#1478/1850 CFM「空中分解」
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SS>正義の味方 ひすい岳舟
★内容
俺は腕のいいスリ師だ。その証拠にまだ1度も捕まっていない。世の中では前科者を
恐いと思っている人間が多いようだが、捕まるような人間はかわいいものさ。本当の悪
党はどんなことがあったって生き延びる。
電車に乗るといいカモがいた。中年の癖にまったく警戒心が無い。しかも驚いたこと
に、ぷっくり膨らんだ財布がコートのポケットが落ちそうなくらい乗り出している。ス
リとしては最低のショーだったが、俺はそれをやった。
中には高額紙幣の束があった。クレジットの類があれば、と思ったのだが、その代わ
りに妙なものがあった。
『正義の味方カード………』
それは何か新型の物質で出来ているらしく、とても固く、そして薄い。もつとゾクッ
とする冷たさに襲われる。銀に紺色の横線が走っており、奇麗だ。
しかし、そんなものを貰っても仕方がない。財布と一緒に俺はそれを捨てた。
思えばあの中年、頭がおかしいそぶりだった。いい歳になって『正義の味方』だなん
て………。世の中はそんなに単純なものじゃないんだ。
次の日、目覚めてテーブルを見てみると、驚いた。あったのだ。
カードは朝日を浴びて“やあ”と言っているかのようだった。
俺は気持悪くなり、それを窓から投げ捨てた。
しかし、またあった。今度はポケットの中に………。
それからおそるべき変化が起こった。日常生活で悪を働くことが出来ない。俺は専業
スリだったから、死活問題だ。これでは餓死してしまう。しかし、カードを処分する事
は不可能だった。何故なら、あいつはどういう手段はともかく、俺のまわりに現れるか
らだ。
そしてさらに驚いたことに、俺は人を助け始めた。困っている人、苦しんでいる人。
それから怒っている人間に撲らせて心の安らぎを与えたことさえ………。まぁ、いい事
をしたのだから何かしらの恩賞が、と思ったのだが、そこは正義の味方。あくまでも、
正義の主役ではないのだ。主役の挫けそうなときにそっと助けるのが正義の味方。だか
ら、名も知られないと顔も覚えられないようになっているらしい。
こんな時代に逆行をするような事をしていて、俺は体力的にも精神的にも参ってきた
飯もろくにくっていないのに、人を助けるなんて………。
そのうち、俺にはあの馬鹿面した男が何故あんな不用心に財布を出していたのか、分
かるような気がしだした。
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