#1243/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (VLE ) 88/11/13 12:50 ( 99)
トゥウィンズ・2 五章 ( 2/ 3) (29/43) あるてみす
★内容
一美さんは心配そうに、ずっとこっちを見てるし、他の人も時々、心配そ
うにこちらに目を向けるんだけど、当の本人である私には判らないことだっ
たから、キョトンとしてた。
「ねえ、本当に何も覚えてないの?」
一美さんが、心配そうに顔をのぞき込んでくる。
「ええ、あいにくと、全然判らないんです。私、健司さんと一緒に歩いてい
たんですか?」
「そうらしいわね。あたしはよく知らないんだけど。」
「はあ、そうなんですか。」
でも、その健司さんと一緒に歩いていた博美が自分であるというのが、ど
うもピンと来なかったし、それに実感もなかったから、つい人ごとのような
曖昧な返事を返してしまう。
一美さんは、反応らしい反応のない私にシラケたのか、それとも諦めたの
か、そのまま黙り込んでしまって、電車が上野駅に到着するまで何も言わな
かった。
電車が上野駅に滑り込んで、ゆっくりと停止し、ドアが開いて乗客が降り
る。
まだ八月も始まったばかりじゃ、地方から都心に戻って来る客なんか、ほ
とんどいやしないから電車はガラガラ。軽井沢駅で電車に乗るときも楽だっ
たけど、降りるのも楽。これじゃ国鉄(じゃなかった、いまはJRになって
たんだっけ)も赤字にならないほうがどうかしてる。
後からゆっくりとホームに降りて、そこから帰りの方向の違う人達と別れ
ていった。最初に麻里さん、次が真琴さん。そして、同じ電車に乗って、途
中で茂さんと由香さんが一緒に降りた。
そこからは健司さん、康司さん、一美さんと一緒のまま、またしばらく電
車に乗って、一度乗り換えて、とある駅に着いたところで電車から降りた。
改札を抜けたところで、
「あ、お母さん。」
一美さんが少し年輩の女性に飛びついた。
「一美、お帰り。ところで、博美は大丈夫なのかい?」
その人は、一美さんとひとしきり言葉を交わした後、今度は私に向かって
話しかけてきたみたいだった。
「あ、あの……。」
「駄目よ、お母さん。博美ったら、まったく何も覚えてないみたいなの。」
「まったく何も? それじゃ言葉も判らないのかい?」
「ううん、そうじゃなくて、自分が誰だとか、あたしが誰だとか、そんなこ
とが全部駄目みたい。地名とか一般的なことなら判るみたいなんだけど。だ
から、お母さんやお父さんのことも判ってるかどうか、ちょっとねえ。」
「そう。」
その人は、ちょっとため息をついて、
「ま、いいわ。とにかくこっちにいらっしゃい。博美がどうなってようと帰
るとこはうちしかないんだから。」
そして、その人は私を引っ張って、一美さんと話しながら歩き始めた。
「康司、それじゃまた明日ね。」
「おう、じゃな。」
康司さんと一美さんは軽く挨拶を交わした。私も軽く会釈をして、そのま
ま家まで引っ張られていった。
家に着いて部屋に入って(この家が私の家で、この部屋が私の部屋だなん
て、いまだに実感がわかないんだけどね)、一息ついたところで、私のお母
さんだという人が部屋に入ってきた。
「博美、記憶が無くなってちゃ判らないのも無理ないけど、ここがお前の部
屋なんだからね。」
言い聞かせる感じで言う。
「あの、本当に私、博美っていうんですか?」
「何言ってんだい、この子は。自分の子を間違えるわけないだろ。まったく。」
そう言って私を抱き締め、肩を震わせている。なんか、ちょっと泣いてる
みたい。
なんとなく胸の奥でキュンという感じがして、切なさが胸一杯に広がった。
思わず涙が出そうになったので、なんとか歯をくいしばって耐える。
「さて、そろそろ夕飯の支度でもしないとね。」
そしてその人は涙を拭ったあと、
「今日は、思いっきり腕をふるうからね。楽しみにしてなさいよ。」
と言って部屋を出ていった。
それから三、四日の間、健司さんと康司さんが毎日うちへ来ては、一美さ
んと私を連れだしていた。康司さんが一美さんを連れ出すっていうのは、二
人が恋人だから毎日デートしてるってことで判るんだけど、でも私は別に健
司さんの恋人なんかじゃない。だいたい、私、この人のことなんか知らない
もの。だから、全然訳が判らなかった。
だけど家に閉じ込もっていても居候をしている感じがして、なんとなく落
ち着かないから、毎日連れ出されるのは、とてもありがたかった。
そして健司さんは、
「絶対に記憶を取り戻させてやるからな。」
とか言って、私が卒業したという小学校や中学校、近所の公園、その他、
よく知っていたと思われる場所などを引きずり回してくれたんだけど、残念
ながら全く何も思い出せず、ただ疲れただけだった。
「ええい、くそ! やっぱり駄目なのかな……。」
ドン!
四日目の夕方、健司さんは私の部屋で悔しそうにテーブルを叩いた。康司
さんは一美さんと一緒に隣の一美さんの部屋にいる。
私は健司さんと一緒に部屋にいて、特になにをするでもなく、脇のベッド
に腰を下ろしていた。
「本当にゴメンなさいね。何も思い出せなくて。」
毎日、世話になっておきながら全く記憶が戻らないのが申し訳なくて、つ
い謝ってしまう。
「いや、お前が謝ることないんだ。元はと言えば俺のせいなんだから。」
そして、私の方に向き直って、しばらくためらったあと、思い切ったよう
に口を開く。
「俺さ、いつからか判んないけど、お前のこと好きだったんだ。」
「えっ?」
「でさ、この前もそうやって告白してさ、そんときのお前が可愛くて、つい
キスしちまったんだ。それでお前はびっくりして逃げだそうとしたんだけど、
そのまま何かに足引っかけてガケから転落して頭打って記憶喪失しちまった
ってわけ。」
−−− まだあるよ −−−