#822/1850 CFM「空中分解」
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トゥウィンズ・1 二章 (1/4) ( 3/24)
★内容
二章
「さて、行くか。」
健司と康司は飯食い終ったし、一美もパフェ食べ終ったので、会計を済ませて
店を出た。
二日酔いもだいぶ直ったし、気分もかなり楽になった。
道すがら、四人でとりとめもない話ばかりした。
あとは僕の部屋で、中学時代の思い出、高校の話、友人達の消息等々……。つ
もる話はいくらだってあるさ。でも僕が女になってしまったってことだけは言え
なかった。
どれくらい、話してたんだろう。気が付いたら、だいぶ暗くなってた。
こいつらの家、ここからだと結構遠いし、そろそろ夏休みの課題も終らせない
とヤバいってんで、奴らが帰ろうした矢先、床から突き上げられる感じがした。
「あれ? 何だ? 今、変に揺れなかったか?」
「うん、ちょっと突き上げられる感じがしたけど。」
と、突然、ゆさゆさゆさ……。
「きゃあっ!」
「うわっ!」
「お、おい、博美。大丈夫かよ、この建物。」
「そんなこと知るか。建物に聞いてくれ。」
一美は、きゃあきゃあ言いながら、頭抱えて床に這いつくばっている。
揺れは、かなり大きい。目の錯覚のせいか、部屋が歪んで見える。
「おい、博美。この部屋、歪んでないか?」
「えっ? 康司もそう思うか? 僕も歪んでるような感じがしてたんだけど。」
「じゃ、やっぱり錯覚なんかじゃないんだな。」
確かに錯覚なんかじゃない。しかも歪みが段々ひどくなってきてる。
と、床が抜け落ちたような感じを受け、そのままどこかへ落ちていく感じがし
た。
ふと気が付くとまわりのよくわからない、白い世界にいた。まるで雪の上に濃
い霧がかかったような白一色の世界。方向はさっぱり判らないし、体は金縛りに
あったように動かない。
しばらく、その状態のままでいると突然、何の前触れもなしに、霧のようなも
のが晴れ上がってきて目の前が明るくなり、視界が開けてきた。
「うわ、なんだ? ここは。」
健司が叫ぶ。まあ、健司に限らず、皆、こう叫びたいに違いない。
だって、こんな風景、子供の頃の童話の中のさし絵くらいでしか見たことない
もんな。
まず、いかにも中世ヨーロッパのお城の中って感じの広間があって、床には真
っ赤な絨毯、壁には騎士のよろいや剣、そして天井には、でっかいシャンデリア
がいくつか。
「ヒッヒッヒ。よう来たのう。若いの。」
目の前の風景に呆然としていた僕達は、突然後ろから声をかけられ、ビクッと
して振り向くと、僕達の回りを囲んでいた白い霧のようなものは、今や跡形もな
く、すっかり消えてしまっていて、そして、いかにも魔法使いって感じの、黒い
マントをはおって鉄の杖を持ったおばあさんが立っていた。『ヘンゼルとグレー
テル』とか『白雪姫』なんかに出てきそうな雰囲気がある。
「そんなに驚かなくともよい。ワシがお前さん方を呼び寄せたんじゃから。」
僕達は、訳も判らず、互いに顔を見合わせるばかり。
「まあ、ついて来なされ。」
と、このおばあさんが後ろを向いて歩きだすと、信じられないことに、足が勝
手に歩き出して、後をついていった。あれ? このおばあさん、眼が悪いのかな?
杖で床の様子を探りながら歩いてる。
とある部屋の前に来ると、
「さあ、この部屋へ入りなされや。」
と、部屋の中に導かれた。僕の足は、素直に部屋の中に入っていった。あとの
三人も同様に。
「ヒッヒッヒ。さて、ワシがお前さん方を呼び寄せた訳はな……。」
「一体、何なんですか? ここは何処? そして、あなたは誰?」
一美が、ようやく口を開く。
「ワシは、見ての通りの魔法使いじゃ。既に数百年は生きておる。じゃが、これ
だけ生きるには、若者の精が十年に一度は必要なんじゃよ。少なくとも若い男女
の精が一対はな。そこで、お前さん方を呼び寄せたんじゃが、ワシも年のせいで
魔力が落ちたのかのう。男三人と女一人が来るとは、夢にも思わなんだわい。」
あれ? 男三人に女一人?
そうか。僕、今は肉体的には女なんだけど、男として育ってきてるから、精神
的にはまだ男なんだよね。で、この魔法使いは眼が悪いみたいだから、多分、僕
の持ってる雰囲気か何かから男だと思ってるんだろうな……。なんて、馬鹿なこ
と考えてる場合じゃない!
今なんて言った? 若者の精が必要だ? 冗談じゃない。逃げなければ。
逃げる? 何処へ? あっと、その前に足が動かん。
僕達は皆、同じ事考えてたらしく(まあ当り前だわな)、なんとか逃げだそう
としてるんだけど、なんせ足が動かないんだから、どうしようもない。
「逃げようとしても無駄じゃよ。ああ、そうじゃ。おぬしはそこへ控えておれ。」
魔法使いが、一美の方に杖を向けると、一美は少し後ろに下がった。
「ワシは最初に女の精を取ったり、二人続けて女の精を取ったりすると魔力が無
くなるでな。女の精を取る時には注意が必要じゃわい。」
魔法使いは独り言のように言う。
「さてと、男三人の精は、どう取っても問題ないんじゃが、誰からにするかのう。
よし、ではまず、おぬしからじゃ。」
杖が康司の方に向けられた。その瞬間、康司は、さながら夜の灯を見つけた蛾
のようにふらふらと引き寄せられた。そして、そのまま康司から何やら白いもの
がすうっと出ていくと杖に吸い込まれてしまった。そのあと、康司の体はそのま
ま床に崩れ込んだ。
「次は、おぬしじゃ。」
こんどは杖が健司に向けられ、康司と同じことが起こった。
「さてと、次は女の精を取るかのう。」
そして一美が引き寄せられ、康司、健司と同じことになった。
康司と健司と一美が倒れた後、今度は僕に杖が向けられた。
「さあて、おぬしが最後じゃ。」
すうっと気が遠くなり、何処かに引き寄せられる感じがした。足が勝手に動い
ていくのがよく判る。そして、目の前が真っ白になり、ゆっくりと洞窟のような
細い所に引き込まれて行く。
洞窟の中に入り込むと、だんだん回りが暗くなる。少しづつ、黒一色の世界へ
……。
回りが真っ暗になってからしばらく経って、もはや自分がどういう状態でいる
のかも判らない。
どういう状態なのか判らないまま、しばらく行くと、遥か遠くに明るい光が見
えた。何か知らんけど、そこに向かって引っ張られていく感じがする。
近付いてみると、それは暗い洞窟の出口だった。そして、その先は、かなり明
るい世界。まぶし過ぎて、眼を開けていられない。だけど眼をつぶっていても体
の方はどんどん引っ張られていく。
いい加減、明るさにもなれてきて、少しづつ眼が見えるようになったので、そ
っと目を開けてみると、
「あ、あれ?」
そこには一美がいた。一美の向こうには健司が、健司の向こうには康司が、そ
してその向こうには、なんだか判らないけど、たくさんの人がいる。
皆、一列に手をつないでいるようだ。一筋の糸のように。
一番手前にいた一美が手を延ばしてきたので、僕はその手につかまろうとして、
もがく。
そして、僕の手が一美の手を掴もうとした瞬間、二人の手の間でバシッという
音と共に閃光が走り、凄まじいショックを感じて、いきなり弾き飛ばされた。そ
のショックで糸のように連なっていた人達も皆バラバラに散ったようだ。同時に、
どこからか魔法使いの声が響いてくる。
「な、なんじゃ、おぬしは男ではないのか? おお、力が消えていく。」
気が付くと、僕は元の場所にひっくり返っていた。
慌てて起き上がり、壁際に跳んで、壁に掛かっていた剣を手に取る。なあに、
ちょっと竹刀とは勝手が違うが使えないこともないだろう。
一応、中段の構えのような格好で魔法使いと向き合う。竹刀みたいに持ち手の
部分が長くないから両手で持つって訳にはいかないけど、でも竹刀だって片手で
振ることはできるんだから、この剣だって、そのつもりでいればなんとか使える。
で、そのまま魔法使いと向き合っていると、魔法使いは、じりじりと間合いを
詰めてくる。
突然、魔法使いがジャンプして、杖を僕の頭に振り下ろす。僕は、それを剣で
払いながら逃げると同時に、魔法使いの胴をはらう。が、それは魔法使いに当た
るどころは、かすりもしない。
そして位置が逆転して、再度向き合う。
再び、魔法使いが杖で殴りかかってきたので、それを防ごうとして、剣ではら
った瞬間、ピーンという涼しげな音がして剣が折れた。結局、僕は魔法使いの杖
を防ぐことができず、したたかに腹を殴られた。
「ぐふっ。」
ズシッというにぶいショックを腹に感じ、それと共に杖の先から閃光が走って、
僕の体は弾き飛ばされ、Tシャツがバラバラにちぎれた。
ところが、実に偶然というのは恐ろしいもので、杖を防ごうとした時に折れた
剣先が、あさっての方向に飛んで行ったのはいいんだけど、それが一旦壁に当た
ったあと、どういうはずみか、魔法使いめがけて飛んでいき、みごとに喉元に突
き刺さった。
途端に魔法使いは、もの凄い叫び声を上げ、あっという間に老いてひからびて
いき、そのまま縮んで灰になり、ほこりと共に消え去った。
魔法使いが消えるのと前後して、白いふわふわしたものが飛び交って、あたり
一面真っ白になり、その後それらは徐々に四方八方へと飛び去った。最後に三つ
だけ残って。
その三つの白いものは、あたりを確かめるようにゆっくりと動くと、倒れてい
る三つの体、健司と康司と一美に入った。
三人はゆっくりと起き上がると、キョトンとしてあたりを見回し、
「ねえ、どうなったの?」
一美が僕に聞いてくる。だけど、こっちはそれどころじゃない。殴られた腹が
痛くてたまらない。致命傷にこそなってないけど、もう苦しいなんてもんじゃな
い。僕は横に倒れたまま、ひたすら脂汗を流して顔をしかめていた。
鈍痛が腹の中を駆けずり回って、今にも死にそうな感じ。あまりにも痛みが激
しくて体がまったく動かせない。
「ちょっと、博美、どうしたの? ねえ、大丈夫?」
「お、おい、博美。大丈夫かよ。」
「おい、博美。お前……お前、その胸、どうしたんだよ。」
一美と健司が同時に叫び、康司は驚きの余り口をパクパクさせている。
まずい。先刻Tシャツをバラバラにされたもんで、上半身が完全に裸になって
たんだっけ。でも、腹が痛くて手が動かせず、胸を覆い隠すことができない。
「……うーっく。う、うーっ。」
ただひたすら、うめくだけ。
しばらくすると、なんとか腹の痛みが少し落ち着いてきて、どうにか胸を覆い
隠すことができるようになった。
一美が僕の体を起こしてくれる。僕も、その頃には何とか話ができるようにな
っていたので、実は僕が女だったってことを手短に話して、そのあと魔法使いを
倒した経過を話した。
健司と康司の奴、呆然としてやがんの。
その時、一美は持っていた袋から先刻買ったばかりの服を取り出してビニール
の包みを破って僕に渡してくれた。いくら何でも、裸のままでいるわけにはいか
ないからって。
「な、なんだあ? これは。」
渡された服を見て、僕は唖然とした。
だって、もろ女の子っていう感じの夏物のワンピース。
「おい、一美、冗談だろ? こんなの着たら、完全に女の子しちゃうじゃないか。」
「だから言ったでしょ? 見てのお楽しみだって。それに、それしか着るものな
いもんね。ほら、そんなジーパンなんか早く脱いで、さっさと着ちゃいなさい。」
そして一美は、くすっと笑うと、もう一つの袋から何かを出しながら、
「さて、そこのお二人さん、悪いんだけどさ、ちょっと後ろ向いててくれない?」
「あ、ああ。」
健司と康司は呆然としたまま後ろを向く。
「博美。それ着る前に、ちょっとこれ。」
出された品物見ると、それは女性の下着類一式だった。
「一美ィ、マジかよお。」
「勿論、大真面目。博美も一応は女の子なんですからね。ちゃんと、それらしい
格好しなくちゃ駄目よ。」
渋々、ブラを付ける。
「フロントホックだから付け易いでしょ?」
うーっ、胸が締め付けられるう。
「博美とあたしって同じサイズだから、ちょうどいい筈よ。」
そんなこと言ったって、今までこんなもん付けたことないから、ちょっときつ
いような変な感じを拭い去ることができない。
「さて、あたしも着替えるか。」
そう言って、最初の袋から服を取り出すと、な、何だあ?
「一美、その服……。」
「そう、同じ服を二着買ったの。博美とお揃いで。」
「なんで同じ物を二着も買うんだよ。」
「いいでしょ、気に入ったんだから。それに安かったしね。」
−−−− 続く −−−−