AWC 再発表]《南シナ海上の武士》【8】 ひすい岳舟


        
#863/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FEC     )  88/ 3/ 1  18:52  ( 97)
再発表]《南シナ海上の武士》【8】      ひすい岳舟
★内容
                            南シナ海上の武士(8)

  第一列砲頭は田熊と塚,第二列砲頭は野多と荒井,第三列砲頭は滝野と川谷,第
四列砲頭には野島がつき,後から二谷が見張り台から降りてくる手筈になっていた.
そして大砲指揮は砲手長である大板があたった.舵はやもえず小倉が取った.陸奥
は蒸気機関担当だった.
  対馬号は暗闇の中をスルゥと,滑るように航行していた.甲板やマストには夜露
がびっしりと張り付いていた.ただ,煙突だけはジュウジュウとはねらせて水玉の
つく事を拒んでいた.
 「船長,霧が出てきていますな.」
 「砲手長・・・・・・」
 「何でしょう?」
 「この船が負けるということもある・・・そうした場合の対処のことだよ.」
 「まける?戦の前からそのようなことでは・・・」
 「もちろん,勝つ.しかし万が一のことがあったらどうするかだ.敗走となり,
もし,我々幕人が多数死亡し,友の薩人が生き残った場合,誤解を招きやすい.ま
たその反対でも同じ事だ.」
 「船長,そのときは御任せいたします.」
 「水戸特別大使君は,絶対に守らなければならない.」
 「だから・・・蒸気機関担当に・・・」
 「彼には学問がある.若さもある.それゆえに経験は未熟かもしれんが,これか
らの人間だ.彼が生きれば,薩・幕の誤解が否定できるだろうし,それよりなによ
り,日本の新たな原動力の一部となるだろう.」
 「はい,船長,その通りだとおもいます.」
  対馬号は,霧の中を音立てずに北上し続けていた.と,その右手のほうにボワリ
と黄と赤の明るい光が輝いているのを見張り台の二谷はみつけた.すかさず,新し
くおろした望遠鏡を伸ばす.
 「なんだぁ.ありゃ火だ,港に火がついとる.船長!!あの光は火です.港が燃
ています!!」
  次の瞬間左の一番はじに停泊していた船がズドゥゥンという鈍い爆発音とともに
,火柱が船体を包み,粉々に四散した.
  ペリオンでは奴らの反乱が始まっていた.

  歓声が沸き上がり,白人達は自らのベッドの上で驚いた時,三千人の人々が三部
隊に分かれ,密林方向から港へ怒涛の進撃が始められていた.松明を各自が掲げ,
刀をかざし,銃を持つ小数の者は空砲を連発し,白人宅がある地域に流れ込んだ.
 「火をつけろ!」
 「色無しを,見つけ出せ!」
  ドアが蹴破られ,元奴隷達の十数人がなだれ込み,家具を倒し,窓を割り,火を
放った.火はみるみるうちに家を包み,それが隣に飛火し,また,繋がって火柱は
森の木々の様に高く舞った.その火の激しいこと激しいこと,海から吹き上げる風
が火を強大にし辺りをのみこんでゆく.かつて,白人マフィアの娯楽場であった酒
場,賭博場,ボクシング場(実際は奴隷をなぶり殺しにして楽しんだ所)見せ物小
屋などが炎に包まれて無言で崩れてゆく.きらびやかに栄光の道へ進もうとしたマ
フィアに,人々の怒りの火林が襲いあっと言う間に崩していく.
それは今までの嫌なかこを消し去り,自由を獲得せんとする人々と一夜のうちに全
てを失ってゆく白人を,象徴しているかのようだ.
 「ドッドッ奴隷だぁ!」
 「港だぁ!船へ逃げろ!船には銃もある!」
 「港へ逃げろ!!」
  奴隷達に追われる白人達.次々と船の中にあった弾薬や銃を取り,船から,外に
置いてある荷の影から応戦し始めた.こうなると,いくら人数で勝っていても反乱
団には苦しい戦いとなった.いくら相手がゲーベル銃(弾込めに時間がかかり,発
火式でないもの.反動が大きく狙いにくい.)であっても,弾幕を張られてしまう
と手が出せなくなる.次々と反乱団の犠牲者が増え,白人達が一気に反撃へ転じよ
うとしたその時・・・・・・.
  凄まじい轟音が彼らの砦から発せられ,木端微塵に吹きとんだ.船は真っ二つに
裂け,炎が赤々と暗がりの岸辺を照らした.そして続け様にドヴォンドヴォンと船
が炎上し,形が崩れる.船の残骸は凄まじい炎に取り巻かれ,黒煙を上げながら海
にゆっくりと没していった.
  逃げるに逃げられず,僅かな荷の影に隠れて撃ってくる白人と激戦を繰り返しな
がらヴゲナーは他の事に気を取られていた.
  ”さっきから水をかく音が聞こえるのだが”
ザバザバザバザバ・・・・・・・・・
ヴゲナーは振り返った.スペツナ川を.次の瞬間,密林から巨大な影が現れたので
である.
  ドヴォォン!ドヴォォン!
  その影の中央部が輝き,空気をビリリと震わせるほどの砲声が轟いたかと思うと
,ヴゲナーの後ろで紅蓮の炎が巻き上がった.
 「船・・・・・・か.」
  あまりの大きさにぼうぜんと立ちすくんでいたヴゲナーを三発目が襲った.
  光の球が,ヴゲナーを包み込んだその時,地中から吹き出したと思う程の火柱が
立ち,近くの小屋などは風に舞った.そして,若き指導者の焼けただれた小さな肉
塊,霧状になった血が,同志の者の頭上に,静かに,降ったのである.


 「砲撃をやめさせろ.」
 「何故ですか,艦長.」
 「砲手長,弾をむだに使かったってしかたがあるめぇ.」
 「ですが,味方が....」
 「砲手長,よく見ろ,これから俺らが介入したってすくえるのはたかが知れている
んだ.もし,たすけるどころか,あの吹き上げるような炎がゲアリス号にかかって
でもしてみろ,こっちの身が危なくなっちまうわな.この船全部が鉄で出来てる訳
じゃぁねえんだ.」
 「・・・・・・・・・・・・・・」
 「なんだ,まだ分からねえようだな.ボンボコ撃って,首領の眠りを妨げてみろ,
あそこの奴隷と同じになるぜ.」
 「わっ・・・分かりました.」
  バーク・ゲアリス号は大きく回頭し,決戦の海へと進み始めたのだった.燃えさ
かる古巣を後にして.

 「陸奥君,いつでも動けるよう,内圧を上げておけ!」
船長の怒鳴る声が,機関室までボワンボワンと響いた.
 「あーあ外はどうなってるんだろ.」
  陸奥は薪を気缶に投げ込んだ.

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