#1509/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (CGF ) 89/ 3/31 23:46 ( 94)
『雲』(5)&(6) 舞火
★内容
(5)
山の上は朝もやがかかっていた。
木々の間に白いもやが立ち込める。そんな木々の間をもやで湿った地面が縫うように
現われ、消える。
細い、木々の隙間の登山道を、子供達が辿る。
慎は何度かこけそうになりながらも、何とか付いて行っていた。
早朝登山。
『勉強のためには体も鍛えなければならぬ』
そんな大義名文とともに、行なわれる行事。
だが。
普段、運動不足の勉強付けの子供達が、いきなり運動したからってどうなるものでも
ない。
頂上近くになると、子供達のあえぐ声だけが辺りに満ちる。
慎とて例外ではない。運動など大の苦手だから。だから雨が降ればいいと、あれほど
願ったのに。
何度か滑った。
汗を拭い、ただ前の子の背と足元の地面だけを見つめて登る。
呼吸が速く、足がだるい。
「休憩だっ!」
先生の声がはるか前で響いた。
どっちかというと体育教師風のがっしりした大人。厳しい体罰を科す嫌われ者。
「休憩だっ!!」
今度は近い。
さらに、数十歩歩いた時、突然目の前が開けた。
そこは、広場だった。緑の草が大地を覆う。木は低い。
その場所に、ほとんどの子がその場にへたりこんでいた。ここが終着点だ。少なくと
も、これ以上は登らなくてもいい。ようやく、子供達の幾人かに笑顔が出てきた。
既に、昼近くになっていた。いつの間にかもやも晴れ、頭上に太陽が出ている。
そして。
広場の端、一段下がった茂みから向こう。
雲の海が拡がっていた。
慎は地面に座り込み、呆然と雲海を見つめていた。
それは。
白い。白と白の影の世界。
ふわふわのじゅうたん。
真新しい布団の弾けそうな綿。
およそ、考え付く限り、きれいな世界。
とってもあったかそうな気配……。
慎は疲れていたけれど、立ち上がった。
−−−もっと近くで見たい……。
そんな思いが慎を動かし、茂みの側まで歩かせた。
雲海は1メートル程下に見える。
真っ白な綿がゆらゆらと揺れている。
−−−手を伸ばせば届きそうだ……。
慎は手を伸ばす。思いっきり伸ばした手の向こうを漂う雲。
届きそうで届かない、綿……。
−−−とっても柔らかそうだ……。
慎は雲海の方へと覗きこんだ。
「加藤っ!!」
「慎っ!!」
幾人かの声が響き−−。
そして。
その声に押されるように……。
慎は、雲海へと消えていった。
(6)
加藤 強は、慎の遺体の前に呆然と座り込んでいた。
母親は錯乱状態となり、実家の両親が介護していた。
慎の遺体が帰ってきたのは、その日の夜遅く。病院で対面していたとはいえ、それで
もこうして家に連れて帰って来ると、今にも飛び起きてきそうだった。
だが。
慎の顔や頭には、包帯が巻かれ、血の気を失った顔は既に死者のものだ。
「自殺、だと……」
強は、声を絞り出す。
自殺……引率した塾の教師共は、そう言い張った。
山を登りきった頂上の広場から、雲の中に飛び込んだと。
皆の制止を振り切って飛び込んだと……。
だが。
−−−何故っ!
強は幾度もその言葉に突き当たる。
−−−何故、慎が自殺など……。
強が慎に会ったのは、合宿に行く前日。
夜遅く帰って来た時、既に慎は眠っていた。
話しをしたのは、いつだっただろう……。先週の日曜だったか……。
−−−対話が少なすぎた……。
初めて気付く。
最近まともに会話していないのではないか。
強も慎も、無口だったから……。
−−−本当に自殺だったのか……。
−−−それほど、思い悩んでたのか……。
−−−それほど、疲れてたのか……。
−−−勉強が苦しかったのか……。
−−−そんなにも逃げ出したかったのか……。
強の心の中に幾つもの言葉が渦を巻き、それは、強を苦しめる。
後悔。
決して、後戻りできない。
どうしようもない程の、後悔……。
強は、両方の掌を床に押し付け、肩を震わせ。
泣いた……。
*********************************つづく***