#1098/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF ) 88/ 7/25 16:51 ( 98)
【ソラリアンの旅立ち】(中編)コスモパンダ
★内容
【ソラリアンの旅立ち】(中編)コスモパンダ
「母は、ボタ山の中から屑炭を拾う仕事を始めました。でも、元々身体の弱かった
母は、やがて胸を患ってふせってしまったのです。
私達一家は、行政府のお情けの生活補助を受け、低額年金アパートに移りました。
でもそこは随分と酷い所でした。天井は雨漏りがし、水道や下水道の配管は壊れ
たままで、風呂やトイレは使えませんでした。ベットの下にはシビンを置いていた
ので、薄汚れた部屋の中にはいつもアンモニアの匂いが漂っていました」
ポロポロと零れ落ちる涙を拭きもせず、男が、女が、彼女の話に聞き入っていた。
「祖父母はそんな中で、母と私と弟をなんとかしようと、懸命に働いていました。
でも、母の看病疲れから祖母が、そして祖父が帰らぬ人となりました。
今度は私の番でした。私は六才から働き出したのです。
いろんな職業につきました。
汚い恰好をしていて、男たちに足げにされたこともあります。必死の思いで働い
て、貰った給料をストリート・ギャングに襲われ、奪われたこともありました。
そして私は女として一番大事なものを、ギラギラと欲望に満ちた男達の猛り狂っ
た凶器に引き裂かれたのでした!」
「NO!」「ワーッ」「うおーっ」「・・つ・を・ろせ!」「あ−−−っ!」
十万の聴衆が口々に叫び出した。自分の声も、隣の人間の声も、聴衆には聞こえな
かっただろう。ただ、わーーん、という騒音でしかなかった。
壇上の彼女は、暫く立ったままで、沈黙を保った。
人々のざわめきが、水面の波のように広がり、そして消えて行く頃、彼女は両手を
天に振り上げては下ろし、振り上げては下ろした。
立ち上がっていた人々も腰を下ろし、喧騒とした声が少し静かになった。
「裁判に持ち込んだのですが、検察官も判事も弁護士までも、私が被害者であるに
もかかわらず、『その時の話をもっと聞かせろ』『気持ちは良かったか?』『感じ
たのか?』『お前が誘ったんだろう』などと、聞くのです。
その時、私は感じました。女一人の力なんて、たかがしれていると・・・」
いまや、聴衆は立ち上がり、握り締めた両手を振りかざしていた。コロシアムの至
るところで、人々が怒鳴っていた。
「みなさん!
私は自分の不幸をみなさんに知ってもらおうと思っているのではありません。
今のシティは力の無い女一人では、もうどうにもできないことを知ってもらいた
いのです。
私は、行政府の議員のように、政治や経済に長けている訳ではありません。何も
知らないのです。
彼ら議員の方が私より。かに優秀な政治家なのです」
コロシアム全体のざわめきが再び大きくなっていった。聴衆は足を踏み均らし、ブ
ーブーとブーミングを繰り広げ、彼女の言葉に不満の抗議をしていた。
一方、行政府最高評議会執務室では・・・。
「本題に入った。彼女は折れた!」
「女一人では何もできんのだ。彼女が我々に従えば、このシティもうまく行く」
「もう、終わりだな」
議員達は、安堵の胸を撫で下ろしていた。
しかし、彼女の話はまだ終わってはいなかった。
「でも、政治や経済の難しいことを知らない私でも知っていることがあります。
社会福祉や労働問題、教育がどれ程大事なことなのか。
力もない、技術も教養もない人間が、どんなに虐げられていたことか!」
「私は知っています。
一切れしか無いカビの生えたパンを家族五人で分けて食べたあの暖かさを!」
聴衆の抗議の声が少し落ち着いたようだった。
「私は知っています。
職がなく、ぶらぶらして不良よばわりされている少年達が、野球やバスケットボ
ールが好きで友情に厚いことを」
「私は知っています。
少年達に薬を与え、女を襲うことを教えたのが、このシティであることを!」
「私は知っています。
凶悪犯を平気で見逃す官憲の中で果敢に戦い、同僚の凶弾に倒れながらも、老女
を守ったハーレム出身の警官の悔し涙を!」
「私は知っています。
あどけない少女達が、十二になった頃には夢を失った脱け殻になっているのを!」
「私は知っています!
ビルとビルの谷間を住処にしている男が、ゴミ箱の中から拾った一本の骨を、あ
ばらの浮き出た野良犬にやって飢え死んだことを!」
「私は知っています!
みなさんが平和と、自由と平等を望んでいることを!」
コロシアムの聴衆は一斉に声を上げた。おーーーん、という響きがコロシアムを
揺るがしていた。
壇上の小柄な彼女は、右手を高く頭上に差し上げては、全身の力を込めて振り下ろ
した。
「私は! 知っています!
みなさん、一人一人が愛に飢え、愛に生きようと努力されていることを!」
人々は足踏みと、手拍子で調子を取り始めた。
「マージ、マージ、マージ・・・」
「私は! 知って! います!
政治家という名の人間が、無学無教養の私が知っているこんなことさえ、知らな
いことを!」
「マージ、マージ、マージ、マージ、マージ・・・」
コロシアムを揺るがす、声、足踏み、拍手、歓声、それは、星空の下で次第に周
辺にも広がっていった。
−−−−−−−−−−−(TO BE CONCLUDED)−−−−−−−−−−