AWC ベルリンは交錯の雨4 ひすい岳舟


        
#948/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  88/ 3/29   9:53  ( 95)
ベルリンは交錯の雨4                    ひすい岳舟
★内容
  ラジオを付けるとアメリカの音楽が流れてきた。サブリナは座りながら音楽に合わせ
てでたらめな踊りをしていた。クワイトフスはそれをふくろうの机の足にもたれながら
それを眺めていた。
  「質問をしてもいいかな。」
「なに?」
「帰ってくるとき何かあったのか?合羽もきずに雨の中を」
「Acc…」彼女は笑っているだけである。
「まぁ、いいや。」
「糸つむぎ、廃業になっただけ。もともとお金が入る以外は、嫌なことだったの。」
「………」
  サブリナはそのまま、踊っている。それを見てなんとなく、彼は察しがついた。懇意
の男が仕事を与えるかわりに何かやっていたのであろう。つまらぬ奴だ。条件で縛ると
はな。しかし、彼女はそれをかなぐり捨てたのだ。

  雨によって道は泥沼と化していた。こんなところを車で通るのはもとより無理な話で
あったのだが、彼らにはそんな余裕がなかった。しかし、運というものは重なるもので
あり、彼らの車は後輪を溝に落ち込ませ、進ませることが不可能になってしまった。
  助手席に座っていた者が運転手になんとかしろと怒鳴った。しかし、一人でなんとか
なるものではない。運転手は結局、民家を捜すことになった。すでに夕方になり、暗く
なり始めていたため、あまり期待していなかったのだが、そこへ弱く輝く光を彼は発見
した。彼は一度車に戻り、見ぶりで指し示してから、葡萄畑からその家を目差した。

  ドンドンドン!!
  烈しく連打する横暴なノックに2人は眉をしかめた。サブリナがトントントンと降り
てゆくと、黒いコートをきた男が入ってきて怒鳴り散らした。クワイトフスはたた事で
ないと感じ、ゆっくりと階下に降りて行った。
  「男手が入るのだ!!車が溝にはまってしまった。手伝ってくれ。」
「どこですか。」クワイトフスは、農夫を演じようとしていた。
「来ればわかる!さっさと来てくれ!!」男はかなり横柄なところがあった。クワイト
フスはピーンと来た。こいつは、軍隊の者だ。
  彼はそのまま男に続いた。葡萄畑を抜けると黒い車が泥を跳ね上げて必死に脱出を試
みていた。しかし後輪の、とくに右が軟らかい泥に掴まっていてさらに足場を確保して
いるはずの前輪もスリップを起こす始末だった。それを中から捜査してやろうというの
だから無理なのである。よけて溝を深めるばかりだった。
  クワイトフスは男のいわれるままに車の後ろについた。そして男が運転席に入り、エ
ンジンを動かすと、それに合わせて押した。泥水が跳ね上がって彼にぶつかる。みるみ
るうちに彼は茶一色になった。
  クワイトフスは手を離すと運転席の窓を叩いた。そして、男が窓を開けると、
「タイヤの下に何か−−−木の板とか−−−差し込まないと…………」

  サブリナは再び屋根裏部屋に戻り、天窓から様子を窺おうとしていた。しかしそれは
無理だった。道路は葡萄畑で隠れて見えないのだ。
  ふと、彼女は何かの視線を感じた。−−−ふくろうである。10cm四方の窓からは
いってくるカンテラの光によって、鳥の目はらんらんと輝きを帯びていた。今にも動き
だしそうなくらいに。

  クワイトフスは全身が硬直してゆくのを感じた。中の男達に見覚えがあったのだ。と
くに後部座席の中央に左右の男に支えられながら深々と座っている男には、驚いた。帽
子を被ってはいるが、その揃えられた口髭、横になびる髪、そして今は光を失っている
眼光はまさしく彼が忠誠をつくした人物、それだったのだ!!
  「何を  見ている!!」補助席の男が怒鳴った。瞬間目が合う。ナチ親衛隊副官
ツファイアーである。
  彼は2、3歩後ろに下がると、家を指し、かけ戻った。

  「結局はそうなのよ………」
  サブリナはかけ戻ってくる彼をその窓から見下ろしていた。
全ては伝説のようだった。偶然か、必然かは知らぬが。
彼女はそこいらにあった火掻き棒を手にしていた。ラジオからはあいかわらず陽気な音
楽が流れていた。

  彼は部屋に入ると、自分の銃を取った。弾は既に装填してあった。
  今はやらねばならないとしか思っていなかった。息子が14にして死んだのも、妻が
出国してしまったのも、そして自分が反逆者となってしまったのも、あの野郎のせいな
だ。息子はゲルマン優越を信じていた。優秀なヒットラー・ユーゲントであったのであ
る。しかし、あいつはユダヤの娘をからかっているうちに本当に芽生えてしまったのだ
。そしてとうとう、自分で結論を出した。それが14にして命を絶つことであったのだ
。妻はもともとオーストリアの人間だった。併合の時、上司の紹介で知り合った。ドイ
ツとオーストリアは強力なパートナーであった。それが、である。敗戦と同時に彼らは
ナチスの被害者となり変わった。戦時中あれほどの協力者はいなかったというのに。
  それはいい。しかし、妻まで取ることは無かろう。彼女はオーストリア政府によって
母国に戻っていった。勿論、彼女にとってすれば良いことなのだ。しかし、強制的に離
婚となれば話は別だ!!
  すでに運命は加速度的に回転を強めていたのだ。あのハインリッヒ・ヒムラーが我々
に演説したのはまやかしであったのだ。(SS国家などくそくらえだ!!)総統が言っ
ことは全て、根拠のないことだったのだ。国家の方針が国民の意思であるならば、この
ように、不具合を受ける人間が多いことがあろうか!一人の人間さえ満たすことの出来
ぬものに世界が肯くわけがあろうか!
  彼はワルサーP−38をズボンに隠し、裏庭の木切れを抱え車へと歩んでいった。

  「あの男、何処かで見たことがあるぞ」ブッツファイアーはうなった。それに対して
運転手は不服そうだった。「あいつはただの農夫ですよ。馬鹿みたいに昼間っから自分
の女に溺れていましたよ。あんなやつを……」
  ブッツファイアーは話を受けず振り向いて後ろの様子を窺った。中央の男は無惨にも
放心状態である。ヒムラー閣下が逆上して放った銃弾は当たらなくとも、一人権力者を
廃人にするのは十分であったのだ。
  「閣下、御気分はどうですか?」
  ブッツファイアーの問いに彼はゆっくり肯いただけであった。そしてそれが返事では
なく、ただの偶然であったことは誰の目にも分かった。

  男が再び出てゆく。彼女はそれを止めることは出来なかった。すでに“エピローグ”
が始まっているのだわ。もう誰にもそれを変えることは出来ない。不確かな物は、大き
く私の前の代と同じように−−−ただ配役と設定がちょっと違うだけ−−−変化しよう
としているのだ。

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