AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(9)コスモパンダ


        
#929/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/25   6:23  (127)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(9)コスモパンダ
★内容
            (9) 二つのメモリ・プレート

 僕は市警察本部を訪れた。昨夜、ノバァと別れる時に前もって、正午に市警察本部の
別館で落ち合う約束をしていたのだ。
「おや、結構、元気そうじゃないの」
 どうして、こう憎らしい台詞しか吐けないのかな。
 可愛い顔して、しらっと言うだけに腹が立つ。
 今日のノバァはライトブルーのぴったりしたショートパンツに、ピンクのシャツを着
ている。それに真っ赤なパンプスを履いていた。目立つ恰好するなって言ったのに、カ
ラフルな服装だ。それでなくても、スタイルがいいのに目立ってしょうがない。
 腹が減っては・・・ということで、二人で警察本部の別館ビルの展望レストランに入
った。ここなら、<救世主>に襲われることもないだろう、と思ったのだ。
 レストランに入ると、予想通りノバァは食事に訪れた人々の目を集めた。彼女をエス
コートする僕はちょっと気分がいい。
 ゆっくり食事という程、時間がある訳ではない。<救世主>との取引時間まで、丁度
十二時間しかないのだ。ノバァも僕も簡単なランチを注文した。
 レモンを絞ったアイスソーダの冷たいグラス。彼女はそのグラスの淵に魅力的な唇を
付けて僕をじっと見つめた。何も喋らないで見つめられると、ゾクッとする。
「なんか、分かった?」
 そのぶっきらぼうな言葉で目が覚めた。
「ああ、メモリ・プレートの秘密は分かったよ」
 ぶすっとして、僕はグローバル先生の突き止めた事実を手短に話した。
 ノバァは首を振った。信じられないという気持ちはよく分かる。
「カズ、今度の事件を整理してみない?」
「うん、それじゃあ、記憶の新しいところから、昨夜の事件を思い出そう」
 ノバァはソーダを口に含んだ。細くて健康的な小麦色の喉がコクリと動いた。
「僕がアンナの部屋を訪れた直後に、アンナの部屋に電話をしてきた男が<救世主>。
奴は僕がアンナの部屋に来るのを待っていた。どうしてだと思う?」
「リンでしょ?」
「うん、彼女はうちの事務所から、ノバァが手に入れたアンナ・マグレインのホログラ
フィを手に入れた。あのホログラフィにはアンナの略歴や住所も載ってたから、リンが
アンナの部屋を訪れるのは簡単だ。それからリンは部屋に入れたのかな? リンが持っ
てったホログラフィは、部屋の中の電子ピアノの上に置いてあった。彼女はどうやって
アンナの部屋に入ったんだろう。リンが部屋の鍵を開けられたとは思えない」
「簡単よ。アンナの部屋の鍵はリンが行った時には、既に開いてたのよ」
 ノバァは、すぐに答えた。
「ということは、<救世主>が先に来ていた!」
「その通り」
「で、<救世主>はリンをさらった。なぜ?」
「問題は、<救世主>はアンナの部屋で何をしていたのかってことね」
「分かんないよ」
「<救世主>は、カズにテレコムを掛けてきた。『メモリ・プレートをよこせ!』って
ね。でもどうして、あなたがリンから預かったメモリ・プレートを欲しがるのかしら?
メモリ・プレートが欲しいなら、直接、カズに言えばいいのに。わざわざ、アンナの部
屋でリンを待ち伏せしてたのは、どうしてかしらね?」
 ノバァは細いソーダグラスを手で持て遊んでいた。やけにしおらしい。そう言えば、
レストランに入ってから、いつもの口調とはうって変わっておとなしい。
 ノバァの奴、恰好つけてるな。周りの視線を気にしてるんだ。
「あのメモリ・プレートには、メイソンが得体の知れない小人に殺されるシーンが映っ
ていた。超音波の声と一緒にね。<救世主>にとって重要な情報なんだ」
「なぜ?」
「なぜって、他人に知られちゃまずいことだから」
「ということは、<救世主>がメイソンを殺したってこと?」
「そうじゃないのかな」
 ランチが運ばれてきた。僕はチリソースのポークビーンズにフランクフルトにポテト
にパン、グリーンサラダ。ノバァは海草と貝のシーフードサラダ。ドレッシングの替わ
りにサワーヨーグルト。それだけ。結構、身体のラインを気にしている。
「<救世主>はアンナの部屋を銃撃で破壊したんでしょ。メイソンは銃で殺されたんじ
ゃないわよ」
 銃撃は正確だった。抱き合って転がるアンナと僕の周囲の床は蜂の巣になった。あれ
はわざと外していたんだ。威すために・・・。鮮やかなプロの手並みだった。
「<救世主>はあの時、僕を殺す気はなかった。もし殺せば、メモリ・プレートのあり
かが分からなくなる」
「それじゃあ、あのピックアップトラックのブレーキに細工したのはなぜ?」
 うーむ、また壁にぶち当たった。
「おかしいじゃないの。だって、あんたを殺してしまうと、メモリ・プレートが手に入
らなくなるから、銃撃だって外したんでしょ。その<救世主>がどうしてブレーキに細
工するの。あのブレーキの細工は致命的だったわ。素人なら助からない。あたし達だか
ら切り抜けられたのよ」
 うむむむむ・・・。そうか!
「分かった!」
 ノバァと僕は同時に叫んだ。周りのテーブルの客の視線が僕らに集まった。しかし、
二人ともそんなことには無頓着だった。
「敵は二組いるんだ。一組は<救世主>で、メモリ・プレートを欲しがっている」
「もう一組は誰だか分からないけど、狙っているのは・・・。あんたの命」
 げっ!
「ど、どうしてさ」
「カズ、あんた、見たでしょ。メイソンとアンナが逢うところを」
「だけど、それがどうしてそんなに重要なんだい。直接、メイソンが殺されるのを目撃
した訳じゃない。リンのメモリ・プレートにしたって、ミノルタのレコードボタンをリ
ンが押し込んだまま、落っことして偶然に記録されたんだ。撮りたくて撮ったんじゃな
いもん」
 ノバァは頬杖を付いた。
「カズ、あの夜、どうしてメイソンとアンナは『ベベ』で逢ったのかしら。いつだって
アンナの部屋でもメイソンの部屋でも逢えたのに・・・。あの夜、どうして逢う必要が
あったのかしら。二人はあの時、何してたのか覚えてないの?」
 あの夜、僕とリンはメイソンを見張っていた。アンナはメイソンに逢いに来た。そし
てメイソンは・・・。
 そうか! 僕はなんて馬鹿なんだ! 畜生! 僕は大馬鹿だ。
「ノバァ、アンナはどこにいる? 彼女の所に連れてってよ」
「えっ?」
「昨日、狙われたのは僕じゃないんだ。ピックアップトラックに彼女が乗るようになっ
たからなんだ。そうなんだ」
 ノバァはフォークでつついたサラダを口に運ぶ途中だった。
「どうしたって言うの?」
「昨日、僕はアンナについて彼女の部屋に行った。でも、その前にリンが来た。そこで
待ちうけていた<救世主>にリンは捕まった。そこまではいいかい?」
 ノバァはフォークをサラダボールに戻すと、コクンとうなずいた。
「<救世主>はリンにこんなふうに尋ねた。『メモリ・プレートを寄越せ』とね。だけ
どリンは『無い』と答えた筈だ。あるいは『今、持ってない』と答えた。分かる?」
 ノバァは首を横に振った。
「リンは、僕に預けたメモリ・プレートを思いだし、『無い』と答えた。<救世主>は
早まった。アンナに対して『メモリ・プレートを寄越せ』というべきだったんだ」
「何を言ってるのか、分からないわよ」
 ノバァはキョトンとしていた。
「アンナの部屋で待ち伏せしていた<救世主>は、部屋に入って来たリンをアンナだと
思った。多分、部屋の電気が消えていて、相手の顔を確かめずにリンにメモリ・プレー
トのことを尋ねたんだろう。リンは驚いた。こそ泥みたいに他人の部屋に忍び込んだ途
端に男が声を掛けてきたんだものね。あの子らしいよ。きっと怖がってキャーキャー
いで喋っちまったんだろうな。『あのメモリ・プレートはカズ・コサックが持っている
わ』ってね」
「ということは・・・」
「間違えたんだよ。<救世主>はこう尋ねるべきだったんだ。『メイソンから預かった
メモリ・プレートを寄越せ』と。あの夜、メイソンと逢ったアンナは彼から何かの包み
を受け取った。確かにメイソンが包みを持っていたのを僕は見た。その中身は多分、メ
モリ・プレートだったんだ」
「メモリ・プレートは二つあったのね!」
「その通り。そして<救世主>に一歩出遅れたもう一組の奴らは、アンナがメモリ・プ
レートを他の人間に渡してしまう前に始末しようとした。ピックアップトラックに先回
りし、ブレーキに細工した」
「つまり、狙われたのは、あんたじゃなくて、アンナ!」
「大変だ。アンナが危ない!」
 僕はイスから立ち上がった。ノバァも慌てて立ち上がる。二人とも、血相変えて走り
出した。
 レストランの支払いはしっかり、ハザウェイ警部にツケといた。





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