#371/1850 CFM「空中分解」
★タイトル (QJJ ) 87/10/ 2 11:19 ( 67)
詩篇 空中の書30 直江屋緑字斎
★内容
<鏡子 67行>
鏡子
鏡子が白樺林から出てきたときには、山の端に黄昏陽がかかって
いた 隈笹がびっしりおいしげる道を過ぎたあたりで、虹色にき
らめくひかりものに気づいたので、足早に近づいていくと、笹の
するどい葉でさっとふくらはぎを切った 白い脚に赤い血が涙の
ようにしたたるエロティーク ふっと叫んで指先でぬぐってみる
と銀粉がついていたので、きっと笹の花粉は銀色なのだわと考え
ながら、少女は北国の中で小人のようにうずくまった
翌日、同じ道を、こんどは笹の葉に気をつけながら歩いてゆくと、
ひどくむずかしい数式が書かれた紫色の紙片をみつけた 鏡子は
屈折率という単語とπという記号しかわからないのであるが、昨
日切った傷口に残っていた銀色の粉は光のかけらなんだわと思っ
た とたんに気が軽くなって、いつものように若草のもだえとい
う唄を口ずさんで向こうに行ってしまった あとから聞くと、そ
の唄はこんな文句だった
■萌ゆる萌ゆる 草の実さん
いつからおまえはひとりもの
お嫁にいってあげようか
夜はあたしも恐いのだから
あるとき、肘掛椅子に坐っていると、窓の向こうにひかりものを
みつけたので、サンダルをはいて外へ出てみた 霧のせいで、そ
のあたりには虹がふたつかかっていた なんだか寂しい気配がす
るので、鏡子のお友だち! と叫ぶと、向こうから、お友だちの
鏡子! という声がかえってきたので、あわてて肘掛椅子にもど
ってふるえていた あとでよく考えてみると木霊のいたずらだと
気づいた
裏側に水銀の塗布された、直径五センチメートルのガラスが空を
映していた そのうちに地球の芯のあたりから黒雲がわきだして、
雨が降りはじめた 鏡子はいそいで雨除けをとなえてのぞきこむ
と、鏡の中の空はすっかり晴れていたのだが、水銀が酸化してど
ろどろ流れだしていた そっとぬぐってみると、赤い血糊が指先
についた けれども、その鏡には時間がつまっていたので、痛が
って声を出す必要もなかった
少女が草笛を指のあいだで鳴らしていると、向こうにみえるひか
りものから信号が送られてきた そばまで近づいてみると、黄色
い空気がただよっていた 胸をひろげて大きく息を吸いこんでい
るうちにからだがぐにゃぐにゃしてきたので、苦しくなって気を
うしなってしまった
レンガの壁があたたまってきたので妙に思ってうろうろしている
と、鏡を吐きだしてしまった びっくりしてのぞくと、鏡がくも
っているのでタオルでふいてみた すると、鏡子の顔が黄色く映
ったので、話しかけると、知らないというので、黙っていなさい
といった
鏡がぴしっと割れて、
黄色いガス状の光がとびだした
生理帯をあてていたが、鏡子は気配を感じたので、いそいでトイ
レに駈けこんだ けれども、その直前に部屋中の光がかっとふく
らみねばまったので、すでに孕(はら)んでいた ああ、窓越し
の微笑と若草のもだえ 五分くらいで臨月になったので力んでみ
ると、
鏡の球体を生んだ
その児を鏡子と名づけた