AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(4)コスモパンダ     


        
#922/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/21  17:20  (127)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(4)コスモパンダ     
★内容
              (4)パープル・ムーン

 僕はハザウェイ警部に連れられて、メイソンのコンパートメントに入れて貰った。部
屋の中を掻き回したが、これといって興味を引くようなものはなかった。
 それはそうだろう。メイソンが死んで、警察が捜査したのだ。何かあってもめぼしい
物はみんな証拠物件として鑑識課が持ち去ったに違いない。
 メイソンの部屋は綺麗に片付いていた。一人住まいの男の部屋にしては、片付き過ぎ
ている。
 部屋の中には、花瓶まである。もっとも、花瓶の花は既に萎れていたが。
 メイソンが自分で花なぞ、活けるだろうか。そんな男妾のようなことをする男だった
とは思えない。
 やはり、女がいたということだ。それが、アンナ・マグレインなのだろう。
 アンナの話はまだハザウェイ警部には知らせていない。変に勘繰られても困る。
 メイソンは、ビデオが趣味だったのか。書斎には、夥しい数のビデオコレクションが
所狭しと並んでいた。
 当然、ここもハザウェイ警部以下、優秀な警察の手入れを受けているのだろう。
 メイソンは自分でもビデオを撮っていたらしい。ミノルタやCANON、NIKON
などのレコーダがある。マニアなだったのか。
 封を切っていないメモリ・プレートが、机の上に数十枚も散らばっていた。
 珍しい。ホログラフィックのメモリ・プレートだ。今は、あまり使われていないと思
ったが・・・。
 予想した通り、メイソンの部屋からは何も出てこなかった。

 メイソンの部屋の捜査は三時間で終わった。その後、ハザウェイ警部と別れた僕はミ
ス・マグレインの歌っているパープル・ムーンに向かった。
 既に太陽は沈んでいたが、暑さの名残はある。
 例のダウンタウンの酒場が並ぶ通りだ。むっとする暑さと、すえた臭いと煙草の煙が
たちこめる狭い店だった。薄暗い照明の中に古びた丸いテーブルが二十個ほど置いてあ
る。勤めを終えた男達が既にできあがっていた。
 僕はステージに一番近いテーブルに席を取った。
 ボーイか現れた。僕とあまり歳も違わない。青二才を見る目付きだった。僕はサント
リー・リザーブ・スペシャルを頼んだ。ボーイは丁寧過ぎるほど丁重にオーダーを受け
取っていった。
 半時間程経った頃、ステージに一人の背の高い女性が現れた。真っ黒なドレスで、顔
は黒いレースで覆っていた。パラパラと拍手が鳴った。深々と頭を下げると彼女がグラ
ンドピアノの前に座ると、ポロン・ポロンとピアノの旋律が暗い店の中に流れ出した。
ブルースが聞こえてきた。
「真実の愛、正義、神、忠誠。
 そんなものは、この世に無いとあんたは言った。
 あるのは、偽りの人生、仮面を付けた顔、ひび割れた心、裂けた魂、血の涙。
 ・・・・・・・・・・・
 あたしの身体が欲しいんだろ、でもやらないよ。
 これはあたしの物じゃないんだ。
 あの人のもんさ。
 心を持ってく時に、どうして、この身体も持ってかなかっのさ。
 そうすりゃ、あんたを恨むこともないのに・・・。
 もう一度、あんたの腕に抱かれ、一時の夢を見たい。
 あんたを覚えているこの身体が憎い。
 今日もあたしは酒の海に溺れ、神を呪って眠る」
 駄目だ。暗い。ついてけない。彼女が歌い終わった時、パチパチという拍手が少し増
えていた。そして数曲を歌い終えた頃、拍手は狭い店内を圧倒した。
 だが、僕には歌の価値が分からなかった。
 彼女がステージを立って楽屋に帰って行った。その後を僕は追った。

 楽屋の控え室のドアをノックした。
「どうぞ」というハスキーな声に、僕は中に入った。
 控え室の奥のクロークには、夥しい舞台衣装が並んでいた。フロアハンガーにはキラ
キラと光る数百のスパンコールの付いた黒いドレスが掛かっていた。それは、この前の
夜に見た服だった。
 黒い肌が見えた。彼女は上半身裸だった。すぐに素肌の上にTシャツを着た。つまり
ノーブラだった。そんなことは、どうでもいい。
 彼女の顔を見て驚いた。ホログラフィからは想像できなかった。
 疲れと苦悩と哀しみが彼女の顔を変えていた。言いようの無い衝動に僕は襲われた。
「どなた?」
「僕は、カズ・コサックという私立探偵です」
「探偵さん?」と不思議そうに彼女。
 私立探偵ライセンスを見せた。
「いいわ、そんなもの見せなくても。いくらでも偽造できるもの」
 彼女は真っ黒な瞳でじっと僕を見つめた。心の奥底を見つめられたような気がした。
 僕は彼女の瞳を避け、控え室の中を見回した。ハンガーに掛かった黒いドレスに近付
いた。そっと手に取る。キラキラと光る二センチ角のスパンコールが一つ一つ丁寧に縫
い付けられていた。
「商売道具よ。触らないで」
 彼女は優しく、毅然とした態度を示した。僕は手を放した。
「実はブルー・メイソン氏について伺いたいことがあって」
「何が聞きたいの?」
「不躾な話ですが、あなたと彼の関係を聞かせて頂けませんか」
「知ってるんでしょ。探偵さん。彼とは愛人関係だったわ」
「失礼ですが、彼が殺されて、まだ三日しか経ってないのに、よく歌えますね。関心し
ました」
「それって、褒めてるの? それとも厭味?」
 僕は肩を竦めてみせた。
「誰も食べさせてくれないから、自分で稼ぐしかないのよ。私とあの人の子供のために
ね。それとも、あなたが、パトロンになってくれる?」
 子供って? メイソンの子供は二年前に殺された筈だが・・・。
「残念ですが、僕にはまだそんな甲斐性はありませんよ。何しろ青二才ですから」
「私の部屋に行きましょう」
 アンナはそういうと僕を連れ、楽屋を跡にした。

 百二十五層にエレベータが着いた。エレベータホールにはガードシステムのカメラア
イが光っている。
 アンナが自分のCBで部屋のドアを開けようとした。
「あらっ? 開いてるわ」
 コンパートメントの中は広く質素だが、何かしら落ち着ける雰囲気が漂っているよう
だ。窓に掛かったカーテンは淡いグリーン。外のケバケバしい広告灯の明かりがそのカ
ーテンを通して部屋の中に侵入してくる。
「ジョン、今、帰ったわ。ジョン、どこにいるの?」
 アンナは子供の名だろう、ジョンを捜して奥の部屋に向かった。
 壁は薄いピンクの花模様で所々にやはり薄いグリーンの草木が描かれいる。
 部屋の隅には小さな電子ピアノが一台、ポツンと置いてあった。
 そのピアノは最近弾いていないのが一目瞭然だった。ピアノの鍵盤の蓋の上には花瓶
に活けた花や夥しい数のフォトスタンドで埋められていた。
 メイソンとアンナの並んだ写真。小さな子供と一緒の写真。公園、ネオ・ディズニー
ランドのマウンテン・コースター。それにバハマ・シティの海上ステージで歌っている
アンナ。
 アンナは有名な歌手なのか?
 そうだ! この海上ステージで歌っている歌手。思い出した。天才黒人ボーカリスト
と言われた、ダイアン・バッシー。ミリオン・セラーとなった「ブルー・スター・シャ
トル」は僕も聞いたことがある。その彼女がアンナ・マグレインだった。
 確か、麻薬に手を出し、落ちぶれ、ミュージック界から消えた。
 再び、メイソンとアンナ。手を振るメイソン。ジョンという名の子供。「パープル・
ムーン」だろうか、酒場で歌うアンナ・・・。
 そんなフォトスタンドに混じって一枚のホログラフィを見つけた。それは、ノバァが
手に入れたアンナ・マグレインのホログラフィと同じ物だった。
 ジャケットの内ポケットを探ると指先にカードが触れた。それを引っ張り出す。
「こいつは・・・」
 僕の手の中には、二枚の全く同じホログラフィがあった。
<そのリアルコピー、確か二枚撮ったのよ。もう一枚どっかに落としたのかねぇ>
 ノバァの声が頭の中でこだました。何度も何度も・・・。
「おかしいわ。ジョンがいない。こんな夜遅く、どこに行ったのかしら」
 アンナが奥の部屋から戻ってくると、ソファに座った。
「マグレインさん」
 声の調子を抑えるのが必死だった。彼女は僕の凄味のある声に一瞬怯んだが、すぐに
気丈な顔立ちに戻った。
「ここに来た女の子はどこへ行きました? 頭の後ろに団子を二個くっつけた子だ」

−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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