AWC お題>「傘」(前編)     美樹本震也


        
#1530/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  89/ 4/ 9  19:48  ( 98)
お題>「傘」(前編)     美樹本震也
★内容
                  「傘」
                作 美樹本震也

「トムス爺さん、明日、頼むよ」
「へっ、明日? お前、非番か。そうか、相手はコマッホか」
「うん、デートなんだ。そろそろ決めないとね」
「そういうことか、それじゃあ。いよいよ、決行するか。わしも久し振りだからな。
血が騒ぐわ。それじゃ、これを渡しとこう」
 白髪の白い髭を蓄えたトムス爺さんは、部屋の奥から細長い筒を持ってきた。
「大事にしろよ。これしかないんじゃ」
 ロム少年は、その筒を受け取ると、大事に抱き締めて走って行った。
 その後ろ姿をトムス爺さんは見送った。
「ロムよ。明日がいい日になるようにな。そして、子供達よ、決して忘れるんじゃな
いぞ。お前達に与えられた使命と夢をな」
 トムス爺さんの白い髭は、真っ赤な夕焼けに染まっていた。

「監視総長、不穏な動きがあると、情報部からの報告が入っていますが」
「不穏な動き?」
「はい、資源消費量の規制強化に対して、市民達が騒いでいるとか。テロリスト達の
動きも懸念されますが」
「資源消費の規制強化? そうか、この前、給水制限を強化したからな」
「警戒体制を発令しましょうか?」
「いや、静観する。各監視所にもそう伝えろ。別命あるまでは行動するなとな」
「しかし、もし……」
「これは、命令だ」
「はっ……」
 給水制限は言い訳に過ぎない。みんな知っていることだ。
 監視総長は、眼下に広がる大地に目を落とした。
 透視図法を無視したような光景は、内側に湾曲する大地を見せつけていた。
 自然の大地では絶対に有り得ない光景だった。
 こんな世界にいつまでも居てはいけない。人は本物の大地の上で、子を産み育てる
べきなのだ。それが、自然の摂理なのだ。
 子供達には生きる原動力を与えなければ。例えそれが虚像に終わってもだ。
 今度はトムスの番だったか……。
 トムス、わしが代わってやれればいいのだが……。

 森と湖に囲まれた公園の中には、芝生に思い思いの恰好で寝そべる数多くのカップ
ル達がいた。
 そよそよと吹く風は、カップル達の髪をさらさらと撫で、頬を心地好く撫でた。
 空には、雲一つなく、天高く飛ぶヒバリが大きく輪を描いていた。
「いい天気ねぇ」
 コマッホが、仰向けに芝生の上に寝転がるロムの耳元で囁いた。
「ああ、いい天気だ」
「ねえ、ロム。その細長い筒はなんなの?」
「これはお楽しみさ。それよりなあ、コマッホ。今日こそ、いいだろう?」
「やよ。あんたって、そのことばかりね。頭の中、空っぽじゃないの」
「空っぽなもんか。一杯詰まってるさ。寝ても覚めても、お前のことばかりなんだ」
「あたしとやることばかりなんでしょ? やらしいんだから」
「そんなことないさ。明るい家庭を築こうってね。可愛い子供のいる家庭さ」
「子供? ほら、やっぱりやることなんだ」
「違うって……。そんな連想するなんて、お前の方こそ、やらしいな」
「何さ」
「でもなあ、俺達、これからどうなるんだろうなぁ。いつまで、こんな所で暮らさな
きゃならないんだろうか」
「大丈夫よ。向こうに着けば、新しい生活があるわ。そうすれば、本当に明るい生活
が待っているわよ。子供を産んで、新しい村や町を作るの」
「コマッホは凄いなあ。適応力があるってのか。しぶといってのか」
「生命力って言って欲しいわね。人間の底力。生きるって力の根源は、女の力なのよ
ね。子供達を増やせるって力よ」
「そのためには、結局は、や……る…」
 コマッホが平手を振りかざしているのを見て、ロムは言葉を飲み込んだ。
「へへへへへ……。おっ!」
 芝生の上に仰向けに寝ころんだロムに覆い被さるようにしていた。
 コマッホの背後には青空が広がっていたが、その真っ青な空にもくもくと入道雲が
現れていた。
「やった、来たぞ」
 ロムは芝生から飛び起きた。
「キャッ!」
 コマッホは、ロムに身体をぶつけられ、よろめいた。
「来るぞ、来るぞ」
 ロムは仁王立ちになって空を見上げていた。
「どうしたの、ロム。何が来るの?」
「いいものさ、見てご覧、あれだ」
 ロムは、空に広がる入道雲を指差した。
「なに、あれ。いつもの雲と違うわ。もくもくと空を覆ってる。暗くって、まるで夜
のよう……。怖いわ」
 コマッホはロムにしがみついた。
 他のカップル達も異変に気付くと、次々に芝生から起き上がった。
 公園を照らしていた太陽を、暗雲は隠してしまった。
 カップル達は、不安そうに空を見上げていた。
 そのカップル達の頬にポツリと冷たいものが落ちてきた。
「キャッ」
 あちこちで小さな悲鳴が上がった。
「ロム、これ水よ」
 コマッホは頬の水滴に驚いていた。
「コマッホ、これが『本物の雨』だよ」
「雨? あの雨なの? 歴史の教科書に載ってた、あの雨なの?」
「そうさ、そして、この雨をこうやって防ぐのさ。ほらっ」
 ロムが細長い筒を器用に操作すると、それはバッと広がった。
「傘! 傘ね!」
 それは二人の身体を覆った。緑の芝生に青い傘の花が咲いた。
 驚いたことに公園のカップルの大半が、色とりどりの傘をさしていた。
「昔のカップルは本物の大地を歩き、本物の傘をさして、本物の雨を凌いでいたんだ
よ。こうして、雨の中を歩くってロマンチックだろ?」
「ええ、誰かさんみたいに、すけべなことばかり考えなきゃね」
「おいおい、いい加減に……」
 ロムの言葉をコマッホの唇が遮っていた。
 数十年振りの雨が恋人達の傘を叩いていた。




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