AWC APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(3)コスモパンダ     


        
#921/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (XMF     )  88/ 3/21  17: 9  (115)
APPLE COMPLEX 【巨人達の憂鬱】(3)コスモパンダ     
★内容
           (3) クラーク・ケントと歌い手

「よう、カズかね。久し振りだねぇ」
 キャンパスの一角にあるテニスコートで漸く捕まえた。
 グローバル先生だ。相変わらず浅黒い顔。がっしりと幅広い肩に筋肉質の身体。白い
麻の上下のスーツにスニーカー。薄い色のついた眼鏡。大学の先生と言うよりもスポー
ツ選手と言っても通じるだろう。
 先生は、コートで数人の男女がサーブの練習をしているのを見ていた。
「じゃあ、ハリソン。後で一試合やろう」
 コートの中ではビア樽のような腹を揺すりながら、果敢に走り回っている男がいた。
グローバル先生はその男に手を振ると、コートを跡にした。
 先生のあだ名がクラーク・ケント。クラシック映画のヒーロー、スーパーマンの別名
だ。黒縁の眼鏡とオールバックの髪型がそんな名前をつけたのかもしれない。
 先生は夏はジェットスキー、冬はスキー、春と秋はテニス、合間にスカイダイビング
とスキンダイビングをやる。あるスポーツ専門雑誌の顧問でもある。
 そんなことばかりしているから万年講師かというとそうではない。ここ、パシフィッ
ク・クイーン大学理工学部のバイオニクスの教授だ。
 二十世紀末にあの「悪夢の日」さえなければ、人類は二十一世紀初頭には人工生命体
を産み出していた筈なのだ、と先生はいつも力説する。
 先生の専門は生体工学、今ではもう古くなったが古典バイオニクスの権威でもある。
 そして僕の恩師である。
 経済学専攻の僕だが、ジェットスキークラブで知り合い。特別一般教養として、先生
のゼミを受けさせて貰っていたのだ。学業だけでなく、私生活の面でも気安く相談に乗
って貰った。苦しい時のクラーク・ケントである。
「今日は何の用かね?」
 グローバル先生は、自室に招き入れてくれた。
 先生の部屋は下手物の博物館である。ホルマリン漬けの人間の脳や手足。手回し計算
機。水槽の中を泳ぐ優雅なイカ。CRTを使った恐ろしく古いコンピュータ。ストーン
ヘンジやピラミッドの模型。架台から外れて部屋の隅で転がっている直径一メートルは
あろうかという地球儀。ここ半世紀分の「PLAY BOY」誌の年間ベストワンのバ
ニーガールのピンナップ写真が生物進化表の隣の壁に貼ってある。
「実はこれを詳細分析して欲しいんですが・・・」
 僕は例のメモリ・プレートを差し出した。
 我等がクラーク・ケントはこういった事件には目がない。
 以前、学内で発生したハッカー事件では、コンピュータネットワーク内に罠を仕掛け
、見事に犯人を捕まえたこともある。それ以外に解決した事件は数限りない。ノバァ探
偵事務所なんか店仕舞いをするようだ。
「傷んでいるね。全然、再生できないのかね?」
「映像信号は再生できたんですが、それ以外に音声や環境情報のオプションメモ・デー
タを格納している筈なんです」
「それが読めない」
「まあ、そういう訳です。何とかなりませんか?」
「ふーん。この情報を解析することで君んとこは、儲かるの?」
 打算的だ。
「これは多分、慈善事業にしかならないでしょうね。このメモリの映像を見て頂ければ
分かる筈なんですが。ここだけの話、巷を騒がしているME(ミッドナイト・マンイー
ター)の正体が分かるかもしれないんです。このことは警察も知りません」
「ほうー、MEね。しかし、悪い癖だな。また趣味に走ってる。儲けろとは言わんが、
損をするなよ。今時、探偵家業なんぞ流行らんよ。コンピュータのデータバンクで大半
の依頼は解決するんじゃないのかね」
「コンピュータにデータを入れるのは人間です。例え情報収集ポストからの情報でも所
詮は生の情報とは言えません。人間の生活や人間関係はコンピュータが処理するには生
々し過ぎますよ。虚偽のデータを入力されればコンピュータもただの箱です。最後は足
で稼ぐしかありませんね。デカと探偵は今も昔も靴を履き潰して幾らの仕事ですよ」
「そんなもんかね。まあいい。私もこういうのは嫌いじゃない。二、三日、時間をくれ
んかね。何か分かったら連絡する」
「それじゃ、お願いします」
 挨拶をして部屋を出ようとしたところ、先生の声。
「ああ、これは秘密の仕事かな?」
「ラルフ・マッカリーとノルド・キリーの対戦試合ってのは来週でしたよね。センター
コートに一番近い席が手に入る予定です。二人分で良かったんですよね」
「私の口は貝より固い」と、先生は口を手で塞いで見せた。
 ちゃっかりしてるな。誰だ、クラーク・ケントって名付けた奴は。クラーク・ケント
はもっと世間知らずでおっとりして、正義感があったんだぞ。
 切符はお嬢様のリンに頼もう。苦しい時のリン頼み。
  うちの探偵事務所ってのは殆ど他人の慈善と博愛主義に支えられてるみたいだな。
 キャンパスには午後の日差しがじりじりと照り付けていた。暑い午後になりそうだ。

「カズ! どこ行ってたのさ。依頼の仕事はどうなったの?」
 事務所に帰るなり、ノバァの雷声。可愛い顔してんのに、もっと可愛い声で、「お帰
りなさい。暑かったでしょ。冷たいもん用意してるのよ」なあんて、言う訳ないよな。
「依頼って、肝心のメイソンが死んじゃったんじゃ意味ないじゃないか。死人のこと調
べたってしょうがないだろ。ハザウェイ警部だって、もう調査する気なんかないよ」
「何言ってんの。一旦引き受けた依頼は、例え依頼主が死んでも最後までするんだよ。
前金だって貰ってないんだよ。調査した範囲で料金を貰わなけりゃ、大損なんだよ。第
一、ハザウェイ警部からはキャンセルの指示はないよ」
 いつもと立場が逆転してる。ノバァは金に未練がないっていうか、無頓着というか。
とにかく金、金って騒ぐのは僕の方なのにな。
「分かったよ。でも手掛かりはないよ。メイソンの周りは当たったけど、交遊関係も無
いし、特に親しい人間もいない。彼は一年前に奥さんと二人の子供を亡くしてる。何者
かに惨殺されたんだ。家族皆殺しだったらしいよ。メイソンはその二ヵ月後、市警察を
辞めてる。そこまではハザウェイ警部だって知ってる。その後、なぜヤクの売人にまで
成り下がったかが分からない」
「その分からないってことを調べろってのが依頼なんだよ。それじゃ全然進展してない
じゃない。あんたの目は節穴ね。これを見なさいよ」
 ノバァがリアルコピーのホログラフィを投げて寄越した。
 そこには、チリチリのアフロヘアの黒人女性が写っていた。鼻筋が通って結構美人に
見える。歳は三十代半ばって雰囲気だ。ホログラフィの下、三分の一にはアンナ・マグ
レインという名前があり、つらつらとプロフィールが印刷されていた。
「これ誰だい?」
「馬鹿、あんたこの前の夜に会っただろ。クラブ『ベベ』の裏で。メイソンに逢いに来
た女だよ。その後、ドタバタになって逃げたんじゃないのかい。一度見た顔くらい覚え
ときなよ。それは、リンが持って来たメモリ・プレートの映像のリアルコピーから、シ
ティ・ポリスのパーソナル・ディテクティブ・センターに問い合わせたの。彼女はアン
ナ・マグレイン、三十四歳。ダウンタウンのパープル・ムーンって店でピアノを弾いて
るらしいってとこまで分かった。早速、彼女に会っといでよ」
 そう言えば見たような気がするが、何しろ暗かったから・・・。
「そうそうそれから、ハザウェイ警部がメイソンのコンパートメントの鑑識捜査が済ん
だから見せてくれるってさ。シティポリスを廻ってから行っておいで」
 嘘だろーっ。今、帰ったばかりなのに・・・。
「おかしいわねぇ・・・」
 ノバァは事務所のカーペットを這い廻り、テーブルやソファの下を覗いている。
「何してんの?」
「そのリアルコピー、確か二枚撮ったのよ。もう一枚どっかに落としたのかねぇ」
 今日のノバァはレモンイエローのミニを履いてる。四つん這いになると、形のいいお
尻を包んでるピンクのパンティが見えて、とっても・・・。
「カズ、何見てんのさ」
 お尻を向けていたノバァが突然、四つん這いになったまま首だけ後ろに回している。
「いや、あの、その、いいお尻だね」
「ありがと。でも、あげないよ。さっさと仕事しといで」
 僕は帰ったばかりの事務所から、とぼとぼと出陣したのだった。
 その僕の背中にノバァの声。
「男は一に仕事、二に仕事、三、四が無くて、五に女だよ」

−−−−−−−−−−−−TO BE CONTINUED−−−−−−−−−−−−




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