#1457/1850 CFM「空中分解」
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「花粉症の犬」 美樹本震也
★内容
『花粉症の犬』
作 美樹本震也
「あんた、いい加減にしなさいよ。そのハ・ナ・カ・ミ」
「もっと優雅に言えないのか?」
「ふん、どう言ったって同じよ。その屑の山を見ればね。まったく、あたしの部屋に
来て、ティシュで鼻をかむのは、あんたぐらいなものよ」
「ほうーっ。それじゃ、他の奴らは何に使うんだ?」
俺は、歯を剥き出し、首を捩じ曲げて女を見た。
「ば〜か」
女は剥き出しの乳房を隠そうともせずにベッドの上に仰向けになっていた。
痩せ過ぎで肋の出ているくせに、その女の胸は大きかった。若い白人女特有の肉の
薄い身体だった。
ボロボロのカーテンの穴から、まだ弱い日差しが寝室の奥まで差し込んでいた。
とうとう夜明ししちまった。とは言うものの、相手がいたんだから退屈することは
なかった。
俺は、鼻水で湿った紙をグシャッと握り潰し、ベッドの脇の青いゴミバケツに投げ
捨てた。それは、くしゃくしゃの鼻紙で山盛りのバケツには入らず、床のカーペット
の上に転がった。
「んもう! ちゃんと入れなさいよ」
女はベッドの端に腰掛けた俺の裸の背中を平手で叩いた。
俺はのそっと、ベッドから立ち上がり、窓に近づいた。茶色の地味なカーテンの端
から外をそっと覗く。
安アパートの二階から見下ろすと、下の路地に一人の若造が暇そうに立っていた。
よれよれのジーンズ姿の若造は足踏みをしている。そりゃそうだろう。俺が覗いて
いる窓ガラスにはビッシリと露が付いていた。
しかし、馬鹿な話だ。お守り付きとは……。
おっと、おいでなすったか。
その若造の側に黒いオーバーコートを着た男が近づいて来た。
二人の男は時々、この窓を見上げながら立ち話をしていた。
「ねえ〜っ」
急に女が抱きついてきた。背後に近寄った気配を感じなかった。
「もう一回、しようよ」
女は豊かな胸を俺の背中に押しつけた。尻にじょりじょりとした感触もあった。
淫らに身体を蠢かし、女は俺に絡んできた。
「やめろ」
俺は女の腕を振りほどいた。しかし、すぐに女は抱きつく。
「も・う・いっ・か・い」
「それどころじゃない。お客さんだ」
「関係ないわ。居留守すればいい」
女は俺の身体をくるっと回して自分の方に向けた。大きな唇が俺の口を狙って近づ
いてきた。
俺は女を突っぱねたが、結局は女の積極性に負けた。
身体を絡み合わせたまま、二人はベッドに倒れ込んだ。
第何ラウンドかの再開である。
俺の上になった女の胸が、たわわに熟した瓜の実のように揺れていた。女は俺の両
手を取ると、その房を握らせた。手に余る質感だった。既に固く勃起した小さな小粒
を人指し指と親指でコロコロと転がすと、女は呻いた。
ちょっとした軽いジョブの応酬で、女の肉体は燃え上がった。女の湿った肌が吸い
付いてくるようだ。
既に二人は一つになっていた。次第に激しく腰をローリングさせる女の声が、小さ
な部屋の中に響いた。
だが、俺の耳はドアのノブが回る微かな物音を拾った。
鍵を開けたような音ではない。明らかに鍵は最初から開いていたのだ。その鍵は、
夕べ女が締めた筈だった。
俺は女と身体を入替え、女を組敷いた。左手を伸ばすと、ベッドのスプリングとマ
ットの間に手を入れた。そこに冷たい感触を感じた。それを握り締める。
額に縦皺を寄せた女の顔をじっと見る。薄目を開けているのが分かった。
女の表情が少し動いた。
その時、俺は女を抱いたままベッドの上を転がった。
プシュッ、プシュッ、プシュッ。
気の抜けたビールの栓を開けたような音が立て続けにすると、安ベッドのマットに
穴が開いた。
プシュッ。
女がビクンッと痙攣した。
ボーン。
俺の左手に握られたそいつが、鈍い轟音を発した。
手足を精一杯広げた黒コートの男が、スローモーションのように空中に浮かび、背
後の壁にぶち当たった。
「ウワーーーーッ」
悲鳴が聞こえた。
俺はぐったりとした女から抜くと、ベッドから飛び降りた。
左手には長さ五十センチ、口径三センチ程の筒を構えていた。
そいつをドアの側で腰を抜かしている一人の若造に向けた。そして俺の下半身も元
気にそいつの顔面を狙っていた。
「小細工するなと言っておいたろう。帰ってボスに伝えろ。俺は、金さえ貰えば文句
ないとな」
そいつはガタガタと震えていた。俺は、太い筒についたグリップのひき金を、その
小僧の目の前で引いて見せた。カチンという乾いた音がしただけだった。
「ひゃぁうあー」
訳の分からない悲鳴を上げた小僧の尻の下に、水溜まりが広がっていった。
「大したことないだろう。たった一キロのヘロの金なんざ。没収されちまうことを考
えれば買い得だ。もちろん消費税抜きでいいんだぜ」
小僧はガクガクと頭を何度も振った。
「いい子だ。それじゃ、そこの黒コートの旦那を連れて帰んな。心配すんな、死んじ
ゃいない。ノックアウトガンのでかい散弾を食らって伸びちまっただけだ」
ションベン小僧は、黒コートの男を重そうに担ぐとヨタヨタしながら出て行った。
そいつを見送った俺は、ドアを閉めるとしっかりと鍵を掛けた。
ベッドの上で女がピクピクと痙攣していた。女の胸は大きな瓜が爆ぜたようになっ
ていた。ドクドクと流れ出す血が、所々薄汚れたシーツを真っ赤に染めていた。
俺は再びムズムズする鼻をティシュで拭った。
「ちゃんと……、捨て……て……」
それが女の断末魔だった。
俺が投げ捨てたティシュは、青いバケツのゴミの山から転がり、床のカーペットの
上をに転がった。
しかし、虚ろな目の女は、二度と文句を言うことはなかった。