#821/1850 CFM「空中分解」
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トゥウィンズ・1 一章 (2/2) ( 2/24)
★内容
でも、月一回位のペースで家に帰る時以外は、あの街には行きたくないし、本
当なら家にもあまり帰りたくない。
だって、僕が女の子になったこと、まだ近所の人は誰も知らないんだよね。近
所のおばさんか誰かと会った時、どうすればいいんだ?
「あら、博美ちゃんお久しぶりね。元気? 最近、姿見ないけど、どうしてるの?」
なんて聞かれたって、
「女の子になってしまって家に居づらくなったもので、下宿してるんです。」
なんて絶対に言える訳ない。
それに、家に住んでれば、まず間違いなく中学時代の奴と顔を会わせる可能性
があるんだけど、会いたいなって思うのは山口兄弟だけであって、他の奴らのツ
ラなんか見たくもない。
まあ確かに一人で下宿住まいってのは寂しいもんだけど、それも慣れたし、そ
れに一美がちょくちょく来てくれるから、それ程寂しい思いはしてないんだ。
でも山口兄弟には会いたいな。今頃、どうしてるかな。
「うん、久しぶりに、あいつらの顔、見たい気もするな。」
僕がこう呟くと、一美、
「それよりさあ。そろそろ御飯食べない?」
あ、あのなあ……。二日酔いで頭は痛いし、食欲なんてかけらもないぞ。
「一美、よく食欲あるなあ。」
「あたし、博美みたいにたくさん飲んでないもん。」
ごもっとも。確かにあのワインの大半は僕が飲んだ。
「だけど、一美だって相当飲んだぞ。少し位は気分悪いんじゃないか?」
「そりゃ少しは気持ち悪いけどさ、でも御飯食べないと体力続かないじゃない。」
一美の奴、こう言うと食事のしたく始めた。
全く女ってのは強いなあ。瞬間そう思ったんだけど、よく考えたら僕も女なん
だっけ。うーっ、それじゃあ、なんで一美はあんなに強いんだよお、なんてアホ
なこと考えてたら、ただでさえ二日酔いの頭がもうグチャグチャ。
一美が作ってくれた食事を何とか食べて、一息ついて……。あふ。
まだ頭が少しおかしい。少し散歩でもして、外の新鮮な空気吸いたい気分。
「ふう、少し散歩でもするかな。」
「あ、あたしも一緒に行く。」
一美も家の中でくすぶってるのがいやになったらしい。
顔洗って、水をたらふく飲んで(なんか知らんけど、やたらと喉が乾いた)、
服を着て外に出る。
しかし、さすが八月の終わりだけあって風は秋風に近いんだけど、太陽だけは
やたらとまぶしい。もろ真夏の太陽って感じ。二日酔いの頭にはちょっときつい。
「ねえ、博美、スカートくらいはいたら? それに博美、胸なんかないから関係
ない、なんて言ってるけどさ、本当は、あたしと同じサイズなわけでしょ? ブ
ラもしないとみっともないよ。」
あのなあ、そういうのって道歩きながらするような話か? そりゃ確かにジー
パンはいてるけど、それだってスカートはくのがいやだからだぞ。
そりゃ、学校に行く時は仕方なく制服着てるけど、本当なら、あれも着たくな
いんだ。
それにブラなんて恥しくて付けられるか。
「そりゃあさ。博美は男の子として育ってきちゃったんだから、今更そんな格好
出来ないっていう気持ちは判るわよ。でもねえ、もし、今ここで夕立ちなんかが
降ったらどうするつもり? そんなTシャツ一枚じゃ濡れたら悲惨よお。ねえ、
悪いこと言わないからさ、せめて今のあたしと同じくらいの格好して。あとね、
できたら言葉遣いもなんとかしたほうがいい。」
うーん、確かに、今ここで雨に降られたら、それこそ恥しくて外も歩けない姿
になっちまうだろうな。それに一美が今着てるのは飾りの殆どない質素なブラウ
スだし、この程度のものならあまり抵抗なく着られるかもしれない。でもねえ、
そういうことって出かける前に言って欲しいんだよね。今言われても困る。
もっとも出かける前に言われたって、そんな服なんか持ってないけど。
「言葉遣いなんて、そう簡単には直らないよ。それに今いきなり言われたって、
一美みたいな格好がすぐにできる訳ないだろ。手品師じゃあるまいし。」
「じゃあ、買いに行こ。」
「へっ?」
「服を買いに行こって言ったの。お金は持ってるんでしょ?」
「そりゃ持ってるけど……。」
「どうせ、あたしと同じサイズなんだから、あたしが見てあげる。財布貸して。」
おい、なんでただの散歩が服を買いに行く羽目に陥るんだよ。そう思いながら
も一美に財布を渡すと、行った先は駅前のスーパーマーケット。
「今日、バーゲンセール実施中なのよね。」
一美は、店の前に並んでいるバーゲンセールの夏物衣料品を見に行った。
こちとら何もすることがないから、服を探し回る一美の後ろ姿を、ほけっと見
てた。
しばらくすると、ようやく気に入ったのが見つかったのか、何枚かの服を持っ
てレジに向かう。
「どんなの買ったんだ?」
紙包みを抱えて戻ってきた一美に聞くと、
「まあ、見てのお楽しみ。」
とにかく服だけは買い込んで、やれやれと思ったら、
「あと、もう一つ買いたいものがあるんだけど、ちょっと待っててくれる?」
「いいけど、一体、何買うんだ?」
「うん、ちょっとね。」
一美、それだけ言うと、さっさと店の中に入っていってしまった。
相変わらず何もすることがないので、電柱に寄っかかって、しばらくぼーっと
したまま人の流れなんぞを見てた。あ、あの娘、結構カワイイな、なんて思いな
がら。
「お待たせ。」
不意に一美の声がする。
「何見てたの?」
「ん? 暇だからぼけっとしてただけ。それよりさ、何買ったんだ?」
「それも後のお楽しみ。さ、いこ。」
一美、それだけ言うと、先に歩き出す。
慌てて後に付いて歩き出すと、一美の奴いきなり振り返って、
「ねえ、一応買物は終ったんだけどさあ、このまま帰るのもなんだからさ、どっ
かでお茶しない?」
「そうだな。どうせ暇だしな。」
たまたま、すぐそこにあった喫茶店に入る。メニューを見て、一美、
「何にしようかな。ねえ、博美は何がいい?」
「紅茶でいい。」
「じゃ、あたし、これにしよ。」
そう言って一美、ウェイトレスに向かって、すいませーん、なんて声かけて、
「オーダー、お決まりでしょうか?」
「えっと、あたしはチョコパフェ。」
「こっちはミティのホットね。」
「はい、かしこまりました。」
ウェイトレスさん、オーダーをカウンターに伝えた後、チラチラとこっちを見
てる。
一美も、それに気が付いたらしく、ちょっと首をかしげて考えたあと、ふいに
小声で、
「ねえ、博美が気になってるんじゃない?」
「へっ? 何で?」
「だって、博美って結構かわいい顔してるのにさ、服装だけ見ると、明らかに男
でしょう? それに髪型みたってボサボサで手入れしてないくせに肩まで伸びて
てさ。男だか女だか判らないじゃない。普通だったら、何だろうと思うわよ。そ
れだけならまだしも、今はあたしと一緒でしょう? 同じ顔した人間が二人いて、
片方は確実に女の子なのが判ってて、もう片方は全く同じ顔してるくせに男か女
かよく判らないっていうのは、かなり奇妙に見えるんじゃないの?」
「そんなもんかね。」
「そんなもんでしょ。だから女の子らしい格好しなさいっていつも言ってるのに。」
だからって今更、女の子らしくなろうなんて思わないけどね。
「お待たせ致しました。」
パフェと紅茶が運ばれて来る。僕が紅茶に何も入れずに、そのまま飲もうとし
たら、一美が、
「ねえ、ミルク入れないの?」
「うん、僕はレモンとかミルクとか砂糖とかって一切入れないんだ。」
「じゃあ、なんでミルクティーなんて頼んだの?」
「レモンティーにするとさあ、たまに御親切にもレモン汁を入れて来る店がある
からね。」
紅茶が熱いので、冷ましながら少しづつすする。猫舌なもんで、熱いのは大の
苦手。
だけど、紅茶の香りが二日酔いの頭には快い。
「ふーん。そっか。」
一美は納得すると、おいしそうにパフェを食べる。
「一美さあ、よくこんな甘い物を二日酔いの状態で食べられるなあ。」
「あたしは二日酔いになんかなってないわよ。お酒あまり飲んでないもん。」
「だけどさ、少し甘過ぎないか?」
「博美は甘いの苦手だっけ?」
「いや、好きだけどさ。でもチョコレートパフェは甘過ぎて駄目。フルーツパフェ
なら結構食えるんだけどね。前に一回だけチョコレートパフェ食ったことあるん
だけど、あまりにも甘過ぎたもんで、それ以来懲りた。」
「そうかなあ、おいしいと思うんだけどな。」
一美、そう言って、また一口。ほんと、よく平気で食えるなあ。
「あんまり甘いもんばっか食べてると、あとで太るぞ。」
「ふーんだ。」
一美をからかいながら、まだ少しも冷めてない紅茶をすすろうとした時、
「きゃっ!」
「わっ! 冷てえ。」
ウェイトレスさん、今入って来た客に水を運ぶ途中、僕のすぐ横で何かにつま
ずいたらしく、いきなり水をかけられてしまった。コップが二つ三つ落ちて割れ
る。
「ごめんなさい、大丈夫ですか?」
ウェイトレスさんは、大慌て。
「あ、ちょっと、濡れたみたいだけど、大丈夫。」
水が少し肩にかかってしまった。Tシャツが肩にへばりつく。うーん、確かに、
こんな調子で全身濡れたら悲惨だろうなあ、なんてことを考えてしまった。
「本当に申し訳ございません。」
そう言いながら、タオルを持ってきて濡れた所を拭いてくれる。
と、突然、
「よう。一美ちゃんに博美じゃないか?」
「えっ? あ、あれ? 健司と康司?」
な、なんで、こいつらがこんなとこにいるんだ?
「半年ぶりだな。博美、高校ではいじめられてないか?」
「うん、高校にはそんな奴いないから。だけど本当に久しぶりだなあ。」
「ああ、なんか卒業してから随分経っちまったみたいな気がするよ。しかし、博
美も、相変わらず背が小さいなあ。それに声変わりもまだみたいだし。あれ?
お前、髪の毛を伸ばしてんのかよ。ちょっと見ると男か女か判らないぜ。」
「そうか? だけど、それ言ったら康司だって相変わらず髪が長いじゃないか。」
「まあな。」
「ところで、お前ら、なんでこんなとこにいるんだ?」
「親戚がこの近くにいてな。ちょっと遊びに来たんだ。で、今帰りなんだけど腹
減ったもんで、軽く飯食ってたとこ。しかしまさか、こんなとこでお前らに会う
とは思わなかったぜ。で、お前らはなんでここにいるんだ?」
「僕、今この近くに下宿してるんだよね。で、一美が来てくれてたとこなんだ。
それにしても奇遇だな。少し時間あるか?」
「せっかく会ったんだしな。」
「じゃ、ここ出たら僕の下宿へ行くか。」
[ああ。」
一美もそろそろパフェ食べ終る頃だし、紅茶もかなりぬるくなったから、一息
で飲み干せる。
−−−− 1章 終わり −−−−