけな
いから。と言って、感情をなくせと言ってるんじゃないよ。わかるね。」
「ありがとうございます。それでは、どう思っているんです、流さんは。指
紋の着いていない、佐山君の持ち物ばかり、凶器として、残されていましたが、
これは、犯人の細工でしょう?」
「間違いなく、そうだね。逆に、聞きたいのだが、渡辺君が殺された理由は、
わかるかい。」
「いえ、少なくとも、第一の事件と共通するような動機はないようです。」
「そうか、それなら渡辺君は、巻添えを食ってしまったのかも知れないな。
あっと、忘れていた。吉田刑事から君達へのヒントだ。渡辺君は、睡眠薬を飲
驍ナいたらしいよ。」
「そうですか。これで密室が解けたわ!」
と、石原さんが叫んだ。密室トリックを2つとも、解いたのだろうか。流はま
だ何も、密室について言っていない。流は、
「もう、立ち直れたのかな。」
と、悠長なことを言っている。そこで俺は、小声で流に聞いた。
「君は、まだ、密室トリックは解けないのか?」
「さあ、どうだろうねえ。」
流は、ホームズのように、おもわせな口ぶりをして言った。仕方なく、俺は自
分で推理することにした。俺も作家のはしくれ、推理小説も書いたことがある。
まず、教師達は、第二の事件のとき、アリバイがあるから、除外する。俺はも
ちろん、流も犯人ではない。加納・・・君や香川さんには、被害者2人を殺す
利益が無いようだ。バスケ部の2人には一見、動機がないようだが、自分達の
顧問の相川先生を谷口先生に取られると思って、殺してしまい、それを渡辺君
に目撃されて、彼も殺したとか・・・。しかし、その谷口先生殺しのときに、
アリバイがある。佐山君については、何か渡辺君といざこざがあって、彼を殺
そうとするが、それだけではすぐに疑われるので、谷口先生を殺して、混乱を
狙ったのかも・・・。これには、探偵部への挑戦の意味もあるかも知れない。
その逆も考えられる。探偵クラブの全員が、流に勝つために、殺人を犯したと
考えられなくもない。ああ、疑り深くなったものだ。いずれにしろ、密室トリ
ックが解けぬ事には、どうしようもない。やっぱり、自分には無理のようであ
る。
翌日の午後、吉田刑事が探偵クラブ部室にきて、神風に言った。
「関係者をここに集めてください。事件を解決しました、このわしが。」
どうやら吉田刑事は、先の「文庫本殺人事件」以来、関係者を集めて説明する
ことに、病みつきになってしまったようだ。流は苦笑いをし、探偵クラブの男
子は信じられないという顔をし、女子は吉田刑事の表情に思わず、吹き出して
しまっていた。それはともかく、部室に関係者全員が集められた。吉田刑事は、
今回は流に負けてなるものか、という感じで立ち上がり、しゃべり始めた。
「これからわしの推理を話します。どうか、静かに聞いてください。では・
・・。当然ながら、わしは2つの事件を同一犯人によるものと見ました。そう
考えるのなら、先生方は皆さん、第二の事件において、アリバイがあります。
探偵クラブや流氏、平野氏は、第一の事件当日、学校にいなかったので、除き
ます。不知火君や十川さんには、第一の事件のときにアリバイがあります。加
納君や香川さんには、アリバイはありませんが、動機もありません。よって犯
人は、必然的に、残った佐山君であります。」
流と探偵クラブの子達を除き、皆の目が佐山君に集まる。当の彼は、ただ、吉
田刑事をにらんでいるだけだ。吉田刑事が続ける。
「証拠は、各々の事件で、現場に残された凶器です。そして密室の作り方で
すが、まず、第一の事件では、香川さんが鍵を掛けて帰った後、谷口先生を6
年5組の教室の前に呼び出し、自分の彫刻刀を使って視察した。その後、教室
の鍵が掛かっているドアを、二枚とも一緒に外したんだ。そして、中に、谷口
先生を引きずって入れ、またドアをはめ込んだ。第二の事件は、同じく渡辺君
を呼び出し、睡眠薬入りのジュースでも飲ませ、眠らせた後、バットで殴り殺
した。ここで何故、バットを現場に残したかですが、密室を作るためです。バ
ットを渡辺君に持たせ、あのドアが内開きであることを利用し、ドアのノブの
所にバットの先を付けた。そしてドアを閉めると、渡辺君の体重で、バットの
髏謔ノ力が加わり、完全に閉めきると同時に、ボタンが押され、鍵が掛かる。」
誰もが黙っていた。吉田刑事はみんなが自分の推理に感心して、黙っているの
だと思ったのか、佐山君の自供を待つかのように、悠然と椅子に座った。その
とき、中谷君が言った。
「流さんの言葉を借りれば、あなたの推理は欠陥だらけですね。」
「ほう、どこがかな。」
と吉田刑事は子供が相手だけに、穏やかだ。
「第一に、谷口先生の時の密室ですが、あなたはそのトリックを自分で試し
ましたか。確か、同じ手が、『パズルゲームハイスクール』という漫画にあり
ましたが、このトリックは、僕達の学校では不可能です。何故なら、ドアは床
の溝にぴったりと、はめ込まれているからです。外すことはできても、元に戻
すことは、専門者意外にはできません。」
と中谷君が断言した。続いて石原さんが、
「第二に、子供が一人で、大人を引きずることができるでしょうか。しかも
死体を。生き物は死ぬと、自重が完全に身体にかかって、重く感じるんでしょ
う?それにもし、引きずって室内に入れたとしても、血が廊下から室内に、残
るはずです。ルミノール反応は出なかったんでしたね。」
と言い、吉田刑事は黙って、うなずいた。
「第三に、どうして佐山君は、自分の持ち物を凶器として使わなきゃならな
いんです。他人の物で、充分でしょう。」
と田中君も言った。さらに、中口さんが、
「第四に、バットで殴ったなら、返り血がおびただしく、衣服に付くはずで
しょ。その服をどう、始末したのでしょう?捨てるわけにいかないし、家に持
って帰れば、親に見つかるし。」
と言った。吉田刑事は、小学生にやられて、シブイ顔をしている。彼が問うた。
「じゃあ、いったい誰が犯人なんだ。」
「そのことについて、私、意見があるんです。」
と、突然、相川先生が言った。吉田刑事が促す。
「私、谷口さんを殺されてしまっ て、なんとしてでも、犯人を見つけたかっ
たんです。それで考えたのですけど、第一の事件は渡辺君が、第二の事件は佐
山君がやったんだと思います。」
「先生!よくそんなこと言えるわ。」
と、石原さんが叫ぶ。そしてその後を続けようとするのを、流が止めた。そし
て、改めて、相川先生を促した。彼女がしゃべり出す。
「第一の殺人事件も、第二の殺人事件も、刑事さんとほとんど一緒です。た
だ、佐山君と渡辺君とが、反対なのではないかと思います。第一の殺人事件を
起こした渡辺君を佐山君は目撃した。それに気付いた渡辺君は、佐山君のバッ
トを持って、佐山君を職員室内の個室に呼び、殺そうとした。ところが佐山君
の抵抗にあい、逆に殺されてしまった。慌てた佐山君は、知恵を絞って、密室
を作った。それと、第一の殺人事件の密室は、加納君の勘違いじゃないでしょ
うか。鍵は掛かっていないのに、心棒がドアに使えて、鍵が掛かっていると思
い込んだだけでしょう。」
「黙って聞いてりゃ、いい気になって、言いやがって。そんなに、俺を犯人
にしたいのか!」
佐山君が怒鳴った。なだめるように、流が言った。
「やめなさい、佐山君。君が犯人でないことは、よくわかっている。」
「本当か。」
「ああ、本当だとも。僕だけじゃない。探偵クラブのみんなもそうだよ。」
「そうか・・・。」
それっきり、佐山君が大人しくなった代わりに、吉田刑事が聞いてきた。
「流さん、そう言い切るのなら、真犯人がわかっているんでしょうな。」
「当然ですよ。」
「それなら早く、話してください。」
「いいです。これは僕達、つまり、僕と探偵クラブ全員の意見として、聞い
てください。最初に確認しておくけど、加納君、君は第一の事件の日、保険室
に行ってるね。保険医の乙梨桜さんから、聞いたんだけど。」
流が見つめると、加納君はマジックにかかったかのように、カクンとうなずい
た。流が続けた。
「これで確認できたよ。その日、保険室から、睡眠薬がなくなっているんだ。
そして、偶然にも、当日、保険室を利用したのは、君一人だけなんだよ。誰に
頼まれたのかな?」
加納君は黙ったままだ。
「そうか、言えないか。では、違う質問。第一の事件で、教室の鍵は、本当
に掛かっていた?」
「はい・・・。」
「しっ!、加納君、なんてこと言うの!」
そう叫んだのは、相川先生だった。
「とうとう、ボロが出ましたね。今の一言で、あなたは犯人であることを、
認めたようなものだ。」
「何、言ってるんです!私はこの子達とは何の関係もないんです!」
「この子達、と言いましたね。もうしゃべらない方がいいですよ。もう一人
の子は、前日の日番の香川さんですね。子供達に、物を与えて、殺しをやらせ
るとは、ひどいことを。動機は、野球部顧問の海道先生との、昔の関係が復活
したからでしょうか。」
「知らない!、何も知らないわ!証拠はあるの。そうよ、証拠を出しなさい
よ。」
「しゃべらない方がいいと、言ったのに。山本君、頼むよ。」
流にそう言われて、山本君は相川先生の方に近づいた。
「な、何よ。」
山本君は、それに構わず、すばやく手を動かした。その手には、鍵があった。
「これが証拠です。あなたなら、これがどういう意味を持つか、よくわかる
でしょう。」
流がこう言うと、相川は、その場にへたり込んでしまった・・・。
−続く−
<誤字> 視察−−−刺殺