AWC 【“最愛”は我身に……】《5》L115ひすい岳舟


        
#1411/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  89/ 2/ 5   9: 8  (116)
【“最愛”は我身に……】《5》L115ひすい岳舟
★内容


  それはこちらに背を向けて座っていた。紺のウインドブレーカーを端折り、赤いバン
ダナをして尻をついていたのはどうやら昨日の彼女らしかった。一寸、頭がないかのよ
うに見えたが、それは頭のみ項垂れていたからであった。ひっつめに束ね洩れた数本の
髪が持ち上がって風になびく。彼らはそれをみて半分安堵し、半分恐怖していた。
  が、そこにあったものはそれだけではなかった。彼女の向こうに何かあった。何であ
ろう?目を凝らして見ると、水の流れる方向にかなり使いふるした登山靴をはいた足が
あった。足にはニッカズボンを履いていた。胴の部分は彼女が邪魔していて見えない。
そして水場側に目を持ってゆくとそこにはおぞましい肉塊になりはてた頭部があった。
  顔は破壊していた。戦車に押しつぶれたように広がり、形を無くしていた。眼球は破
裂し、飛び出している。鼻の部分が減り込み、顎が右にむかってねじれていた。額の部
分が損傷が一番酷く、拳大のクレーターが出来ていた。そこからは頭蓋骨の一部が顔を
だしていた。血と脳しょうが悲劇の色に染めており、着ていた山シャツを染め抜いてい
た。髪は血で固まって角のように立っていた。そして小さくうごめくもの、死肉に群が
る虫どもがいるらしかった。
  悲劇となったのはその人間らしかった。が、彼らには理解出来ない結果だった。もっ
とも、彼女が怪我を負ったのであれば岩の上の土は完全に乾いていないはずである。女
がいなくなったのは昨日の晩のことなのだから。そしてこの腐臭は数日たったもののそ
れであった。彼女は大怪我をおっていないとしたら、これは誰なのであろう。
  彼良の視線に気付いたのであろう、彼女はビクッと頭を持ち上げた。それがあまりに
も人間らしくなく、まるで操り人形のようだったから、彼らは反射的に半歩下がってし
った。BGMとして似つかわしくない水のせせらぎが、呑気そうに響く。
  女の首はゆっくりと後方を振り返り始めた。それと連動して胴も動く。そして完全に
浪人達を振り返ったのだ。
  彼らにせんりつが走る。最初に絶叫したのは果たしてどちらだったろう。この場から
逃げ出そうとする恐怖に対しての逃避本能は、緊急事態でまひしてしまっている足をう
まく動かせなかった。頭に近い上半身のみが反応し、そのためにバランスを崩して倒れ
こんだ。バシャンという音をたてて、尻餅を突く。しかし留まってはいなかった。まる
で犬っころのように地面を掻きむしる。
  女の可愛らしかった顔は真っ赤に染まっていた。いや顔だけではない。胸や手の袖も
染まっていた。そして彼女の口からは何か、細長い糸状のものが垂れ下がり、手先にも
同じような物質が握られていた。彼女は下でそれを口の中に手繰り寄せながら、侵入者
をにらみつけていた。
  男達は数時間考えていたことが全てが間違っていることを悟った。そして、おそるべ
き結果に対して、恐怖の心が全て解き放たれて恐慌をきたしていた。はたからみれば、
大人が水遊びをしているかのような光景だったが、勿論そんな余裕は彼らには無かった。それどころか、彼らは自己を失いつつあった。すでに猿に近かった。掴める小石等を女
に向かって投げつけ、水を掛けた。喚きの中に悲痛が交じり、人の入らない山に響き渡
った。
  女はそれに対して最初無言だった。顔に石が当たろうが、何をしようが。しかし、ス
ポーツ刈りの投げた木切れが彼女を掠めて向こう側の人物の、穴の開いた腹部にぶつか
るやいなや、地響きにもみなうめき声を発し、体を起こし上げた。そして再び4つんば
いにって、彼らの方へ飛びかからんとした。
  メタモルフォーゼ!
  聖域への侵入者に対する女の怒りが彼女をメタモルフォーゼさせた。顔の豊かな頬に
怒りのしわがが走り、うめき声を上げる口が裂けてゆく。歯が牙のように隆起し、目が
掘られたかのようにくぼみ落ちる。肩が異常に張り出し、手がかぎづめのように尖る。
背中の辺りにらくだのこぶみたいな突起を有し、瞳に紫色の鬼火が燈る。そして頭の先
から全身にむかって、こまかな電光が走り落ち、地面に激突すると凄まじい爆発音を発
して火花を散らせた。水はそのとき、流れることを止めた。
  女は吠え、男達を威嚇した。しかし、動かない。完全に自己を失ってしまっているの
だ。ただ、泣き叫ぶだけなのだ。
  警告から次の瞬間、女の首の辺りから凄まじい閃光が走ったかと思うと、首が白い妖
気とともに彼らに向かって伸びた。さきほどの閃光が首筋を走る。首は宙と飛び、彼ら
の顔をくらいつこうとした。しかしながら、僅かに彼らが飛びのく方が早い。彼女の首
は目標を失って、叢に突っ込んだ。
  男達は飛びのいたことで気がついた、今自分が何をすべきか。彼らはポリタンのこと
など気にせず、一気に小道を駆け上がり始めた。しかし、このとき、意識と肉は連動し
ておらず、何度も素っ転んでは手足をおもちゃのようにばたつかせた。思うように動か
ない肉体に嘆きながら、彼らはメタモルフォーゼを始めた人間から逃れようと必至だっ
た。5分で道を駆けあがり、ザックをしょいこみながらその場から走り去った。方角は
計画通りではなく、昨日まで通ってきた、人のたくさんいる方へと。しかしながら、彼
女は彼らが立ち去った後は追ってはこなかった、実際には。もはや、彼女がどういう目
にあったのか、あの男は何者か、などということはどうでも良かった。彼らにとっては
どの道知ったところで大差無かった。彼らがこの山行きで大きく人生を変えるだろうと
ということはどっちにしても言えたことなのだから。

  夜明けは寸前だった。東の空はしらみ、闇の帝国は滅びつつあった。水場の水はキラ
キラと輝いている。グロテスクにメタモルフォーゼした彼女の体も、日光に当たってい
た。そこに変化があった。先程伸びた首が収縮し始め、手がもとの可愛らしいものに戻
っていった。瞳の鬼火は消え、隆起した歯は定位置に戻り、怒り除のしわは掻き消えた。電光が今度は優しく彼女をなめまわした。そしてそれは輝粉となって周囲に四散した。
それは消えゆく星々のようだった。
  大切な人がポリタンクを手にして下っている姿を、彼女は閉じられた目蓋の裏に想起
していた。6年間熱烈に愛し続けてきた人が3年前、彼女の方を正面から向き始め、今
ようやく幸福への門がときひらかれたときだった。彼は湿った土で踏み損じて、落ちた。女は後ろをゆっくり歩いていたのではじめ男が消えたかのように感じられた。しかし、
すぐに鈍い音が響き、血しぶきが上がったことによってそうではないことを悟った。彼
女が駆けよったときには、巨岩からダイビングしてしまった彼が岩に激突し、顔を失っ
ていた。鮮血がスプリンクラーのようにほとばしり、あっという間に周りを染めぬいた。  彼女はその肉塊をだき抱え、水場の向こう側の平らになった岩の上に安置した。
  彼はもう死んでいた。彼はようやく彼女のところへやってきたのに、するりと抜け出
ようとしていた。彼女は本能的に悟った。そして、都会などの拘束を排除されていた女
は純粋に彼とずっといたいと思った。彼と一緒になりたい、と思った。邪恋だという者
が言わせておけばよい。しかし、彼女はそのとき人間の、つくられた人間の観点から物
を見てはいなかった。
  死んだ彼から離れたくなかった彼女は1日留まった。別の登山者がやってきた晩、彼
女を引きとめていた人間的なものが解かれた。寝袋をはい出ると、彼女は闇の中で横た
わっている彼のもとへと向かった。
  既に虫によってむさぼり始められていた彼の体を彼女は自己に取り入れることにした
腹を自らの持つ手によって千切り、口に運ぶ。愛し続けてきた彼が再び自分の所に!!
自分と一緒になってゆく!!ほうり込む速度が上がってゆき、彼の臓物は殆ど無くなっ
た。彼女は彼を体の中に感じた。そしてそれが自分と同化してゆくのを、感じていた。
  今、彼女は男の体に寄り添うようにして寝ていた。先程の邪魔ものもいなくなった。
再びここは聖域になったのである。2人しかいない聖域に。
  そのとき、山間で光の爆発が起こった。その輝ける円はあらゆるものに温かさを与え
ていた。その神々しい光は勿論この不遇な2人にも注いだ。その光のカーテンは優しく
彼らを包んでいた。
  光の中で彼女はまたもや変貌しつつあった。醜い汚れがカーテンが払拭されるごとに
消えてゆく。髪をとめていた紐が弾け豊かな黒髪が溢れた。光の中からリングが降りて
きた。それは何千個にものぼり、彼女の体の上でつもりつもった。そして全身が覆われ
たその時、雷にも似た爆発が起こった。
  そこには光の衣を纏った女の姿があった。
彼女は満足そうに笑うと、顔の無い男の胸に首を寄せた。男にも光のリングは降り積も
っていた。彼女はその一つを指で弾くと、楽しそうに言った。
  これから、一緒なのね。
  2つの銀の光球が朝日の中を昇天していった。山はあとに残った残骸を豊かな抱擁力
で無に変える仕事を引き受けた。その後の彼女らのことは天の仕事だった。

                                    FIN
                  PS:行数守れなくってごめんなさぁ〜い。
        これから受験なのでこれがLastのStoryになるひすいでした。
        どうも3年間ありがとうございました。《ひすいがくしゅう》

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