#1084/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (JAD ) 88/ 7/10 1:17 (164)
悪魔とキューピット 土巣と絵夫好き
★内容
あるところに一人の青年がいた。
この青年、なにやら恋煩いをしているようである。
どうやら相手は、彼のよく行く喫茶店のウエイトレスの女の子らしい。しかしこの青年、内気なようでなかなか声を掛けられないでいるようだ。しかしそれでもこの青年、この子の顔を見るだけでもと毎日のようにこの店に足を運ぶ。
そしてなんとかチャンスを見つけ出し声を掛けようとするが、どうにも言葉が出てこない。月日だけが流れてく。
それを見かねたキューピット、二人の仲を取り持とうと、ある日この女の子がコーヒーを運んで来たところを見計らい、この子の胸めがけて愛の矢を打ち放った。
ところがどうしたことかこの女の子、不意に何かにつまずいてすってんころりん、コーヒーと一緒に転んでしまった。
愛の矢は獲物を失いどこかあらぬ方向へ、隣に座っていた見知らぬオバサンの胸へ見事に突き刺さった。それからと言うものこのオバサン、彼を見るたびウインクはするは何やらで、とうとうこの店に通いだしてしまった。そのため青年の足はかえって店から遠退く始末。
とうのキューピットはそんなことにはめげず、ふたたび愛の矢を振り絞った。
ところがまたしても矢ははずれ、こんどはその子の前を横切った一匹の蝿の胸へと突き刺さる。おかげでその蝿は青年の身体にまとわりつき離れようとしない。青年は周りから不潔な目でみられて顔を赤らめ、逃げ帰るように店を出て行ってしまった。
すっかりプライドが傷ついたキューピットは手を変え品を変え色々試すがなぜか失敗ばかり。
そのうち仲間のキューピット達もやってきた。そして合わせて3人のキューピットでこの恋物語を手伝いだした。しかし、それでもうまく行かない。いつもどこかで邪魔が入る。こんな筈はない、これでは愛の担い手キューピットの面目丸潰れだとばかり思い悩んだ結果、3人のキューピットはある晴れた月夜の晩に作戦会議を開くことにした。場所は青年のアパートの屋根上、全ての物が寝静まった夜中の1時、黄色い満月が天空に昇るときが開始時刻。
不意に月が雲に隠れて闇となり、再び月が顔を出して青年のアパートの屋根を照らし出したとき、そこに3人のキューピットがいた。
「やあ、みんな集まったな」、最初に二人の仲を取り持とうとしたキューピットが言った。
「ああ、それにしてもいい月夜だ。こんないい晩は雲のベットの上で眠転がっているのが最高なんだけどなあ。それをなんでこんなとこに居なきゃいけないんだろ、まったく」、後からこの作戦に加わったキューピットの一人が、あくびをしながら呟いた。
「そう言うなよ、こっちだってこの恋物語からはいいかげん手を引きたいんだ。しかしこんな失敗のまま手を引いたんじゃ僕たち愛のキューピットの名折れだぜ」
「なに言ってるんだい、だいたい君がいつまでもてこずってるから、僕らまでこんな目に合うんじゃないか。もし名折れになるとしたら君のせいだからね」
「分かってるよ、手伝ってくれてありがたいと思ってるよ。・・ん、ところで、君は何を黙りこくってるんだい?」
後から加わったキューピットで、さっきから何も言わずに黙り込んでいたもう一人の仲間を見て最初のキューピットが尋ねた。
「ほんと、ほんと、まるで借りてきた猫みたい」二人目のキューピットがからかった。
そのときだ、『借りてきた猫がおとなしいのは、その人間の値踏みをしてるのさ』。
不意に3人のキューピットの後ろで声が聞こえた。しかし、振り向いても誰もいない。
キューピットらは何者かと辺りをきょろきょろ見渡したが、さっきから黙って考え込んでいたキューピットだけは落ち着いたそぶりでこう言った。
「やっぱりあいつだ、僕の思ってた通りだ」。
二人のキューピットはなんの事かとこの仲間の顔をのぞき込んだ。
「どうもおかしいと思ってたんだ、愛の使者である僕たちがこうも立て続けに失敗ばかりする筈ないからね。やっぱりあいつが邪魔してたんだ」
「誰のことだい?」二人のキューピットが同時に聞いた。
「愛を妨げる者、悲しみを招く者と言えばあいつに決まってるじゃないか。悪魔だよ」
『人生に味を添える者と言ってほしいね』、また後ろで声がした。
キューピット達が振り向くと、悪魔が屋根の上であぐらを組んでこちらを見ながらにやにや笑っていた。
真っ黒な姿で耳が尖り矢印の形の尻尾を付けたあのおなじみの悪魔である。
「おまえだったのか」、二人のキューピットはうんざりした様子で悪魔を見た。
悪魔は何も言わずにやにや笑っている。
「この頃見かけないと思って安心していたのに、また出てきたな」
「どうりで失敗ばかりするはずだ、邪魔ばっかりしやがって」
「まったくだ、人の恋路を邪魔するとは許せんやつだ」
3人のキューピットは口々に悪魔を責めたてた。
しかし悪魔は一向に気にする様子もなく、キューピット達を見下したような目をして言った。
「へへ、皆さん機嫌がよろしくないようですなあ」
「あたりまえだ。誰のおかげでこんな苦労してると思ってるんだ」
一人のキューピットがほっぺたを膨らませて言った。
「まあまあ、私だって仕事でやってることですから、そう気にせずに」、そう言ってまた悪魔は、「へへへ」と笑ってみせた。
「ちぇ、いやな奴だ、人を悲しませるのが仕事とはね」
「そうだそうだ、僕たちが人間に愛と喜びを運ぶのを邪魔するのがおまえの仕事なのか、まったく見下げ果てた奴だ」、キューピットたちは目を釣り上げて悪魔を見た。
悪魔はそれを聞くと片手を前に出してこう言った。
「おっと、待った、皆さん方、勘違いしちゃあいけませんぜ。何もあなた達だけが良いことをしてるんじゃあないんだからね。なにしろ愛には障壁が付き物ですからねえ。え、考えてもごらんなさい、そんな愛の障害を乗り越えたとき初めて、人間てやつは幸福を感じるもんなんですよ。へへへ、そうじゃないですか?」
「ふん、なにを言うか」キューピットの一人が立ち上がって言った。
「そんなものはおまえの勝手な思い込みだ、それにおまえはそんな言葉を口に出来る身分じゃないぞ。おまえこそよく考えて見ろ。障害を乗り越えたとき、とおまえは言うが、それを乗り越える邪魔をしてるのがおまえ自身じゃないか」
「そのとうりだ、聞いたふうな口をきくな。幸福は僕らが運ぶ、おまえなんぞ必要ないんだ」
「おやまあ、立派なお言葉ですこと。しかし、それにしては仕事をちゃんと成功させてるのは、今のところどっちでしょうかねえ、へへへ」
これを聞いてキューピット達はかんかんに怒ってしまった。そして矢を取り出すと悪魔に向かって叫んだ。
「さあ、もうおまえのたわごとは聞き飽きた、さっさとどこかへ行ってしまえ。そして二度と我々を邪魔するんじゃないぞ。いいか、こんど姿を出して見ろこの矢をおまえに打ち込んでやるからな」そう言ってキューピットはきりきりと弓を引いた。
「へへへ、それはいやですねえ。だって私だって必要があるからここに居るんですからねえ」、そう言いながら悪魔はふわりと空中に浮かんだ。そしてなおも嫌らしい笑みを浮かべてこう言った。
「まあ見ててごらんなさいな、今に解るから」
「さっさと消えろ!」そう言うなりキューピットは矢を放った。
しかしその瞬間、悪魔は「へへへ・・」といやらしい笑い声を残して闇に消えてしまった。
悪魔が消えた後、こうなったら意地でもあの二人を結ばせてやるとばかり、キューピット達は念入りに作戦を練った。一人が矢をつがってる間、残りの二人でその周囲を守ろうと言うものだった。
やがて決行の日がきた。青年はいつものようにコーヒーを注文するとそっとウエイトレスの女の子を眺めた。そしてなんとか声を掛けるチャンスはないものかと思い悩んだ。
やがてその女の子がお盆にコーヒーを載せて運んで来た。
青年はとっさに目を伏せた。どうしても目を合わせる勇気が出ない。だがこのとき、青年にも他の誰にも見えないが、女の子の両わきをあのキューピット二人がしっかりガードしていたのであった。そしてもう一人は青年の肩ごしにすでに弓を引いて待機していた。
女の子は青年のテーブルの前までくると「はい、おまちどうさま」と言ってコーヒーカップをテーブルに置いた。
弓を引いていたキューピットは、「いまだ」とばかり矢を放った。矢は彼女の胸に突き刺さった。
しかしその時、彼女のエプロンの前ポケットから変なものが見えた。
なんと、あの悪魔が顔を出していたのだ。そしてなにやら彼女の胸を指さして笑っている。
キューピットが引き吊った顔でみてみると、彼女の胸のポケットに分厚い伝票が入っていた。矢はその伝票に刺さって止まっていたのだ。いつもならエプロンのポケットに入れてある筈なのだが、今日はそこには悪魔が入っていた。
悪魔はエプロンから出て逃げようとしたがそうはさせない。横にいたキューピット二人が左右から押え込んだ。取っ組み合が始まった。
しかしそんなことに気付くはずなく女の子は、くるりと背を向けると後ろのテーブルを布巾で拭き始めた。
またしてもその時、悪魔は最後のだめ押しをした。
その長い尻尾で青年の腕をつかむと、なんと後ろを向いてる女の子のおしりに触らせたのだ。
「きゃあ、なにするのよ!」そう叫ぶが早いか、女の子は青年を思い切り張り飛ばしていた。
キューピットに押え込まれていた悪魔はその隙にするりと抜け出して叫んだ。
「どうだいキューピットさん、なかなかのもんだろ!」そして「あっはっは」と笑いながら逃げだした。
キューピット達はすっかり逆上して悪魔を捕まえようと後を追う。
「おのれ悪魔、今日という今日は逃がさんぞ!!、地獄の底まで追いかけてやる!!」
そう言い残すと3人のキューピットも悪魔もこの場からどこかへ消えて行ってしまった。
しかし、テーブルでは会話が進んでいた。
「ごめんなさい、私ったら思いっきり張り飛ばしちゃって・・」
「とんでもない、僕の方こそすいませんでした、まるで何かに掴まれたように手がしびれてしまって勝手に動いちゃったんです、ほんとにごめんなさい」
「もういいのよ、うふ、でもあなたよくここに来てくれるのにこうやってお話するのは始めてね」
「あ、僕のこと覚えてらしたんですか」
「もちろんよ、だってあなた毎日のようにここに来るんですもの、私ね、一度お話してみたいなあって思ってたのよ」
「ほんとですか、実は僕もあなたと友達になりたくてこの店に来てたんですけど、なかなかチャンスがなくて・・・」
「うふふ、じゃあそのしびれた手のおかげね」
「いや、本当にあれはわざとじゃないんです、信じてください」
「いいんですってば、それよりあなたの名前まだ聞いてなかったわね」
「ぼくですか、ぼくは・・・・」
もう書く必要もないだろう、キューピットも悪魔も必要ないし、誰のおかげでもかまわない、いまの二人に必要なのは、ただ時間だけなのだから。
−END−
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<あとがき>
まるでこれじゃ、星新一の世界だ。
だが、それにしちゃあこの月とスッポンの差はどうだろ。
最も比べる相手が悪いけどね。
・・・僕にもキューピットが必要だ。
土巣と絵夫好き