#1097/1850 CFM「空中分解」
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【ソラリアンの旅立ち】(前編)コスモパンダ
★内容
【ソラリアンの旅立ち】(前編)コスモパンダ
市内の街路や、幹線道路はポリスの交通規制と検問のため、大混雑だった。コロシ
アム周辺の道路には装甲警備車が何十台も並び、無反動カノンの砲塔はコロシアムを
狙っていた。
その上空では、武装エアロダインが、高速バルカン砲のカバーとミサイルランチャ
ーのカバーを外して、飛行している。
一際大きな作戦指令車の上に設置されたカメラが捉えた映像は、車上アンテナを経
由し、シティで最も高層にある行政府最高評議会執務室に送られていた。
執務室の壁一面を利用したスクリーンには、コロシアムに入り切れず溢れた数万の
群衆が、コロシアム周辺の道路に、グリーンベルトに、公園に、たむろしている姿を
映し出している。
直径十メートルはあろうかという円形デスクの周囲を、二十人の最高評議会議員が
囲んでいた。
分別臭い髭面の男が口火を切った。
「ふん、無知な輩が集まっておるわ」
「無知か。無知ほど怖いものはない。恐れを知らぬ連中は最も始末に負えない」
「たかが女の話を聞くのに、この騒ぎだ。全く馬鹿者どもめ」
「市民を馬鹿よばわりしては罰が当たる」
「彼女が裏切ったら、どうする?」
「裏切らんさ。既にこのシティが限界にあることを彼女に教えた」
「資源の枯渇、エネルギーや食料の不足。かてて加えて、人口過剰とくる」
「それに、他シティのテロもな」
「我々の苦しみは彼女も判っている。無茶はせんじゃろ」
「しかしだ。『もしも』の時にはどうする?」
「そのために、周りを固めた」
「ふん、いけすの魚か」
広域エアコンディショナが、コロシアムの会場の熱気を少しでも和らげようとして
いた。
しかし、全身から滝のように流れ落ちる汗でぐっしょりと濡れた人々の衣服を見る
限り、その効果は殆どないと言っていいだろう。うだるような熱気の中、人々は肩と
肩を触れ合わせて、身体を揺すり、全身から声を絞り出して叫んでいた。
白いロングドレスに身を固めた人物が、コロシアム会場のセンタースクリーン前の、
小高い壇上に上がった。
「マーズ、マーズ、マーズ、マーズ」
その人物が両手を広げ頭上に捧げると、会場の中の声は一際大きくなった。
彼女は両手を捧げたまま、身体を正面から右へ、右から左へと動かし、会場を埋め
尽くした十万の聴衆に、自己の存在をアピールした。
興奮は最高潮に達していた。
人々の声が互いに重なり、会場の中をワーンという騒音になって広がっていった。
「みなさん! お静かに。我等がマーズがみなさんに話し掛けます」
会場の要所要所に仕掛けられた拡声器が、興奮した数万の聴衆を少しでも静めよう
としていたが、人々の興奮はますます高まるばかりだった。
「今夜はこんなにも大勢の人に集まって戴いて、本当に幸せです。みなさんが一つ
の意識に、一つの流れになろうとしている現れでしょう」
美しい女性の声が人々の耳元で聞こえた。拡声器からの拡散してしまった声ではな
かった。一人一人のすぐ側から彼女の声は聞こえた。
人々はキョロキョロと辺りを見回したが、肩を寄せ逢って同じようにキョロキョロ
と頭を巡らす同胞の顔しか見えなかった。
「今夜、私はみなさんにどうしても聞いて戴きたいことがあります」
ようやく、人々はその声の主がコロシアムのセンタースクリーン前に設置された小
高い壇上の人物のものであることに気付き始めた。数万対の瞳が壇上に集中した。
「私は無学で無教養で、難しい政治のことも、経済のことも、知りません。
ましてや科学技術や軍事のことなんか全然知りません。
私は、貧しい家庭に生まれました」
コロシアムのざわめきは収まっていなかったが、彼女の声は全ての人々の耳元で聞
こえていた。
聴衆は次第に彼女の話に聞き入っていった。
「父は炭坑夫でした。
地下数千メートルの坑道の中をトロッコで何時間も掛かって行かなければならな
い場所が、父の仕事場でした。先掘りと呼ばれる『鉱山で最も危険で、最も男らし
い仕事』と父は常々言っておりました。
日が昇る前に山へ行き、星が空に瞬く頃にぼろ布のようになって帰って来るのが
父の日課でした。その御陰で、収入はそこそこありました。でも、祖父母と姉二人
に弟一人、両親と私の家族八人を養うには決して充分ではありませんでした。
でも幸せでした。家族は互いに助け合い、励まし合って、どこの家にも負けない
明るさがありました。
でも、突然、私達を不幸が襲いました。
落盤事故です」
コロシアムの中が一瞬どよめいた。彼女はちょっと間を置いて続けた。
「先掘りはいつかは覚悟しなければならないと思ってはいましたが、まさか自分の
父がそんな運命だったなんて・・・。
一家の大黒柱を失った私達の生活は急に苦しくなりました。
会社は、雀の涙ほどの退職金をくれました。でも、それは父が元気で働いていた
時の一週間分の給料にも満たなかったのです。
家族を少しでも楽にさせようと、二人の姉は学校を退学し、町に働きに出るよう
になりました。
その頃からです。姉達の化粧が次第に厚くなり、着るものも派手になっていった
のは・・・。
まだ四つになったばかりの私には、何も分からなかったのです」
聴衆の間から溜め息が漏れた。
「そして不幸は再び襲って来たのです。
ある日、町からやって来た警官が、一番上の姉が場末の売春宿で殺されていたこ
とを告げたのです。
ベットに横たわる裸の姉の全身には、無数の差し傷や噛んだ跡があったそうです。
変質者の仕業ということでしたが、いつの間にか捜査は打ち切られていました。
母親は嘆き悲しみました。二番目の姉にもう町に行かないようにと頼みました。
でも、二番目の姉は町に通い続け、復活祭の前の晩に『今から帰るから』という
電話を最後に、私達の前からその姿を消したのです」
既に、コロシアムの十万の聴衆は、水を打ったように静まり返っていた。
彼女の口調は淡々と、物静かだった。それが、コロシアム全体を静める役目を果た
していた。
−−−−−−−−−−−(TO BE CONTINUED)−−−−−−−−−−