AWC 『わーい!』−秋本 87・10・02


        
#370/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (FXG     )  87/10/ 2   0:26  (177)
『わーい!』−秋本 87・10・02
★内容
真夜中。午前三時頃。秋本氏宅。その事件は始まった。
「あなた、ちょっと起きてよ」
今日子が夫の秋本氏の頭をたたく。
秋本氏はでも、叩かれるのに慣れているのかちょっとぐらいでは起きそうもない。
そこを必死の形相で今日子が叩く。
「うーん。疲れてるんだ」といった意味のことを秋本氏は呟く。
「それどころじゃ、ないの。ちょっと見てよあれ」
「疲れてるから、勘弁してくれ」やや、覚めてきたようだ。
「女がいるのよ。そこに!」今日子の声が大きくなってくる。
「女はお前一人で充分・・」寝惚けているのか、ふりをしているのか、本音が出てく
る。
「ハダカなのよ!」
秋本氏は飛び起きた。「眼鏡はどこだ。眼鏡は」秋本氏は哀れなことに眼鏡がなくて
は物が見えない。あわててサイドボードから眼鏡をひったくると、今日子が指さして
いる暗闇の方角に顔を向けた。
「あああ・・・・!」
なんと秋本氏の家の寝室に裸が。それも女性の。それがカーテンごしに窓から入って
くる街灯の明かりにうすぼんやりと浮かび上がっているではないか。
「ななな」秋本氏は声にもならない声をだした。
「怖いわ。わたし」
「誰だ。あんたは」秋本氏はやっと落ち着いたのか、その女に向かって云った。
しかし、裸の女は何も喋らない。
「あなた。どうやら幽霊らしいの」
「ひでぶー!」北斗の拳で驚く秋本氏であった。
「ほら、顔を上下に動かすでしょ。するとその人も」
なる程、秋本氏が今日子に云われるまま顔を動かすと、女も上下に浮いたり沈んだり。
その幽霊は、しかし、二人のベッドに対して平行に横向きになっていた。そのため、
顔の表情をよく見ることはできないが、どうやら日本人ではないように思われた。
肌の色が異様に白い。上向きに何か台のようなものに寝ているような恰好で、ちょう
ど手品でやるようなあの空中浮遊の術を思わせた。
「若いな」秋本氏がおもわず呟いた。
「何云ってんの、あなたは」今日子の平手が飛んだ。
「痛いですよ」
「あなたが冗談云ってるからでしょう!」今日子は秋本氏をにらみつけた。
「いや、別に冗談という・・」秋本氏はそれ以上云うをやめて、あらためてその幽霊
らしきものに目をやった。確かに美しい。今日子とはくらべものにならない。特にそ
の胸の隆起がおわって臍あたりへ続くところ、そして太股のボリューム感。なんとも
いえないむしゃぶりつきたいほどの感動があった。
「あなた、ちょっと観てきてよ」
「な、なにを」
「何をって、それよ。近くによって、追っ払って」
「近くによっていいのかい」
「何考えてんの」
「いや。何も考えていませんよ。ほんとですよ。誓ってもいい」
 秋本氏は心臓の鼓動が大きくなるのをはっきりと意識した。
ベッドを降りておそるおそる女の足の方へ。
「ちょっと、あなた。どうしてそっち側へ回ろうとするの」
この指摘にはさすがの秋本氏も言い訳ができなかった。
しかしである。肝腎なものを覗こうにも、それは不可能だとすぐにわかった。秋本氏
が移動するにつれてその女もグルリと向きをかえるではないか。どこにいっても女の
横向きの姿しか見られない。こうなると欲求不満になる。見たいのに見えない、勿論
触りたくても触れないということがわかった。
「おい、今度はお前行きなさい」
「いやよ」
秋本氏はわりと強情に主張した。こんたんがあったのだ。俺はここにいる。今日子が
その女の頭の方へ回る。すると、当然のことに女の足がこちら向きになって。
「なに、にやにやしてるの。どうせ、またいやらしいことね」
しかし、この秋本氏の希望的観測も無に終わった。今日子がいくら動いても秋本氏に
とっては女はいつも横向きのままだということがわかったのだ。無論動く今日子にし
てもその事実に変わりはなかった。誰が何処で見てもその恰好の女しか見れないよう
になっているらしかった。
だが、その時。
ガチャリ!
寝室のドアが開いた。
二人はびっくりして息を飲んだ。
統一郎だった。小学一年の一人息子で頭が悪い。だからしょっちゅう寝惚けては二人
を困らせていた。先行きの楽しみのない息子であった。
その統一郎がまた寝惚けて入ってきたのだ。
「ここはトイレじゃないのよ」今日子がでかい声をだした。以前、同じようなことが
あり、その時は二人とも寝入っていたものだから大変だった。いきなり二人の顔に小
便の雨あられ−おっとぉ、もっと書きたいのだが今回は少し遠慮しよう。(秋本)
「今日は僕の誕生日だよ・・・」と統一郎。勿論寝惚けているのでそれまで。あとは
ただ黙ってつっ立っている。
今日子がしょうがない子ねぇとベッドを降りて統一郎をトイレまで連れていった。
「あんた、誕生日はこの間終わったばかりでしょう」なんて云いながら。
統一郎にとっては正月に何か買ってもらうのと、誕生日に何か買ってもらうのと、ク
リスマスに何か買ってもらうのだけが楽しみだった。要するに頭の悪い子供の日本代
表のような息子だった。
といった塩梅でその日は終わった。
ところがである。次ぎの夜。
「あ、あなた。起きて。またよ、また」
さて次ぎの日も。
「あなた!」
その女の幽霊は何と飽きずに毎夜でた。
さすがにこれには二人も参ったが、そのうち慣れて次第になんとも思わなくなってい
った。とかく慣れとは恐ろしい。
この幽霊の出現の事実を除けばなにひとつ変わらぬ秋本家の日常が戻ってきたのだ。
ただ、ちょっとした事件というのもあって秋本氏が財布を落として今日子に怒鳴られ
たのと、統一郎が大好きだった目玉焼きを食べなくなってしまったことだった。
しかしまあ、相変わらずの毎日だったが、ある晩。
「あ、あなた。ちょっと、起きて!」
ついに変化がやってきた。
「あああ!」秋本氏はおどろいた。
なんと、もう一つ幽霊が増えたのだった。しかも、今度は黒人の男性で、しかも先の
女に重なり合うようにして現れたのだ。
まさしく、その恰好は何の姿勢であって、それ以外には考えられない。男は勿論、裸
であった。
「ポ、ポルノだ」唖然とする秋本氏と
「あ、あなた」今日子であった。
そして、次の夜から。なんと幽霊に動きが加わったからたまらない。
「あ、あなた・・」
「腰をつかってるぞ」
「あ、あれ。あなた」
「で、でかい」
「あ−あなた」
「すごい!」
「     」
「  」
「      」
「 」
ただもう空白の台詞が続くばかりであった。
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・
   ・
「き、今日子!」
「あ−あなた。そ、そんな!」
それから数ヵ月後の秋本氏宅。
幽霊はとっくに消えてのある日曜日。
「統一郎。ちょっと来なさい。お母さんがお前に話があるそうだ」
「なんなの」統一郎が二人のいるところへ駆けてきた。
「今度ね。あなたに弟か妹ができるのよ」
統一郎の顔が驚きでいっぱいになった。
「ほ、ほんと!ほんとなの」
「ああ、本当だ」
「本当よ」
「わ−い!」統一郎が飛び回って喜んだ。
「おかあさん、ボクね。神様におねがいしたんだよ。今度のお誕生日には弟をくださ
いって。名まえは統二郎って云うんだよ」
秋本氏と今日子は二人そろって目を丸くした。それでは、あの幽霊は・・・
「あしたっから、また、たまご焼きがたべれるんだ。わ−い!」

                       おわり

追記:統一郎の願いむなしく、生まれたのは女の子だった。秋本氏はその子にタマ子
と名をつけた。



おまけの話(長くなったついでに、もうひとつ短い話を。ちょっと平凡過ぎて
      つまらないけど)
 『貧乏神』
腹減った。でも金がない。
男は万年床で布団にくるまったまま呟いた。
「この世に神も仏もないものか。俺は何も悪いことはしていない。確かに良いことも
してはいない。しかし、会社は首になり、恋人にはあいそをつかされる。こんな不幸
があってよいものか。神よ!聞こえますか。この叫び、この声が」
トントン
戸を叩く音がした。
ガチャリ
戸が開いた。
「こんにちは」
男がびっくりして起き上がると、もうその客は男の目の前に座っていた。
「誰ですか。あ、あんたは」
「あなたのためにやってきた神であります。あなたの声聞こえました」
「はあ?」
「だから、神であります。貧乏神」
「げっ!貧乏神。いらん。いらん。そんなもん呼んだ覚えはない」
「でも、あなたの願いをかなえることができます。神に違いはありません。見かけで
人を判断してはいけません」なる程ボロ服を着ている。
「じゃあ、なんだ。寿司をだせ。寿司だ。今すぐだ。できなかったら−」
目の前に寿司があった。特上五人前。
「あああ!」
「次ぎどうぞ」
「つ、つぎって。次ぎもいいのか」
「わたしは神です。あなたの願いをかなえます」
「じ、じゃあ。車だ。4WDで16バルブエンジン。パワーウインドウでサンルーフ
つきで−」
「はい。もう表にあります」
男があせって窓から覗くと車があった。それからのこの男の喜びよう。思いつくまま
どんどん注文してやがて神も去っての一時間後。
トントン
戸を叩く音がした。
ガチャリ
「ちわーっ。寿司屋ですが代金をいただきに来ました−」  おそまつ




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