AWC 真リレーA>第10回 『島』        YOUNG


        
#1040/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (BWA     )  88/ 6/ 8  22:23  ( 95)
真リレーA>第10回 『島』        YOUNG
★内容

「うむ、なるほどな………西崎のぉ………、あいつのやりそうなことじゃわい」
 日はとっぷりと暮れていた。
十兵衛の庵に招かれたふたりは、ここに来るまでの経緯を交互に語ってきかせた。
ふたりの話にうなずくでもなく聞き入り、なかば眠っているのではないかと思わせた
十兵衛であったが、真紀が西崎の名を口にだしたとたん反応をみせた。
「じゃあ、ご存じなんですね?」
これで給料の恨みをはらせるとばかりに、啓介がいきおいこんで聞く。
「知っとるもなにも、あれはワシの商売がたきじゃった………」
もう慣れたつもりの啓介たちだったが、セーラー服姿の少女から「ワシ」などという
ことばを聞くと、妙な雰囲気を感じるどころか、背筋に悪寒さえ走る。
(え〜い! この変態ジジイめ!)
「西崎商店は、奈良で大和屋というみやげもの屋を経営しておった。『マンジュウヨ
ウカン大和』で儲けたのはよいが、『さらば………』とか『………永遠に』なんぞと
いう、ラベルを張りかえただけの新製品で失敗してからというもの、どこに姿をくら
ませたものやら、とんと噂も聞かなんだが………」
 十代の少女には似つかわしくないしぐさで、キセルを囲炉裏のへりに打ちつけると、
十兵衛はゆっくりと腕を組み、感慨深げに目をつぶった。

「西崎の行方がわからないんじゃ、どうしようもないわね………」
しずかに燃える囲炉裏の火を映した真紀のひとみに落胆の影がさした。
「しかし………西崎は、いったいどういう方法で東京を………」
「ああ、それなら淀君の怨念を使ったんだって、大阪城で会った麻衣子………」
真紀がそこまで言ったとき、みるみるうちに啓介の顔に発疹が浮き出てきた。
「あ、いや、あの………麻子さんが言ってたわ。とにかく、もう東京は元には戻らな
いのよ………」
真紀が訂正するや、幻のように発疹は消えうせた。
(もう、めんどくさい病気ね! 西崎のおかげで名前が変わっててよかった………)
「いや、そうとばかりは云えん」
「じゃあ、東京を元に戻す方法があるんですか?」
ほとんどあきらめていた給料がもらえるかもしれない―――啓介は喜びのあまり身を
のりだしすぎて、あやうく囲炉裏に落ちるところだった。
(東京ぜんぶが戻らなくてもいいや。本社だけ、いや総務部だけでもいい!)

「淀君の怨念だか、猫の怨念だか知らんが、そんなに多量の物体を『消す』ことはで
きん。そもそも超能力の基本は念動力―――サイコキネシスじゃ」
真紀には思いあたることがあった。麻衣………いや麻子が車を宙に浮かせたのが、そ
うではなかったか………。
「物品引き寄せ………というのを知らんか? たとえば………ほいっ!」
かけ声とともに、少女―――の身体を借りた老人が虚空から取り出したのは、ひとつ
のどんぶりであった。十兵衛の肩ごしに見える暗闇を背景に、それはゆらゆらと湯気
をあげている。
「カレーじゃ。喰わんか?」
真紀と啓介はたがいに顔を見あわせ、ゆっくりと十兵衛のほうに向きなおると、ぶる
ぶると首をふった。ふたりとも、また気分が悪くなってきたようだった。
「そうか………ちなみにこれは帝国ホテルから引き寄せたんじゃが………」
ことばの調子とはうらはらに、みじんも残念そうな様子をみせずにそう言うと、十兵
衛は自らそのカレーを食べはじめた。もぐもぐとうまそうに口を動かしながら、話を
続ける。
「物体を『消す』ためには、物質を原子レベルにまで分解するだけのエネルギーが必
要じゃ。たとえ『消えた』ように見えても、それは瞬間的に移動させただけにすぎん。
東京はどこかにあるはずじゃ」
「どこにあるんですか?! どうすれば元に戻せるんですか?!」
ふたりは口をそろえて同じことを聞いた。しかし十兵衛は、すぐには答えようとせず、
音をたててゆっくりと口のなかのものを飲み下した。そして、ふたりを見つめながら
「知らん」とだけ言うと、宙から取り出した水をゴクリと飲みほした。

             *   *   *
 夕闇がせまっている。
相模湾の沖、熱海と三浦をむすぶ中ほどあたりで網を入れていた漁師は、見慣れない
島があるのに気がついた。そんなに大きな島ではないうえ、よく見ないとわからない
ほど、ほとんど海中に没している。夕日に染まる海のただなかで、その島は灰白色の
頂きを波に洗わせていた。
「ありゃあ………なんじゃろう?」
網を引き上げると、彼は舟を近づけていった。
「ほぇ〜、こりゃあビルジングじゃねえか!」
年老いた漁師は、ビルディングという発音ができなかった。彼がおどろくのも無理は
ない。昨日まで何もなかった海に、突然ビルが沈められて―――あるいは生えている
のだ。
「なんとまあ………いったい誰が住むんじゃろ………?」

             *   *   *

 結局、なにも収穫がないまま、真紀と啓介は帰り支度をはじめた。
「おぉ、そうじゃ。最後に会うたとき、ヤツは『これからは宗教法人が儲かる』とか
云うておった。奈良ではあるまいが………そうさの、たぶん高野山あたりにおるじゃ
ろう………そういえば、おかしな寺があると、前に聞いたことがある」
「それは確かなんですかっ?!」
思いがけぬ情報に、啓介は腰を浮かせた。今にも駆けだしそうだ。
「啓介くん、行くわよっ!」
真紀はすでに靴をはき、駆けだしていた。表にはトゥデイが待っている。話しかける
ラムを無視してキーを差し込むと、エンジンをかけた。
「あの………最後にひとつだけ。この山を下りる近道はありませんか?」
「この裏の道をまっすぐゆくと竹やぶが………」
「啓介っ! なにやってるのよ! このグズ!」
啓介は、すでにジリジリと走りはじめているトゥデイにとび乗った。
「あ、真紀ちゃん、その竹やぶを突っ切って! 近道だ!」
「了解っ!」
「ア、ソノタケヤブノサキハ………」
視界をおおっていた竹やぶが唐突に切れると、そこに道はなかった。
いや、大地までもがなかった………。
「ガケニナッテルッチャ」

 頭をかかえる啓介の横で、今日はこれで何度目の飛行になるのか、真紀が指を折っ
てかぞえていた。




前のメッセージ 次のメッセージ 
「CFM「空中分解」」一覧 YOUNGの作品
修正・削除する         


オプション検索 利用者登録 アドレス・ハンドル変更
TOP PAGE