AWC ベルリンは交錯の雨3 ひすい岳舟


        
#947/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  88/ 3/29   9:50  (102)
ベルリンは交錯の雨3                    ひすい岳舟
★内容
  写真の中の彼女はまさに瑞々しかった。キラキラとと輝いているというか−−−それ
が変色を起こした写真からも伝わってきていた。写真にくらべれば彼女は曇ガラスのよ
うである。なにがそうしたのか−−−それは考えたくないことだった。
  その時階下でドアンという戸が閉まる音がした。サブリナが帰ってきたのである。足
音はそのまま奥に一端消えた。
クワイトフスには罪悪感が立ち込めていた。どういった口実を述べればいいのか。口実
などは必要のないことだ。人の家をかぎまわったのだぞ。たかが農民ではないか、それ
に女だ。自分の立ち場を忘れたのか。やられる前になんとかせねばな。ああそうだ、し
かしむりやり出来ぬ。何故だ。すでに俺は運命には見放されているのだ。そんな人間が
やけっぱちになったところでうまくいこうはずがない。それはどうかな。自分に害のあ
るものは殺すまでだ。ピストルは、下だ。御前は自分のやったことをこの場に及んで正
当化するのか!!唯一正当化出来るとしたら…………出来るとしたら………
  ダァ〜ン。
  サブリナのふくよかな姿が現れた。雨の中そのまま来たのだろう、全身すぶ濡れであ
る。そしてその顔は、感情の為か感覚の為かブルブルと震えている。ポタポタと垂れる
水滴が床に落ちて溜まった。そして表面でほこりがダンスしていた。
  サブリナは彼を姿を見付けるとすぐに歩み寄ってきた。彼が萎縮して腰を降ろすと、
持っていたアルバムを剥ぎ取って投げ飛ばした。ほこりがトルネードのように渦巻く。
  クワイトフスは何も言わなかった。サブリナの目を見つめ、状況判断をしようと試み
ていたがそのときふと先程の言葉の続きを考え出し始めた。
  彼女は顔を接近させていった。そして彼を押し倒すかのようにかぶさった。水がクワ
イトフスに染みる。サブリナは両腕を彼の後ろに回し、上半身を少しばかり起こした。
そして彼の顔と自分の顔を合わせた。
  「昔はどうでもいいわ。」彼女はそう言い捨てると、彼の唇に自らのものを重ね合わ
せた。クワイトフスはその時、自らを正当化する唯一の方法を発見した。そしてその行
動をとらねばならぬことも同時に確認した。
  彼は右手で自分の体を支え、左手を彼女の背に回した。そして今度は彼から彼女の唇
を求めたのである。長い時間が過ぎたかと思われるほど、それは続いた。
  「私は貴方に、非常に興味があるのだ。」彼は上半身をクッと起こした。彼女は彼の
体からどき、脇に座りこちらを見つめている。「……すまなかった。どうにも止まらぬ
ことだった。」
  「貴方には私の事を理解するのは無理だわ。」そういいながら束ねていた髪を彼女は
解放した。暗色の茶の髪はハラリと彼女の背を隠すかのように散らばった。「ここの家
にはある話があって、それによって決まってしまっているのかもしれないのですもの。
こんなことは普通の人は理解できないことなのよ。」
  「話って………もしかしたららあれかな?」クワイトフスはふくろうを指した。する
と彼女はゆっくりと肯いた。
  「嫌な話よ………クリストファー家の陰々たる伝説よ。話の元はね。」
「クリストファー家………貴族か何かかな?」
「伝説上の名門だそうよ。私の家系はとの家来だったの。それも確かな話ではないけれ
ど。……フフ、確かなものでないものに支配されているなんて馬鹿な話よね。」
  何が馬鹿な話しなものか。私の方がもっと愚かだ。1000年続くなどというよまい
事を信じ、世界を敵にまわしていたのだからな。国家の方針は国民の意思、か。ゲルマ
ン民族の優越。反共産主義。夢に取り付かれてヨーロッパ名門の国は狂ったのだ。なる
ほど、確かなものでないものに支配されているのかもしれないな、この世というものは
………
  「その5枚の皿は有史以前の物なのよ。陶器に見えるけれど、そうじゃないわ。私に
はそんなことはどうでもいいことなの。ただ、その皿は伝説を裏付ける、というか、現
実のものにしていると言うことだけ。」
  彼女は笑顔を取りもどし始めていた。自分の服のホックを外すと、クワイトフスの手
を取り、それを肩に乗せた。そして自分は彼のYシャツのボタンを外していった。が、
震える手に小さいボタンは扱いにくく、途中からはボロボロと落とすことになった。
クワイトフスは相手の肩に置かれた手に力をいれた。ゆっくりと肩から服は外れ、豊満
なる体が視野に入ってきた。
  「君もその伝説とやらに、束縛されているのか。」
「そうかもね。私の父も、叔母も、直系はここの地に住み、絶対に去ることは出来ない
みたい。」
「呪文かなにか、かかっているのかな。」彼は彼女の胸に手を当てた。うちなるものが
燃えている!!そう、感じた。
「そうじゃないわ。しかし、出るチャンスはないのよ。……きっと分からないわ。」
  「分からなくともよい。」クワイトフスはぐっと抱き寄せ、今度は彼女を押した。ほ
こりがつき、2人は泥塗れのようになった。そう、おさなき何も知らぬ日のようにお互
いをだいて純粋に会話していく………「私はサブリナ、君に惚れてしまったのだ!!」

  「このガラスに文字を彫ったのは誰なんだい。」クワイトフスは10cm四方の窓を
ュめていた。「これはやっぱり伝説なのかい?」
「それは伝説を要約した詩なの。覚えているわ。」
「あっ、ちょっと待った」口ずさもうとする彼女をクワイトフスは制した。「カンテラ
あるかな。実際にやってみたいのだ。」
  サブリナはトントントンと降りてゆき、ラジオとカンテラを持ってきた。初め、ラジ
オを見てギョッとしたクワイトフスだが、SSだったということは彼女には分からぬだ
ろうと考えた。サブリナは自分の事を教えてくれるのに、自分は虚空の人間を演じなけ
ばならないのには苦痛があった。
  彼は天窓の一枚を開けた。途端に降り注ぐ雨。彼が瓦に足を乗せないうちにすぶぬれ
になった。もっとも服はさっきびちょびちょになっていたため、対して気にせず外へ出
た。ゆっくりと足を運びながら、10cmの窓へ移動した。そこでカンテラに火を入れ
、中を窺った。さっき、部屋に行ったときに取ってきたガウンをはしょった彼女の姿が
浮かんだ。彼は微笑し、カンテラを窓の近くの瓦に置き、屋根裏部屋に戻った。
  「ちゃんと出ているわ。」
「読めるかな………」彼はYシャツをバサバサさせていた。「ドイツ語か?」
「ええ、」
「どれどれ………」

  ふくろうは、常に我々を見守っている
  悲劇も喜劇もである
  ふくろうは、この世の終わりに語るだろう
  同じことの繰り返しだと
  来訪者は突然やってきて、
  あなたに希望を与える
  もとよりあった希望などよりは
  もっと素晴らしいものを
  そして来訪者は
  そなたを解放するであろう

  この先に文字はあった。しかし、埋まってしまっていてクワイトフスには判読不明で
あったので、彼女に尋ねた。が、彼女はそこの部分はほとんど意味のないものよ、とい
ったのでそれっきりとなった。
  結局、伝説というのはなんだかよく分からなかった。しかし彼にはどちらかといえば
あまり必要のないものであったのである。なにしろ、彼にはサブリナしか眼中に無かっ
たからである。

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