#1436/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF ) 89/ 2/19 8:23 ( 97)
<コスモパンダの人物百景>第2回 コスモパンダ
★内容
第2回 チョッコ
チョッコというのは、女性のあだ名である。
歳は二十四。日本人離れした顔立ちは、はっきりとして、結構美人である。私の会
社の同じフロアの女性である。
チョッコは派手である。
しかし、派手なのは化粧ではなく、その性格と行動なのである。
何しろ、体格がよい女性であり、大手を振ってドカドカと歩く姿に、気の弱い男共
は思わず道を譲ってしまうのである。
と言っても、ダンプ松本のような肉団子ではない。
背は165センチくらい。出る所は出て、引っ込む所は引っ込んでいる大柄なグラ
マー女性である。
そのくせ、チョッコの着る服は、裾のヒラヒラしたスカートや、やたらフリルのつ
いたブラウス。赤、オレンジ、ピンク、黄、パープル、まるでリキテックスの色見本
のような色とりどりのスカーフ。真っ赤なハイヒール、膝まである黒いブーツ。
「歩く宝塚歌劇」かと思うほど、ドレッシーなファッションを好むのである。
上背があり、何しろ嵩張る体格で、迫力ある動作。ドレッシーな服よりも、西部開
拓史に登場する女性カウボーイと同じジーンズ姿の方が遙かに似合うと思う。
チョッコの声はでかい。
「あらーーーーーーーっ! ○○さん。おっはよー。元気ーーーーっ? うん、あた
しも元気。がっはっはっは………」
豪快と言った方がいいだろう。
朝、目を覚ますには丁度よいのだが、結構甲高い声である。二日酔いの朝などは、
脳天に鋭い錐を突き刺されて、思い切り掻き混ぜられるような快感がある。
何しろ、彼女が歩くと、半径百メートルの円内の人間は、どんな雑踏にいても、彼
女がいることを確認できるのである。
街などで出会っても、他人の振りをするのが、適切な処置というものである。
だが、不幸にして出会い頭というものがある。
以前、私も、とある駅で電車から降り、駅の階段を上がった所で、ばったりとチョ
ッコに会ってしまったことがあった。
「あらーっ! □□さん!」(注:□□とは私の本名である)
もう手遅れである。彼女のにっこりと笑った大きな顔が私の眼前にあった。
「こんなとこで会うなんて、うっそみたいーーっ! わーっ、何してるんですか?
買物ですか? デートだったりして、あっはっはっはっ」
「いや、あの、その」
どう対応するか、私の脳味噌はぐしゃぐしゃになっていた。
「あっ、□□さん。この人、私の友達の△△さん、可愛いでしょ」
まだ対応方法を決定できないでいる私に、チョッコは自分の連れの女性を紹介した
のである。まあ、早い話が駅の構内で見合いをさせられているようなもんである。
その時、私達三人を遠巻きにして、雑踏にぽっかりと空間ができていたのである。
チョッコは人見知りをすることがない。
始めて彼女に会った人は、強烈な印象を抱いて別れることになる。二度目に会った
時、チョッコは必ず相手に言う。
「この前、お会いしましたね」
会社を訪問する人は、事務の女の子が、自分のことを覚えていたことに感激する。
しかし、チョッコが覚えているのは相手の顔だけ、名前までは頭が回らない。
花の金曜日の夜、駅前でいい御機嫌の見知らぬ叔父さんと握手をしているチョッコ
を見つけた。
誰だろうと私は首をひねって、チョッコに見つからないようにその場を逃げた。
後日、チョッコにあの男性が誰だったのかと聞いたら、「ただの通り掛かりの叔父
さんだった」そうだ。
チョッコは感激屋である。
小さなできごとに、驚くべき反応を示す。
一度、私は彼女を含め、数人で新宿の喫茶店に入ったことがある。その時、たまた
ま私が、そこの勘定を持つことになった。
「うれしーい。私、おごって貰うことなんか、ないんです。男の人と食事に行っても、
いつも割り勘。今日は本当にごちそうさま。うれしーい、本当なんです。美味しかっ
たわ、ドリア。また連れてってください。ドリア」
まあ、その騒ぎようは尋常ではない。その後、数カ月、私はチョッコに会う度に、
「ドリア」「ドリア」「ドリア」の連発に見舞われたのである。
チョッコは惚れっぽい。
とにかく、気に入った男性がいると、とことこと付いて行ってしまう。
社内でいい男を見つけると、仕事を放って彼のいる別のフロアに行ってしまう。
ある時、若い男子社員が私に囁いた。
「あの子が追っ掛けてる男、私の知り合いなんです。そいつ、気の小さい奴で、いい
奴なんですよ。そいつ、可愛そうなんです」
いい奴なんです、という若い男子社員の台詞が全てを物語っていた。
チョッコは職場では台風的な存在である。
仕事がちゃんとできればいいのだが……。
「きゃーっ可愛い。うっそー。えー、ほんとーっ」
これだけ現代ギャルの特性の見本のような人物もいない。
一喜一憂が激しく、仕事はその合間に少しだけする。
社内レポートやメールの発信、課員の出張前借り手続きなどは、まともにやられた
ためしがない。
しょっちゅう、大きな身体を折り曲げて、謝っている。
それでも、みんなに可愛がられている。
父親はかなりの資産家で、マンションや会社をいくつか持っており、嘘か本当か、
チョッコの持参金は、数千万円という話が話題になった。
しかし、彼女の白馬の騎士は、まだ登場しないようだ。
チョッコはまるで子供であり、彼女を包み込む(肉体ではなく)大きな心の男性に
巡り合わないと、幸せにはなれないだろう。
ある日、チョッコが私の所に挨拶に来た。
「長い間、御世話になりました。私、会社を辞めます」
いい彼氏でも見つかったのかと思ったら、彼女は昔から思っていた夢を実現するの
だという。詳しいことは教えてはくれなかったが、何かの店をやるらしい。
最後の出勤日。チョッコはあらゆる職場の人から沢山のプレゼントを貰った。
大きな花束を幾つも抱えたチョッコは、大柄な身体を振るわせて涙を流していた。
そんなチョッコを見て、もう一度ドリアを御馳走してやれば良かったなと、私は少
し後悔したのである。
1989年2月19日
コスモパンダ