AWC 恋愛分析人(下) ひすいがくしゅう


        
#1184/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  88/10/14   7:13  (136)
恋愛分析人(下)                      ひすいがくしゅう
★内容
  家に帰って私は野ノ宮の行動を分析した。奴は麻倉の言う通り単純である。それゆえ
にああいう行動に出たのであろう。彼は3年だから、この時期引退しているために選手
としての運動部特有の制約がない。ということで、麻倉から『恋人』としてきかされて
いた私にパンチを見舞ったのではないか。
  しかしそれはおかしい。ああいう態度をとって女を取り戻せる可能性はまずない。(
劇や小説や映画の中ならともかく)と、なると、もう正気を失っていたか?そんなこと
は有り得ない。正気を失っているものが、待ち伏せをするかどうか疑問だ。それに私を
やっつけるということが目的ならば、昼休みあたりに廊下でびしばしとやった方が効果
的であろう。
  と、すれば何故か。奴はもう修復不可能な状態であることを知っていたに違いない。
麻倉は彼が不協和音に気付かずにこうなったといったが、単純である彼はきっとその不
協和音にも気付いていながらも好転させることは出来なかった。そして恐れている方向
へと悪転し、麻倉の発言によってピリオドが打たれた。彼はどうしていいか分からなか
った。本当に駄目なのであるか、それを見極めたかった。その為に、放課後ずっと待ち
続けたのだ。そこへたまたま私が一緒だった。感情として私に対する憎悪が走った。そ
して行動に出た。結局、もう駄目だと知って、彼は立ち去った。
  私はなんであれ、彼に同情した。不器用な男はいつも苦しめられるのである。
  その時、私の机の上にあった電話が鳴った。
  「もしもし、橋本ですが………」
「橋本智樹さん、お願いします。」男の声は電話のせいか、小さかった。
「はい、私ですが。」
  「俺は中村常彦という者だ。」急に口調が変わったところからして好意を持った人間
じゃなさそうだな。「あんた、内山のこと、捨てたんだろ!許せねえ!」
  「捨てたんじゃないよ、反対だ。」
「なんだとぅ!あいつは俺と付き合っていても、いつも御前のことを口に出すんだ。ま
ぁ、全部悪口だがな。」
「俺を見たことあるか?」
「あるよ。」
「じゃあ、分かるだろう。決してふるような人間じゃない。ふられる人間だよ。」私は
いつもの台詞を言った。本当は自然崩壊に近い状態だったのであるが、自分がふられた
ことにすることによって、内山に惨めな状態に陥らないようにする配慮であった。「そ
れよりも情け無いぞ、青年!前の男の事が出るようであっては情け無いではないか!も
っと頑張れ!」
「………なんだか、おかしいぜ………あんたに励まされるなんて………」
「大体、俺のところに電話する金があったら、彼女のうちに電話しろ!」
「……おう。」
「じゃあな。」
  まったく、いつもこんなのばっかりである。

  次の日はまったくいい晴れ方をした。天高い秋空のもと、青いあざとなった目の周辺
を押さえるようにして歩いていた。ひさびさに新宿に来たのに、あまりうきうきした気
分になれなかった。無論、私が今日の主役という訳ではなかったから、どうでもいいの
であるが(はたして、人生の中で私がスポットライトを浴びるときなんぞがあるのであ
ろうか?)やっぱりこんな風体を知っている人に見られるのは嫌であった。
  彼女はアルタ前で待ち合わせていたので、私は新宿駅前の広場から彼女をマークする
ことにした。彼女の好きな人間が現れても歩行者天国を間にしていれば発見されること
もないだろう。しかし私は用心して週刊誌を買い、待ち合わせにくたびれたフリーター
のふりをしていた。
  30分程して、驚いたことに佐藤が道を渡ってきた。
  「どうしたんですか!」
「私、もうこないと思うの。」彼女はいつもと変わらずにこやかに言った。
「分かりませんよ、来るかもしれないじゃないですか。」私は顎をさすった。あいかわ
らず、電気髭剃りで剃り残した髭がピョンピョン出ていた。「普通、1時間かそこら待
ってみるものですよ。」
「内山さんとはそうだったんでしょ。」彼女の目が少々意地悪い。「どのくらいでした
か?」
「私のことはどうでもいい。」恋愛分析人は話の教えた奴は情報屋に違いないと思った。「それより早く戻って下さい。こんなときに来たら……」
「3時間でしょ。まったくやさしいんですからねぇ。結局、彼女こなかったんでしょ。」「知っているなら、ききなさんな。」麻倉のおしゃべり野郎め。
  「もう、こないでしょう。私に興味なかったのかもしれません。来ていないの話でし
たらね!」
「じゃあ、どうしますか?」彼女の言葉尻の意味が理解できないまま話を促した。
「取り合えず、映画のチケットがあるから見に行きましょうよぉ。」
「しかし…」
「いいのいいの。お礼と思ってよ。どうせ今日使う気でかったんですから。ねっ」
「はぁ……」
  チケットを見てみると今秋行きたいと思っていた短期ロードショーのものだった。あ
まり有名でないのに彼女が知っているのにはいささか驚いた。私は行きたかったのだが
今回新宿に来るのもやっとの貧困状態であったので、涙を飲むしかないなとあきらめて
いたのである。そう言えば、ちょっと前に麻倉と映画について議論したことをついでに
思い出した。あいつも私と同様に映画フリークであった。

  映画館を出るとすでにPM1:00を回っていた。飯を食ってから(これは自費であ
った。)彼女は新宿御苑に行きたいと言い出した。私はギクッとした。多分、一瞬嫌な
顔を彼女に見せたかもしれない。何しろあそこは、内山との別れのデートコースであっ
たからだ。
  御苑は休日ということもあってか、とても混んでいた。家族連れ、カップルなど色々
な人間がいたが、恋愛分析人と依頼主という取り合わせはきっといないことだろう。ち
ょっと歩いて、人のいない木陰があったのでそこへ腰を下ろした。都心というのに、ま
ったく秋を感じさせる光景であった。
  「映画、どうもありがとう。」
「気にしないで。」
「それはそうと、分析の方ですが」と、言って私は彼女を見た。白い服に包まれた彼女
はいつもと違った。「その、まだ時間がかかるんですが。」
「結構です。」彼女はまたしてもにっこり頬笑んだ。しかし今回のは活発な、というよ
りは静かな、といった感じだった。「時間をかけて分析して下さい。」
「は、はぁ………」
  「そのきず、どうしたんです。さっきから聞こうと思っていたのですが。」
「昨日、撲られたんです。」
「誰に!!」彼女はキッとした目になった。暴力に対する女性の拒否反応かな。
「野ノ宮くんです。」
「まぁ!!」
「知っているんですか。」
「知っていますよ。まったく、がさつね!!」
「そう怒らないで下さい。彼もかわいそうな人間なのですから。」不器用な男はいつも
チャンスを逃したりして、惨めなものなのさ。「麻倉が別れる口実に、私をダシに使っ
たので、こうなったんです。滑稽でしょ。」
「………」彼女は笑わなかった。
  「ねぇ、橋本くん」
「はい?」
「私の」
「はい。」
「好きな人を当ててみて。」
  私はそのとき、遠くの樹を眺めていた。そして、わかりっこないじゃないですかと、
答えようとして振り向いたそのとき、氷解した。彼女の眼鏡のレンズの奥にある瞳は真
剣に私を捕らえていた。唇が僅かに震え、眉は感情を表わす筋肉がどういう顔をつくっ
ていいか分からずにけいれんを起こしていた。秋の風がサッと吹き抜けたとき、髪はゆ
らめき、瑠璃色の香りが周囲に漂った。ひどく、私は自分が惨めなものと思えて仕方な
かった。何故、彼女がいつもにこやかだったか、相手が現れなくとも不満そうでなかっ
たか、何故30分しか待たなかったか、何故私の見たい映画のチケットを持っていたの
か、何故『来ていないの話でしたらね!』と言ったのか………。そして、彼女に芝居を
演じさせた脚本家の顔も同様に私の頭にすぐに浮かんだのである。
  「分からないですか?」
「………まさか………そんなことはあるわけがない………」
「どうして言い切れるのです。」
「………あ、ありえるわけが………」
「恋愛分析人さん」彼女はひきつった笑いを見せた。「紺屋の白袴ですね!」

  その頃、この計画を画策した策士は自宅にいた。何という人が歌っているラップだか
しらずに彼女はそれをボリューム一杯にしてそれをかけていた。
  どうせ、まともに告白させたところであなたはきっと内山さんとのことから、はねの
けていたでしょう。中学のころからの腐れ縁ですもの、あなたの事はよく知っているわ。  でもね、結構悩んだのよ。彼女の気持を知ったときどうすればいいかってね。なにせ
あなたとは腐れ縁ですもの。私にだってそういう感情は………
  取り合えず、よかったね!

                                    FIN

                              ひすい  がくしゅう
                                  1988秋
                  『不器用な、そして人間的な人達へ贈ります。』
                              恋愛分析人でした!


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