#1508/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (CGF ) 89/ 3/31 23:42 ( 96)
『雲』(3)&(4) 舞火
★内容
(3)
バスを降りる。
慎は、空を見上げた。
雨なんぞ降りそうにない。
それでも一つ二つ雲が出て来た。
まっ青な空に、まっ白い雲。緑の山に白い雲。
バスから降りた子供達は、まっすぐ合宿所に入っていく。緑の中の白い建物。
−−−病院みたいだ。
慎は思う。
思うと同時に、おなかが痛くなる。
「おい、何してる。さっさと荷物を置いてこい」
太い声が慎を押す。嫌な先生。いつも棒を持って、みんなをせかす。
慎は走って、部屋に向かった。
荷物を置くと、すぐ勉強。夕食後、また勉強。10時まで。そして、就寝。
朝5時起床。そして、登山−−−心身を鍛えるためとか−−−。終わったら勉強。
勉強。勉強。勉強。
「加藤君、急がないと怒られるから……」
佐藤 恵が慎の側に駆けよって来た。
「うん」
慎は気のない返事をしつつ、それでも急ぐ。
「ねえ、天国って空にあるのかな……」
突然、恵がつぶやいた。
慎は驚き、目を見張る。
恵は、塾でも学校でも成績よくて、真面目で、よく母親に比較されて……そんな非現
実的なこと言いそうにない子。そんな印象。
とてもうらやましくって……。
なのに。
「きのうね。おばあちゃん死んじゃった。だから、今日葬式なのに、でも塾に行けって
……」
悲しそうな恵。「おばあちゃん、もう天国行ったかな?天国って空よね。やっぱり」
「雲の上だよ。あのふっかふかのじゅうたんのような雲の上に」
窓の外を見る。白いふかふかの上等な織物のような雲。
きっとあんな雲の上に天国ってあるだろう。
「あたし、勉強って嫌いじゃなかった。何かを知るって、計算を解いて答えを見付ける
のって楽しかったもん」
元気のない声。
「けど、今は大っ嫌いっ!」
強い否定。そんなこと言いそうになかった恵の口から出た強い否定の声。
「おばあちゃんとの最後のお別れさせてくれない勉強なんて、大っ嫌いっ!」
「……」
慎はただ沈黙。
雲の上。
まっ白い雲の上。
きっと天国あるだろう……。
(4)
焼香をする。
一礼し、後ろへ下がった。
暑い。
強い陽射しが容赦なく照り付ける。
坊さんの読経の声が低く流れる。
低くて、何を言ってるかまったく分からない。
−−−まっ、分かったとしても意味なんざわかりゃしないか……。
加藤 強は首筋を伝う汗を拭う。
「あ、お久しぶりです、加藤さん」
突然声を掛けられ振り向くと、昔の同僚が立っていた。遠藤 隆。
「あ、こちらこそ。元気だったか?」
差し出された手を握りかえす。
脱サラを目指して、2年前に会社をやめた遠藤。たくましく、やる気に満ちてる。そ
んな印象。
「今、何を?」
「店出したんですよ。町の小さな本屋ですけどね」
「本屋かあ。君は本が好きだったなぁ」
「ええ。夢だったんです、自分の店って」
「いいね」
強は、心底うらやましかった。
かつての同僚は、以前の彼よりはるかに生き生きしている。
「あの会社だとよっぽどいい大学出てない限り、出世コースなんてどうあがいても入れ
っこなかったですからね。同族会社ですからねぇ」
「確かに。大きいだけに、余計出世なんて難しい。俺も結構いい大学だったが、いって
も部長。まあ課長だろうね」
「それだったら、と思いまして」
にこやかに笑う。と慌てて、口を塞いだ。
読経の声がまだ響く。
「ところで、俺ここと遠縁になるんですけど、ここの恵ちゃん、塾にいかされてるんで
すよね」
そう言われて強は思い出した。
確か、慎と同じ学年の子がこの家にもいたはずだ。
「恵ちゃん、行きたくなかったらしいですけどね。ここの母親ってのが教育ママでね。
無理やりいかせたんですよ。ったく、いい学校行かせてどうなるっていうんでしょうね
ぇ」
遠藤のつぶやき。
そして、強は溜息をつく。
何よりも強はわかってて、それでも慎を行かせてるから……。
「肉親の情より、勉強の方が大事ってのはいただけない風潮ですね」
きっぱりと言い切る彼の言葉に、強は耳が痛い。
確か、このはっきりとした性格が上に反感を買っていたっけ。
強は、再び溜息をつく。
読経の声が響く。
陽射しが微かにかげる。
わずかな雲が、人の世界に影を造る。
人の言葉が辺りに響く……。
********************************つづく****