#1471/1850 CFM「空中分解」
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★Mergeing!Mergeing!!★《12》L125
★内容
12
うずくまっている男はポケットから懐中時計を出した。
「0時43分か。」
男がいるのはラブホテル街の道端だった。彼はうまい具合に建物の間の暗い部分に潜
伏していた。そしてホテルを利用する人間の服・髪型・行動・小物等を細かく手帖に記
録していた。傍らにあるバッグには赤外線スコープが入っていたが、これはまだ使う必
必要が無かった。オペラグラスでほぼ用足りる。
ジジッ!
手元にあったトランシーバーがコールしてきたので彼は素早くアンテナを伸ばした。
「…………輩、森下でぇすが………○○街でやっていたのですが恐い兄さんに遭遇し
たために………へ移動しま………大丈夫です。」
「森下、よく聞こえないが大体分かった。無理するなよ。」
「了解。………サンプルのほ………どうですか?」
「結構書き込むことができているよ。この分だといい分析が出来そうだ。」
「さっき、古屋が………集光式スコープを使用しましたら………また故障を……です。」「分かった。帰ったら根本的に直そう。」
「では。」
「おう。」
トランシーバーを引っ込めると彼は再び作業に戻った。
集光式スコープは赤外線スコープ同様暗視スコープである。しかし、その方式は全く
といっていいほど違う。赤外線スコープが赤外線を発して反射してきたものを映像化す
るのに対して集光式スコープは暗い中にも存在する光の粒子を測定して昼間の状態のよ
うに映像化するものである。前者だと動物をみたとき赤外線を当てているので見ている
ということが発見されてしまう可能性があるのだが、後者は光を集めるのでその心配は
全くない。まともに変えば、赤外線スコープが20万、集光式スコープが100万ほど
するのだが、先輩の伝から殆どただ同然でこのクラブは仕入れていた。もっとも、壊れ
易いというデメリットがあったが。
彼ら社会観察クラブの今回の観察対象はラブホテルに入る人間だった。別に彼らが変
態というわけではない。彼らは社会現象を分析するために、日夜様々な物を観察してサ
ンプルとして記録する。それがたまたま今回、こういったことになったわけだ。博物学・路上観察学・社会観察学というのはとかく誤解されやすい性質を持っているが、本当の
主旨は物事への飽くなきこだわりである。
羅清は何度か誤解から補導歴があったが、逆に彼らからみれば勲章であった。
しかし、今の彼にとってそんなことはどうでもよかった。奇人はこの活動をやりはじ
めて、初めてくさくさした気分になりつつやっていた。
天を見上げると冷たい光を放つ月があった。
中村はしたたか酔っていたために杉丘に抱きかかえられるようにして歩いていた。こ
れまでの行程で体の方も疲れを覚え始めてきているところだったので、男の『少し休ん
でいかない?』という言葉にとくに反対することもなかった。
そういうわけで、彼ら2人と+間借り人は奇人の張り込むラブホテル街へと姿を表わ
したのである。
「あっ………あれは!」
思わず立ち上がる。杉丘の姿を彼かが忘れる筈もない。そのせいで横に積んであった
塵箱が横転し騒々しい音を立てる。それによって彼らの足は少し止まったが、それも束
の間だった。彼らはこの通りの中程にあるラブホテルになんのためらいもないかのよう
に、吸いこまれていった。
杉丘ということは………あのひっつめの女性は−−−−−
「孝子さん????」
奇人はノートをぱらりぱらりと捲り直す。今までのデータがそこには氾濫していた。
「ホテル ロマンシア。20〜27歳ぐらいの客層か。」
それはファンタジーに出てくる城のような館だった。ただ、規模が小さい。白亜の城
はライトアップされ、とてもムードがあったが、そこいらの雑居ビルの方が大きいに違
いない。ピンクとムラサキのライトが玄関で彼らを照らし出す。入ったところがすぐに
受け付け口だった。
“おい、ここはラブホテルだぞ!!”
“そうらしいわねぇ”
“何言ってんだよ、どういうか分かるか”横で手続きしている杉丘の姿を中村の転送し
てくる映像としてにらむ橋本。“おい!”
“もう、煩いわねぇ〜”橋本は軽い酔いだったが、彼女はかなりキテいる。“大体あん
たアタシの何様なのよぉ〜”
“間借り人”
“大事なときには【ウッ!】なんて声上げて逃げちゃってさぁ………助けてくれやしな
いじゃない。大体ねぇ、あんた家賃はらったことある、大家のアタシに?”
“ややこしいこというなよ。たく、そうでなくったってこの話、ややこしんだから。”
“どうしてだか分からないでしょう。”彼女は殆ど独り事だった。“私ね、やっと気が
ついたのよ。3年たって分かったわ。私はね、貴方のこと−−−”
「さ、いきましょう。」杉丘は彼女の腕を取った。
ぐったりしている彼女を引き摺って彼は2階へと上がっていった。
杉丘はおそらくこれまで何でも自分の通りになってきた男だ。そして僕はなんでも認
められなかった男だ。それがぶつかりあって勝算はあるのか。
そんなことは問題ではない。ここにチャンスがあるのだ。それをみすみす逃すものか
僕は………僕は彼女を好きなのだから!
羅清仲右衛門は闇から踊り出た。そして姫を救いださんとして敵に戦いを挑むRPG
の主人公よろしく、白亜の城−−−ホテル ロマンシア−−−へと飛び込んでいった
部屋は6号室だった。入ると体が沈む感覚に襲われるほどの厚いじゅうたんが彼らを
待ち受けていた。入ってすぐのところにバス・ルームがあった。そこにあるのは身体を
曲げる必要の無い広々とした大理石模様のものだった。ただ、これはきっと印刷なので
あろう。カーテンを潜るとそこには紅色の世界があった。じゅうたんが真紅で、壁もそ
れに近いものがあった。それに対して鏡台は白いものであり、とても美しく見えた。奥
には丸い巨大なマフィンのようなベッドが鎮座し、その横には14型TVやアイスボッ
クスなどこまごまとしたものが棚に収まっている。天井は殆どがガラスである。ベッド
方面の壁もこれと同じような巨大なガラスが張られていた。この為、入ったときに紅色
の世界だと感じられたのだ。
彼女はふかふかのじゅうたんの上にへたり込んだ。
「疲れたかい?」男は聞いた。
「ええ」彼女は軽く答えた。
「シャワー先に浴びていいかな?」
「はいはい。」中村は殆どハイ状態である。
杉丘はニッと笑顔を一瞬浮かべると、バス・ルームに入っていった。
「2人連れでございませんと御利用なさることは出来ません。」
言葉は丁寧であったが、動作は乱暴だった。黒服の巨漢によって彼の体は表に投げ出
された。カシューという音とともに閉まる自動ドアまでもがあざわらっているかのよう
に、彼は思った。
ててぇ………
彼は右手首を押さえながら立ち上がった。捻ったらしい。しかし、そんなことを痛が
っている場合ではない。電話ボックスに向かって彼は走り出していた。
中村はクイッと立ち上がるとよろよろと歩いてベッドへと歩んだ。そしてぽーんと体
をほうり出すかのようにしてその上にうつぶせになった。どんな仕組みになっているの
か知らなかったかがそれは真にクッションが良かった。まるで雲の上のいるかのよう、
と彼女が思ったか、思わなかったか。
“アタシ、眠い………”
“寝るなぁ!!こんなところで!!”
“もうつかれチッた!”
“よく昔、おかあさんが言っただろ。家に帰ってから寝なさい、知らないところで寝る
なって!”
“もう駄目”
“おいおい、ここはなぁラブホテルなんだぞ!”
しかし間借り人の呼びかけも虚しく、彼女は泥眠への世界へと−−−
バス・ルームではシャワーの音がし出した。
「藤田、藤田、藤田、藤田っと」彼の指はアドレス帳のラインを下っていた。「あっ
た!!」
パパパッと電光石火のごとく彼の指が公衆電話にキーインする。その後、長い沈黙が
あって後、先方は出た。
「あ、羅清だけれども、緊急事態。2人じゃなくっちゃ入れないんだ!!」
すると向こう側の声は沈着冷静にこう言った。
「現在、藤田涼子は外出中でございます。御用の方は発信音の後に−−−」
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