#1501/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (PKJ ) 89/ 3/29 13:55 ( 38)
混沌 (四) バベッティー
★内容
六時頃、井沢は本を伏せて、コップに水を汲んだ。水道からこぼれ落
ちる水の音がもの悲しくて、何ともいたたまれない思いだった。彼は椅
子に座り、薬を盛ってある紙を取って、口の前に構えた。
はっと思った。井沢は薬を手つかずのまま机に置いて、それから引き
出しを開けてノートを取り出した。遺書。すっかり忘れていた。彼はこ
の様な形式的な事を非常に気にする質だった。遺書を書かないうちは、
絶対に死ねない。井沢は使い古した万年筆を手に取って、しばらくの間
考えていたが、やがて一人うなずいて、冷静な気持ちで綴りはじめた。
僕は、生きるのをよすことにした。これ以上は、どうあがいたって、
無理なのである。僕は逃げるのではない。早くやめたいだけだ。僕を支
配していたものは、ただ、混沌だけであった。とらえようのない、どこ
までも続く、不可解な混沌だけだったのだ。周期的に、何もかも間違い
だった事に気が付く。物事を冷静に分析しているつもりで、実は、何も
かも入り混じった、馬鹿々々しい戯言を、むきになって熟考している。
人間にとって大切なものは、美しさと知性である。ふざけては、いない。
けれども、ああ!
夏の終わりに学校を退学して、その秋は、快い気持ちで過ごす事が出
来た。自分の中に許している嘘を、ひとつ消し去った様な気分だった。
自分は正しい道を進んでいるのだと確信した。苦悩は、殆どなかった。
冬になって、僕は夜ふけに外出する習慣をつけた。昼間は、いけない。
人の目が気になるのだ。みんな汗を流して世の為につくし、本気になっ
て頑張っているのに、僕だけが、ふらふらさまよっている。この頃、は
じめて、自分が余計者だと知った。
もう、道は二本しかない。僕は美しい道を選ぶ。
僕は、センチメンタリズムによって死ぬのでは、決してない。
二月 井沢佳之
彼はそこまで書いて、筆を置き、読みかえしてみた。しどろもどろで
はあったが、何とか、言い終えたと思った。紙を折りたたんで、机の一
番目立つ所に置いた。七時だった。彼はコップと薬を震える両手に持ち、
さすがに胸をわくわくさせながら、少しずつ、四回に分けて、六十四粒
を飲み下した。一瞬、やめればよかった! と後悔して、次の瞬間には、
そんな自分がいやらしく思われた。
井沢は床にもぐりこんで、十数分ほど安静にしていたが、ちっとも眠
くならず、これはだまされたな、と思って起き上がろうとした時、信じ
られぬほどの勢いで、最後の眠りが押し寄せて来た。