#764/1159 ●連載
★タイトル (sab ) 09/10/21 22:50 ( 90)
She's Leaving Home(26)改訂版ぴんちょ
★内容
アパートに帰るとエコテロさんが寝そべってテレビを見ていた。
「見てみな、これ」とエコテロが言った。
「なにこれ」オウムの江川昭子とおっさんが3人ぐらい出て議論している。
「臓器移植法案がろくに議論されないまま通った、って職場で話したら、同僚
の薬剤師がそれなりの議論はあった、BSでやっていた、と言うんでその録画
を借りてきたんだよ。この痩せた人も」と画面を指差した。「この人も医者で
子供を亡くして子供の臓器を提供した経験があるんだって。そんでその事を今
でも気にしているんだって。だから、気持ちが動転している時に専門のスタッ
フがやってきてシステマティックに10分後にこう言う、更に10分後にこう
言う、と遺族に考える隙を与えないで臓器提供に協力させるのはシステムとし
てどうなのか、というシステムの話をしているのに、このヤル気満々の大学教
授が「いやあ、あなたの息子さんは、オヤジ、よくやってくれたって言ってい
ますよ」とか、何言ってんだ、こいつは、今システムの話をしてんだろう。最
後には、自分が死んだら臓器提供する、そう女房に伝えてあります、私は妻を
信じているとかなんとか、なんだこの大学教授は。今、正しい脳死判定が出来
るかどうかというシステムの話をしているのに。こういうヤル気満々野郎が制
度をつくっちゃうんだよ。こういうのが政権交代寸前の国会で通されちゃうん
だよなあ」というとDVDのスイッチを消した。「又一本、獣道が出来た」
「臓器移植に反対なの?」と私は言った。
「反対だけど賛成」
「なにそれ」
「反対だけれどもアメリカに行ってやられるぐらいだったら国内でやるしかな
いだろう。だけれども、こんな法案通ったら、患者はどこの大学病院でも心臓
移植が受けられると思うかもね。大阪の病院じゃあやるんだろうから。そうな
れば何で東京の大学病院じゃ出来ないんだって患者のモンスター化して医者の
方は受け入れ拒否ってなって、そうやって制度が壊れるんだよ。もっとも最初
から制度なんてなくて、大阪の一部ヤル気満々野郎が無理矢理作った獣道だけ
れどもね」
「その獣道だって、絶対的重症患者には福音じゃない。過渡期には格差があっ
てもしょうがないじゃない。将来はみんながその恩恵にあずかれるんだったら
いいじゃない」と言うと私は流し台で手をあらってうがいをして又エコテロの
ところに行くと名刺をわたす。「今日、その人に色々いわれたよ」
「ラーメンフーズ」
「その人が言っていたよ。遺伝子組み換えの種を使えば砂漠でも育つ豆ができ
て、絶対的貧困を救えるって。だのに環境保護団体が反対しているのは自分達
と格差が出来るのが嫌なんだろうって。環境保護団体はヒステリー患者だから
人が成功すると失われた気分になるんだろうって。エコテロさんも白衣を着て
いるお医者を見ると失われた気分になるんじゃないの? 楽天の社長を見ると
失われた気分になるんじゃないの? だからフレッツ光も道路も共有財産とか、
地球も共有財産だとか言っているんじゃないの? でも地球を全然汚す事なく、
一部のエリートが今の2万倍の穀物を生産して絶対的貧困をなくすし、環境運
動家はそのおこぼれにあずかるだけなんだけれども、それじゃあ乞食になっちゃ
うからちゃんと労働を用意してやってもいいって言っていたよ」
「そんな事あってたまるか」とエコテロ。
「どうして? 絶対的貧困層も無くなるし中間層も豊かになるならいいじゃな
い」
「そんな事したらだめなんだよ、そうやって一方が圧倒的な力をもったらこっ
ちの主体性が保てないんだよ。敵が攻めてきたら敵にもそれなりの犠牲者が出
るというんだったら和平のチャンスもあるけれども、遠くからミサイルで狙わ
れて向こうは痛くも痒くもないんじゃあ、話し合いの余地がないんだよ。そう
なったらもう…」しばらく考えてから呟いた。「梶井基次郎のレモン。あれ、
丸善じゃなくてスーパーにおいてきたらどうなるのかなあ。毒入り危険食べた
ら死ぬで、と書いてあったらどうなるのかなあ」
その晩、エコテロは私を激しく抱いた。セックスの後、蛍光灯の消えた豆電球
に向かって話していた。「俺は、子供の頃から本は年譜から読んでいたんだ。
そいつが死んでりゃあ勿論安心だけれども、生きている作家だったらまだ何か
書くかも知れないからね。まあ生きていても終わっているような作家だったら
安心して読めるけれどもね。病院にいた時にもそんな感じで、こいつは終わっ
ているなーみたいな医者だったら安心して付き合えるんだけれどもねえ。進行
性の病気をもっているとか、40越えて子供が出来ないで、こいつはこいつの
代で終わりだとかね。若い研修医なんて本当に見ていて辛かったよねえ。こい
つは女医と結婚して子供も医者にするだろうし、友達も医者一家とか、そうやっ
て閨閥を作られたんじゃあ。どんどん増殖していく感じでさ。どっかに欠点は
ないかなあ、と俺はその若い研修医について徹底的に持ち物検査をするんだよ。
どこの医学部出ているかとか、医者でも偏差値的には俺より低いんじゃないか
とか。家柄、門地、宗教なんかも調べてね。結局何も見つからないんで、後は
禿げないかなあとか、針刺し事故でC型肝炎にでも感染しないかなあ、とか日々
呪いつつ生きていたけれどもね。或る日そいつのズボンのすそがほつれている
のを発見して、あいつの底を発見したぞ、とか。そうやって一人消化しても次
から次と出てくるし。医者だけじゃなくて。サイバーエージェントの社長とか
ミクシィの社長とかはてなの社長とかべたべた貼り付いて来て、まるで圧縮ファ
イルを解凍したように俺の中でじわーっと広がるから、こうなると一人ずつ持
ち物検査しても追いつかない。それだったらリナックスの思想、国境なき医師
団の思想、誰のものでもない、そう思えば…。環境運動やっている奴は結構そ
ういう奴が多いんじゃないのかなあ。共産主義なきあとはエコ。…前にひきこ
もりの番組をやっていて、その人の唯一の楽しみが詰め将棋で、だけれども羽
生を見た瞬間に詰め将棋を捨てたって。俺はそいつの気持ちがよく解るんだよ
ねえ。なんかこう圧縮ファイルのように入り込んできて体の中で広がる感じで」
「人は人じゃん」私は言った。
「その、人、が、勝手に法律書いて俺のバイト代から金をかすめとって行くん
だよ。どうにも我慢できないから、だからわざと犯罪的な方法で金儲けをして
やりたい。裏DVDを不正コピーして売るとかね。お上が犯罪的な事をしてい
るんだったら俺も犯罪的な事をしないと辻褄が合わないじゃない。ナポレオン
があれだけ殺したんだから俺が金持ちババアを殺して何が悪い、ってラスコー
リニコフは言ったけど、ソーニャは神とつながっているんだよなあ。アキコは
自然とつながっているんだろ。太陽とつながっているんだろう。世界を無視し
て太陽と生きるっていうのは犬みたいなものなんだよ。犬は鎖につながれて人
間に飼われていたり、野生化したりして、生き延びているだろう。核戦争で人
類が滅亡しても犬は生き延びるかも知れないよ、今は鎖につながれている犬が。
そういう生き方が太陽を相手にした生き方だよ。出来るの? アキコには」