AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(8)コスモパンダ


        
#928/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/25   6:17  (101)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(8)コスモパンダ
★内容
            (8) クラーク・ケントの講義

 昨夜の事件の後、ノバァはアンナを連れ雲隠れ、僕は中央区の裏通りの安ホテルに泊
まった。エアコンが故障していたので、暑苦しくて眠れなかった。
 御陰でまだ眠い。その眠い目を擦りながら、大学へ行った。
「タイミングがいいね。丁度、結果が出たところだよ」
 コンピュータ・コンソールがズラリと並ぶ研究室で、日焼けした浅黒い顔のクラーク
・ケントことグローバル先生は、僕に話し掛けた。
 リンが持ってきたメモリ・プレートの解析結果が出たのだ。
「で、何が出ました?」
「まず、これは大変な事実だということを肝に命じておきたまえ。そんじょそこらのス
クープとは桁が違う。下手をすると人類の未来が変わってしまう」
「そんな大袈裟な。たかがメモリ・プレート一枚にそんな秘密があるなんて」
「事実は小説より奇なり。論より証拠。まずこれを見たまえ」
 先生がデスクトップ・コンソールのスクリーンを指差した。
 そこには、スプラッタ映画の一シーンと見誤るほどの惨状が映っていた。
 そして、そのスクリーンの上の方には、細い線が幾つも現れていた。それらの線は一
様に何かの信号波形を示しているようだ。
「この線が何か分かるかね」
 僕は首を横に振った。
「これはメモリ・プレートのオプション・メモとして記録されていた音声情報だ。但し
、普通の音声ではない。このまま再生しても普通のメモリ・リーダでは聞こえない。例
えメモリ・スキャナーを使って音声を再生しても聞こえない」
「どういうことですか?」
「超音波だよ。レコーダの音声信号は約二万ヘルツの音声周波数の信号まで記録できる
。普通の人間の可聴範囲もこの二万ヘルツが限界で、これ以上の周波数の音は聞こえな
い。犬などは倍の四万ヘルツくらいは聞こえるがね。その超音波が記録されていた。も
っとも、二万ヘルツまでしかディジタル変調されないため、波形成分が変わっている。
ところで、二万ヘルツの周波数の音声をディジタイズして記録するには、データ・サン
プリング周波数は幾らかね?」
「先生、そんなこと分かる訳ないでしょう。僕は文化系なんですよ」
「威張ることはないな。音声に限らず、波形は正弦波に近似できる。正弦波を描くのに
必要な最小限の点はいくつかというと、四つだ。つまり一般的に元の波形を再生するの
に必要なサンプリング周波数は四倍は必要になる。つまり八万ヘルツは必要であり、一
秒間当たり八万データ。但し、変化差分サンプリング方式だから・・・」
「先生、もういいです。結論を教えてください。僕は講義を聞きに来た訳じゃないんで
すよ。つまり普通の機械じゃ、超音波を再生できないってんでしょ」
「つまりディジタル・サンプリングの弱点だな。これを再生するには、サンプルデータ
をフーリエ解析し、周波数成分からディジタル化のためのサンプリング周波数成分を取
り除く。その後、データ補間を行って再生すると、元の超音波に近いものが得られる」
「で、それは一体何なんですか?」
「声だよ」
「声?」
「蝙蝠は超音波を出して、岩で反射して帰ってきた超音波を利用した生体レーダーで、
暗闇の洞窟を自由に飛び廻れる。イルカやクジラも音波を出す。これをエコーロケーシ
ョン(反響定位)と言う。だが、このメモリ・プレートの超音波は有意信号だ。エコー
ロケーションのための超音波ではない。明らかに超音波での会話だ」
「なんですって!」
 僕は先生がどうかしてしまったのかと思った。
 先生はコンソールのキーを叩いた。
「この超音波音声の時間を引き伸ばして、人間の可聴範囲の音声まで周波数を落として
みる。そうすると会話が聞こえてくる」
 話しながらキーを叩いていた先生は最後のキーをポンと叩いた。
 スピーカーから耳障りなキンキンした声が聞こえてきた。
「殺せ! こいつはお前達の敵だ! お前達の仲間を殺した奴だ。だからその仇を撃つ
んだ。残虐に殺されたお前達の仲間の無念を晴らせ。同じように身体を引き千切れ、腹
を裂き、腸を抉り出せ! 肉を削げ! そして最後の一滴まで血を絞り出すんだ! 骨
を砕け! 脳味噌を撒き散らせ!」
 凄まじい言葉の羅列だった。
「先生、これは何ですか?」
「分からん。だが、メモリ・プレートの映像に明らかにシンクロしているとは思わんか
ね。この音声を聞いた連中があの被害者を責め苛んでいる」
「超音波で喋れるんですか?」
「記録されている超音波音声はどうやらアンプとスピーカーで出しているらしい。しか
し、肉声の超音波と思われるものが一部に含まれている。超音波で話すことのできる人
間がいるということだ。恐らく普通の声帯じゃ無理だ。多分、超音波を出すための器官
があるだろう。それに超音波音声は直接、鼓膜では聞けない。人間の鼓膜はそんなに高
い周波数に応答できん。頭蓋骨が超音波を受信し、その頭蓋骨の振動を直接、内耳から
聴覚神経に伝える仕組みがないといけない。多分、頭蓋骨の構造が普通の人間とは違う
んだろう」
「先生、それは人間じゃないですよ」
 僕の声は上擦っていた。
「超音波の声。聞こえない会話なんだよ」
「あっ!」その時、僕の頭の中に閃いたものがあった。
「犬だ! そうか犬達には聞こえたんだ。超音波の声が」
 あの夜、リンと僕はメイソンを張り込んでいたが、リンのどじの御陰でメイソンに気
付かれ、逃げ出した。その時、野良犬が一斉に空に向かって吠えていた。
「残念だったな、カズ。君の側にやつらがいたんだ。もう少しで会えたのに」
 先生の言葉に僕はぶるってしまった。
「この映像には被害者は映っているが、加害者がはっきりとは見えない。加害者は複数
だ。何箇所かを静止画像で見ると、複数の手足が見える。ほらっ、ここだ」
 先生がストップ・モーションを掛けた。なる程、四本の手、つまり二組の手が頭と胴
を持って、首を引き抜こうとしている。ゲーッ。
「この手、少し小さいと思いませんか?」
「そう、小さい。子供の手のようだ。時々、足も映っているが、やはり小さい」
「犯人は子供ってことですか?」
「違うね。かと言って、頭が大きく、手足が未発達の小人症とは違う。手足のプロポー
ションをコンピュータで解析したが、成人のものと判明したよ。つまり大人の小型版だ
。ミニチュアと言ってもいいだろう」
「大きさはどれくらいですか?」
「身長は一メートル以下、体重は三十キロから四十キロまでだろう」
「そんな小人に大人の男の身体を引き裂く腕力があります?」
「人間なら考え難い。しかし、超音波で会話できる連中だ。頭蓋骨以外の身体の構造も
違っているかもしれんな」
「先生、本気でそんなことを考えているんですか?」
「君が熟睡している朝の三時から冗談を言うために、この部屋で解析してたと思うかね
? 私はそれほどコメディアンじゃない」
 冷たいものが背筋を伝って落ちていった。それは効き過ぎの空調のせいではないよう
だ。

−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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