AWC ***我が家の猫***


        
#1039/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (VWG     )  88/ 6/ 7  16: 9  (169)
***我が家の猫***
★内容
 私、正直言うと猫嫌いだったんです。犬は
好きでしたが、猫は気味が悪いというかどう
しても親しめなかったんです。
 こんなこと言うと猫党の人は、犬はこびる
からいけないと言われるかも知れませんが、
そこが素直で良いと私は思うんです。養われ
ているんだから、愛想良く振る舞えばいいの
です。猫はその点、あまりにも自立しすぎて
かわいげがないと思います。もちろん猫だっ
て飼い主には挨拶、その尻尾をピンと立てる
らしいことは知っています。しかし、そいつ
はそんなことを一切しなかった。
 言い忘れましたが、そいつとは家で飼って
いた猫のことです。もちろん私が飼っていた
わけではなくて猫好きの妻が正式な飼い主で
した。私たちには子供がいませんでしたので
妻は名前をつけ、ちゃん付けで呼ぶぐらいに
かわいがっていました。
 そいつなんですが、挨拶はもちろん擦り寄
ってきたり、鳴き声をだして意志を伝えるよ
うなこともありませんでした。唯我独尊とで
も言いましょうか、当たり前のようにエサを
喰い、出歩き、寝ていました。まあ妻が本当
の飼い主なんで、それでも構わなかったんで
すが・・。
 妻は一ケ月前からいなくなったんです。
「あなたって本当に頼りないわね。何も一人
じゃ決められないんだから」
「私ってくじ運が悪かったのかしら・・なん
であなたなんかと結婚したのかわからないわ」
 結婚七年目の妻が、二人でやっている喫茶
店で客がいるのも構わずよくそう言いました。
そんなとき私は恥ずかしいというよりも、妻
の顔がさらに醜く歪むのを見て、結婚を後悔
したものでした。
 もちろん最初からこんな具合ではなかった
んです。私はもともと広告代理店に勤めてい
たんですが、妻とはその取り引き先で知り合
ったんです。いま考えても不思議なんですが、
積極的だったのは私ではなく妻の方だったの
です。まあ自分の口から言うのもなんですが、
その頃は私も華の広告マンとしてそれなりに
モテていまして、妻のことはそれほど気にし
てませんでした。しかし、妻とも深い関係に
なりますと自然に結婚という段階になったん
ですが、双方の親がどうしても反対するんで
す。それで駆け落ち同然にしてこの街にやっ
て来たんです。くどいようですがそのときも
積極的だったのは妻だったんですよ。
 よく働きました。東京と違ってここでは、
広告代理店などというものはそうはありませ
ん。私は町工場で、妻はスーパーという具合
に共稼ぎで必死にやってきました。不思議な
もので苦しい生活でしたが、気が張っていた
というか二人ともそれなりに幸せだったと思
います。その努力が実って、ここに喫茶店を
開いたのは二年前のことでした。店のほうは
おかげさまで順調にいったのですが、妻のぼ
やきが始まったのはその頃でした。いま考え
ねてみろと言って引かなかったんです。
「私も付いて行くから大丈夫よ」
 結局、私はテニスクラブへそいつを訪ねる
ことになったんです。クリーニング屋は用事
があるからと言ってクラブへ案内しただけで
すぐに帰ってしまいました。
「どうもお待たせしました。僕に何か?」
 フロントで待っているとタオルで汗を拭き
ふき男が現れたんです。そのコーチは長身で
若かったですが、派手な造りの顔は同姓から
みて良いやつ、という感じではなかったです。
(どこが良かったのだろう)
 そんなことを考えながら私は自己紹介と妻
の家出について話しました。
「やだな、僕は知りませんよ。そういう話が
多くて困っちゃうんだよな。なんで僕があん
なおばさんと、どうにかならなきゃいけない
んですか」
 私は無言でいました。たしかに腹が立ちま
した。そんなおばさんでも私の妻です。私自
身をけなされているような気がしました。し
かし、あいつがいい女だったのは昔の話で、
言われるとおり今はただのおばさんかも知れ
ませんでした。
「もういいですか? まだレッスンの途中な
んで」
 その男は、呼びに来た中年の女達に引かれ
るようにしてコートに戻って行きました。私
は誰もいないフロアーに一人残され、非常に
空しかったです。来なければよかったと思い
クリーニング屋を恨み、そして拒みきれなか
った自分を恥じました。
 家に帰ってからも容易には胸の思いは治ま
らなかったんです。
 そこにあいつが現れたのです。
「なんだこいつ」
 私は久しぶりに怒りという感情を持ちまし
た。本当に最近になかった思いで体が熱くな
るのを感じました。
 私は蹴りを入れた。しかし、そいつはちょ
っとのところでそれをかわしました。しかも
子憎らしいことに逃げずに、距離を置いてこ
(私がこんな思いをしなきゃならないのは妻
だ)
す。猫を部屋の隅に追い詰めました。そいつ
きました。
「さあ、おとなしくしているんだぞ。良い所
へ連れて行ってやるからな」
 私は自転車にそいつの入ったバスケットを
縛り付けると河に向かいました。土手に自転
車を留め河原に降りると幸い辺りに人影はな
く、私は涙到の桙サいつを放り出した。
そいつは背伸びをした後ゆっくりとした動作
で辺りを嗅ぎ始めました。私が空になったバ
スケットを持ち、立ち去ろうしても気付かず
に辺りを探索するのに夢中でした。
 自転車のところに戻ったときには、葦の中
にでも潜りこんだのかそいつはいませんでし
た。私はそこで初めて安心するとともに、一
組の親子がいるのを知ったのです。きっと一
部始終見ていたのでしょう、冷たい視線をよ
こすと母親は子供の手をとり急ぎ足で離れて
行きました。
 他人にどう思われようと構いませんでした。
そのときは猫を捨てることで本当に自由にな
れるという感じがしていたのです。ペダルを
回す足も軽かったのを覚えています。
 しかし、その思いもすぐに砕かれてしまい
ました。家に戻ると今しがた捨てて来たはず
の猫が寝そべっていたのです。
(こ、こいつなめてるのか)
 それからでした。私は何度も河にそいつを
捨てに行きましたがどうしても戻ってしまう
のです。いっそ殺してしまえば簡単だとも思
いましたが、猫を殺すのは気味が悪くてでき
ませんでした。結局、近所に捨てるからだめ
なのだと思いました。その頃、店の手伝いに
女子大生をアルバイトに雇っていたのですが、
その娘が湖を見たがっていたのでそのドライ
ブを兼ねて捨てに行くことにしたのです。
 最初こそ、久しぶりに若い女と二人きりに
なって緊張しましたが、途中の山道で猫を降
ろすと私のなかの規制がなくなったのか、大
胆になりとうとう彼女と関係を持つことがで
きました。三十も半ばを越えてこんな良い思
いができるとは思いませんでした。やはりあ
いつを捨てたことは正しかったと納得したも
のでした。
 そんな生活が一年ほど続いたでしょうか、
あいつが帰ってきたのです。痩せ汚れていま
したが、きつねのような顔はたしかにあの猫
でした。
 次の瞬間、猫を追いかけていました。
 私は阿蘇山に向かったのです。ニュースで
噴火のことを報じていたのが頭に残っていた
んでしょう、飛行機で向かいました。荷物は
あいつの入ったバスケットだけでした。噴火
口には行くことはできませんでしたが、展望
台にバスケットごと置いてきました。
度こそ大丈夫だろうと帰りの飛行機に乗った
のですが、その飛行機が墜ちてしまったんで
す。
 あ、妻が呼んでますのでそろそろ終わりま
す。いやうるさいんですよ、この傷どうして
くれるのよって。首についた青い絞め跡を見
せながら言うもんですからね。まあ私も良い
思いをしましたから、これからは妻の言うと
おりにするつもりです。ただ皆さんにお知ら
せしたくて・・くれぐれも猫とおんなには御
注意を。




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