AWC 『雲』(1)&(2)         舞火


        
#1507/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (CGF     )  89/ 3/31  23:37  ( 97)
『雲』(1)&(2)         舞火
★内容
                  (1)
 陽が昇る。
 雲一つない空。
 青。ただ、青。
 夏休みのまっ只中の町。
 辺り一面がゆっくりと輝きを増す頃。
 温かく、無垢の思いに包まれて、夢の中に漂っていた小学校5年生 加藤 慎は、母
親のけたたましい声に、叩き起こされた。
「いつまでぐずぐずしてんのっ!」
 甲高い声が部屋の中を揺さぶり、慎を怯えさせる。
「あー、もう6時じゃない。集合7時でしょ?!ほら早くなさい!」
 母親は、ぼさぼさの頭をかきあげながら、慎に服を放りつける。「さっさと着替えて
間に合わないでしょ!まったく、ぐずなんだから……」
 最後にはぼやきになる母親の言葉を無視し、慎は洗面所へと向かった。
「早くなさいっ!」
 追い打ちをかけるように、言葉が飛んでくる。
−−−まったく、うるさいんだから……。
 毎朝繰り返されるパターン化した母親の言葉になんぞ、馴れっこになってる慎である
頭の中では逆らいながら、だけど、絶対口に出しては言わない。
 昔、作文に『ぼくのおかあさんは、すぐおこります……』なんて書いて、丸一日怒ら
れ放しだった慎にとって、『母親を刺激する言葉絶対言わない』ということは、経験的
に、本能的に、性格として確固してしまったものだった。
 もちろん。
 慎自身、そのことを自覚している訳ではないが……。
「パン焼けてるから。ほら、何やってんの。こぼすんじゃないの!」
 こぼれたパン屑を集めながら、慎は窓の外を見上げた。
 雲一つない晴天。
 透き通るような空。
 絶対きょうは暑くなる。
−−−どうして晴れたんだ。
   あれだけ雨になれってお願いしたのにな。
   わざわざ、てるてる坊主逆さに吊しといたのに。
   キャンプなんか行きたくないのに……。
 急におなかが痛くなった。
「もう時間よ!なにぐずぐずしてんの。忘れ物ないでしょうね!」
 痛みに響く声。
 だが。
「ほら、早く出なさい!」
 痛みを訴える前に家を追い出されてしまう……。
「ちゃんと勉強しなさいよ。高いお金だしてんだから!」
 リュックにのしかかる母親の声。

 夏休み。
 雲一つない絶好の行楽日和。
 子供達が歓声をあげて、遊びまわる夏休み。
 慎は、塾主催の夏期合宿キャンプの待ち合わせ場所に向かう。
 まだ、朝早い、な……。

                  (2)
 朝9時。
 慎の父親、加藤 強が起き出した。
「慎は?ああ、きょうからキャンプか……」
「ええ、7時集合だから。あなたも、休みだからっていつまでも寝てちゃ困るのよね。
掃除できなくて」
 がさごそと新聞をひろげる。
「きょうは、随分と暑くなりそうだな……」
「朝のニュースで言ってたけど、最高気温が30℃を超えるとかって……。まったくい
やねぇ。きょう大変よ」
「?」
「やだ。忘れてんの!ちゃんと昨日言ったでしょ!」
 声が1オクターブ跳ね上がる。強は、慌てて記憶を拾い上げた。
「ああ、そうか。きょうは佐藤さんとこの葬式か……。何時だったか?」
「1時。言っといたでしょう。忘れないでよ!」
「ああ。判ってる」
−−−どうせ、昼飯時には、俺が忘れていまいと怒鳴りだすんだろうが……。
 強は、新聞の蔭で溜息をついた。
「まったく、こう暑いんじゃたいへんよねぇ。喪服って黒いから熱吸収しちゃって暑い
ったらないんだから。ああ、あなたのはどこしまったかしら?あらたいへん。探さない
と」
「まだ早いだろう……」
「あ、まあそうね。でもね。あそこん家のおばあさん。もうちょっと涼しくなってから
死んでくれたらよかったのに。何もこんな暑い時に死ななくったってね。あそこの家は
庭小さいから、日陰なんかないでしょ。暑いわねぇ」
「まあ、死ぬ時まで自由にはなんないからな……」
「そりゃそうでしょ。だけどねぇ、こう暑かったら、一晩だけでもかなり大変よね。ド
アイス詰めこんでだって、そうもつもんじゃない筈だし。あ、そうだわ」
 くるっと新聞の蔭に視線を向ける。
 強は、何か?っと警戒しつつ。
「何?」
「香典。幾ら入れようかしら?今月、慎のキャンプ代があったから結構苦しいのよね。
あなた、出る?」
 げっ
 と、さらに身を縮める強。
「付き合いは深くないとはいえ、ご近所だし、そうねぇ、幾らかしら。5千円位でいい
のかしら?あなた、出しといてね」
「5千円ったって、その位、おまえ出せば……」
「言ったでしょう。今月、苦しいの。パチンコ行かなきゃその位でるでしょ。袋そこに
あるから、入れて表書いといてね。あ、そうそ、喪服ね。どこにしまったかしら……」
 ばたばたとタンスを開ける。

 8月の土曜日。
 陽射しが強く、食卓を照らす。
 強は、なけなしのこずかいが軽く飛んでいくのを止められなかった自分が惨めで、何
も載ってない食卓に向かって、じっと待ってる自分が情けなかった。
 ああ、飯が欲しい……。
*******************************つづく*****





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