AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(5)コスモパンダ     


        
#923/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/21  17:30  (117)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(5)コスモパンダ     
★内容
                (5) 銃 撃

「知らないわよ。こっちはジョンを捜してるのよ!」
 アンナはハスキーな声のトーンを精一杯上げて僕に怒りをぶつけた。
「マグレインさん、ここにリンって女の子が来たでしょう? この、あなたのホログラ
フィを持って。彼女はどこへ行きました?」
 突然、ルルル・・・、ルルル・・・。部屋の隅に置いてあるテレコムの呼び出し音が
鳴り出した。
 アンナは呼び出し音に金縛りにあったように暫く動かなかった。漸く立ち上がると、
テレコムのターミナルの前に進むと、応答のボタンを押した。ボタンを押す彼女の指先
が微かに震えているのが分かった。
 テレコムのスクリーンには<ボイスオンリー>の文字が点滅していた。相手は顔を見
られたくないようだ。
「マグレインさん?」低い男の声。抑揚のすくない喋り方だ。
「探偵さんはそこにいますか?」
 アンナはその男の声に一瞬驚き、ワンテンポ遅れて返事をした。
「あなた、誰よ?」
「探偵さんはそこにいますか?」
 何の感情もない声が繰り返す。
「ええ、いるわ。替わりましょうか?」
「是非、そう願いたい」
「探偵さん、あなたによ」と、アンナは僕の方を見ると、ターミナルの前から自分の身
体を脇にずらし、僕に場所を空けた。
 テレコムの声に聞き覚えはなかった。
「替わった。カズ・コサックという。君は誰だ?」
「救世主と呼んでくれ。用件を早速済ませたい。私は時間を無駄にしない主義だ」
「もう、三十秒は無駄にしている」
「それでは用件だ。君が持っているメモリ・プレートを渡して欲しい。クエッションも
小細工も無しだ。そしてその内容を忘れて欲しい。忘れることができないというのなら
、我々がお手伝いしてもいい。現に今ここにはメモリ・プレートの内容を忘れてしまっ
た可愛い女の子がいる」
 忘れてしまった? 忘れてしまった女の子・・・。
 僕は悪寒に襲われた。冷たい汗が背中を伝って落ちていく。血の気が引いていくのが
分かる。一種の貧血症状だ。立っていることができない。両手をターミナルに突き、身
体を支えた。
「リンは、彼女は無事か。もしリンに何かあったら、ただじゃおかない。貴様を必ず地
獄に叩き落としてやるから、そう思え!」
「君は大根役者だ。チンピラの台詞を吐くのではなく、ビジネスはもっとスマートにや
りたまえ。口ではなく行動に移らねば。たとえばこんなふうに」
 突然、腹に堪える轟音がアンナの安っぽい部屋を揺るがした。ピンクの花柄の壁に握
り拳大の穴が開き、ついさっきまでアンナが座っていたソファの背もたれが爆ぜて、千
切れたクッションの屑が辺りに漂っていた。
 僕は立ち竦むアンナにタックルして押し倒し、床に伏せた。
 鉛のパンチは、僕達が立っていた空間を空振りして背後の壁を撃ち砕いた。
 大砲のような弾丸が次々に襲ってくる。窓ガラスは砕け、窓の前の電子ピアノはバラ
バラの破片を散らして跡形も無く消え失せた。ピアノの上に置いてあったフォトスタン
ドはヒラヒラと舞い上がり、僕たちの周りの床に落ちてくる。
 そのフォトスタンドが床に落ちる寸前、壁をぶち破ってきた弾丸に全て撃ち抜かれ、
微細な破片になった。
 作り付けの棚や家具が壊れ、棚の上の食器や本などが滝のように床に落ちてくる。
 その中を僕とアンナは抱き合ったまま、部屋の中を転がった。
 小型の砲弾は僕達の周りの床を正確に射抜いていく。弾丸は床のタイルをたやすく貫
き、床材をえぐり、飛び散った破片は僕の向き出しの顔や腕、彼女の項や背中の皮膚を
切り裂き、食い込んだ。
 とうとう壁に追い詰められた僕達は身動きできなくなった。
 蜂の巣のようになった壁が自重を支え切れずに一枚岩のように部屋の内側に倒れて来
た。途中、壁は紙が折れるように幾つかに折れ曲がっていった。
 ドーンと壁が倒れた瞬間、多層居住区の床が壁の衝撃を受け、揺れる。もうもうと埃
がたちこめる。天井灯が消え、パチパチと火花が降ってくる。
 壁は作りかけのジグソーパズルのように床に散らばっていた。そのピースの幾つがア
ンナと僕の数センチ手前で止まっていた。
 そして唐突に弾丸の洗礼時間は終わった。
 破片が落ちるパラパラパラという音が聞こえる。フロアスタンドがガシャンと倒れ、
電球が割れた。ランプシェードがコロコロと転がって電子ピアノだった鍵盤にぶつかっ
て止まる。
 静けさが辺りを支配していた。
 天井灯が消えたが、壁が無くなり見晴らしが良くなった部屋の中には、けばけばしい
広告看板の明かりが侵入してきた。赤、緑、青の三原色の光が床に倒れたままのアンナ
と僕の上を舐めていく。
 床に横になったまま二人共、荒い息をしていた。ぴったりと抱き合ったお互いの胸の
肉を通して、早鐘のように打つ鼓動を感じていた。
「どうかな、いい運動になっただろう。君らはヌーディストキャンプの男女と同じだ。
丸見えだ」
「センスの無い駄洒落だ!」
 床に倒れたまま、僕は怒鳴った。アンナは眼を瞑り、耳を両手で塞いでいる。
「受けようと思っちゃいない。さてと、どうかね。メモリ・プレートは渡してくれるか
ね。あれは君が持っていたところで役に立つようなものじゃない。悪戯に命を縮める必
要もあるまい。ここは一つ紳士的にいきたいもんだね」
「リンは、リンは無事なのか?」自分の声が震えているのが腹立たしかった。
「友達の声を聞かせてやろう」
 少し間が開いた。
「カ・・ズ、ごめんね。わたし、ホログラフィをモリスさんにだまってもちだしたの」
「リン、無事か?」
「それでマグレインさんにあって、メイソンさんのことをきこうとおもって」
「そんなことはどうでもいい。リン、無事なのか。何かされたのか?」
「かってなことばかりして、めいわくかけて・・」
「リン!」
「だから、もうにどとしないから」
 いつものような快活な明るい声ではない。棒読みのような話し方であり、しかも録音
に違いない。リンはもう・・・。
「どうかね。満足したかね」
「不満足だ。彼女を無事返せ」怒りで声が掠れていく。
「それだけでいいのかね? マグレイン婦人は何も言わなかったかね? 彼女の息子さ
んも無事に返さなくていいのかな」
「返して! ジョンを返して!」
 彼女はさっきも言ってたが、メイソンとの間に子供がいるのか? 記録にはなかった
が・・・。いずれにしろ、敵はアンナの息子をさらい、彼女が僕を部屋に誘い入れるよ
うにさせたんだ。しかも奴はネタを追ってアンナの部屋を訪れたリン・ウェイまで拉致
したのだ。
「貴様、汚い奴だ。あんな腐れメモリ・プレートなんぞ、くれてやる。どこへ持って行
けばいい?」
「明日の夜、十二時に『ベベ』の店に来い。今夜はもう遅い。グッドナイト」
「待て!」
 スクリーンの表示は消えた。
 そして最後の一発がテレコムをジャンクの山に変えた。ターミナルは怒りの青白い火
花を蒔き散らし、パチパチという呪いの言葉を吐くと、闇の中に消えて行った。
 アンナを横たえたまま、僕はよろよろと立ち上がって、ジグソーパズルの壁の上を歩
いた。ジャリ、ジャリと靴底が部屋の破片を踏む音がした。
 壁があった場所まで歩いて立ち止まった。高層ビル特有の強風が吹き荒れている。
 地上百二十五階の夜景は、高層ビルやメガストラクチャー(巨大建築物)群に遮られ
、見晴らしはあまりよくない。
 大地からニョキ、ニョキと生えた数百の高層ビルはまるで夥しい光に包まれた墓石の
ようだ。都市自身が無数の光を帯びた巨大な墓場に見えた。
「リーーーーーン」
 もはや、この世にいないかもしれない彼女に僕の声が聞こえる筈もなかった。

−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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