#763/1159 ●連載
★タイトル (sab ) 09/10/21 22:46 (209)
She's Leaving Home(25)改訂版ぴんちょ
★内容
「もうすぐお昼で下ネタもなんなんですが」翌日表参道でビラを配っている時
にユーコに言った。「私の知っている人でユースケサンタマリアにそっくりな
人がいるんだけれども、その人は日本人の女がうんち臭くてダメなんだって」
「又うんちネタ?」
「いや、まぁまぁ。とにかくそんで、コロンビア人のダイアナって人と付き合っ
ていたんだって。ダイアナさんのうんちは臭くないんだって。私、その人にメー
ルで言い寄られているんだけれども勝手に告白してくるんだけれども、ダイア
ナと知り合ったのはスナックだって言っていたんだけれども、実はストリップ
劇場の本番まな板ショーで知り合ったんだって。そんでみんなの見ている前で
セックスしたんだって。その癖、会社の仲間とゴルフに行って風呂に入る時に
はチンチンを見られるのが恥ずかしくって隠すんだって。だから日本人の女だ
けじゃなくて、日本人の男にも身体的に接しられないんだよねえ。それでダイ
アナに逃げていく。そしてダイアナにトヨタを自慢する。だけれども彼にとっ
てトヨタは空想的でしょう。だって日本人の同僚とお風呂に入れないんだから。
そしてダイアナも空想的でしょ。うんち臭くないんだから。だから、昨日のパ
レスチナのレズも、パレスチナに村八分にされてイスラエルに逃げていったん
だから、イスラエル人に対しても空想的だし、パレスチナについても空想的な
んじゃないのか、って話を夕べサイトウさんにしたのね。そうしたら、そうい
う身体性の欠如はその非モテに限らず日本人全体だよなーとか言っていたよ。
戦争末期、中国大陸で、陸軍は民間人をおいてさっさと逃げたとか言う癖に、
そういう自分は子供をおいてさっさと逃げた、そしてその子供が残留孤児とし
て帰ってくると日本中で発展した日本を見せびらかして恍惚となる、それはト
ヨタを自慢する非モテの買春男と同じ精神構造だねえ、日本人も身体性を取り
戻せばと畜をやめるかもね、とか」
「えっ。あの人そんな事言うの」とユーコは言った。「私が戦争中の事を言う
と、あの時にはあの時の事情があったんだから、今更そんな事ほじくり返す奴
こそ身体性に欠ける、つまり私は拒食症だから自分の体に対して空想的だ、と
か攻めてくる癖に」というとお腹のあたりをさすった。「なんかお腹すいちゃっ
たなあ。ていうか焼きトマトダイエットのやりすぎでげぷげぷするよ。何かずっ
しりしたもの食べたいなあ。明治通り沿いに豆専門の店が出来たんだけれども、
そこに行きたいなあ。豆だったら食べられるでしょ」
というんで明治通りの豆専門の店に行った。ログハウスみたいな造りでテーブ
ルも椅子も木で出来ていていかにもオーガニックな雰囲気。ウェイトレスが注
文をとりにきたのでメニューを見る。フェラフェル、ひよこ豆のカレー、ベジ
タリアンチリ。
「私、ひよこ豆のカレーでいいや」とユーコ。
「このひよこ豆っていうのがひよこを連想してダメだなあ」と私。「このフェ
ラフェルっていうのもひよこ豆を使っているんだね」ベジタリアンチリの材料
を見る。ブラックビーンズ、キドニービーンズ、赤インゲン豆、玉ねぎ、トマ
ト、ニンジン、セロリ。「私、ベジタリアンチリ」
ウェイトレスが行ってしまってからも二人でメニューを見ていた。
「動物性のものは一切使っていないって書いてあるよね」と私。
「でもここに遺伝子組み換えの豆を使用していますって」
「遺伝子組み換えの豆を食べるとどうなるの?」
「よく豆腐とか、遺伝子組み換えを使っていませんとか書いてあるから、何か
害があるんじゃないのかなあ」
「そんな事言っても家畜の飼料なんて遺伝子組み換えを使っているんじゃない
の」
「家畜の飼料を人間が食べればいいというなら遺伝子組み換えの豆も食べない
といけないのかなあ」
などと語っていたら「安全ですよ」と通路を挟んだ隣の席に座っている30絡
みのスーツを着た男が言って来た。奥ではもっと若い男ががばがば豆を食べて
いる。「お姉さんたち、今、家畜の飼料を人間が食べればとか言っていたけれ
ども、差し支えなければどういうことだか教えてくれる?」
「私達、こういう者なんです」と言ってユーコがビラを渡す。「おじさんは?」
「おじさん?」と言いつつも胸のうちポケットから革の名刺入れを出して1枚
くれた。ラーメンフーズ日本総代理店。「遺伝子組み換えの豆を普及させてい
るんですよ。全く安全ですよ。普通の豆より安全なんだから。アメリカの食品
医薬品局も農務省もそういっていますよ。ところでこれって」とビラをひらひ
らさせて「何か環境保護のNGOか何かなの?」
「そうなんです。オーガニックのお店で配ってもあんまり意味ないけど、表参
道でファーとか着ている人とかに渡すんです」とユーコが言った。
「ふーん」といってビラを見る。「誤りを犯すこともある、しかし僕たちは、
自分で自分を決定する力を持っている、だから、誤りから立ち直ることも出来
るのだ…ってどういう意味?」
「そこに書いてあるURLのホームページに行けば書いてあるんですけれども、
私たちって、川をせきとめられて井戸を埋められて水道を使え、みたいな世の
中に住んでいるけれども、こんな世の中は一部のやる気満々の人達が作ったも
のだし、理にかなっているものでもないし、私たちが水道を使えば困る人達も
出てくるんです。それは元々井戸や川を使っていた人達で。その人たちは水道
を使っている私たちを恨むでしょ。お前達が水道を使っているから井戸は埋まっ
たままだって。だから立ち止まって考えようと」とヨーコ。
「ふーん。つまり資本家みたいなのが川をせきとめて井戸をうめて水道をひい
たのがこの世の中だと」
「そうです」
「そんな世の中に無批判的だと、元々井戸や川を使っていた人々が困るんだと」
「その通りです」
「だけれども、世界には川も井戸もない、雨水で暮らしている絶対的貧困層と
いうのがあるのを知っている?」
「絶対的貧困層?」
「そうだよ。雨が降らなかったら乾いて死ぬような人達だよ。その人達はどう
するの?」
「だってその人達のところには元々川も井戸もなかったんだから関係ないんじゃ
ないですか」
「じゃあ、君たちは絶対的貧困層は見殺しか」
「そんな事はないけど」
「そのメニューにある豆とは違うけれども、弊社では色々な豆を作っていて、
水がない砂漠でも育つ豆もあるんだよ。それは遺伝子組み換えだけれども。そ
れはどう思う?」
「さぁー」
「あなたたち、こんなビラくばりながら世界の食糧問題とかにあんまり興味な
いみたいだね。じゃあおじさんが教えてあげようか」
「はぁ」
「簡単に言うとね、世の中には中間層とか富裕層とかの遥か下に絶対的貧困と
いうのがあるんだよ。それは先進国同士の利害関係から出た歪みじゃなくて、
雨が降らないとか、干ばつとか、焼畑による砂漠化とか、ほとんど自然のいた
ずらで飢えていくような人達なんだよ。その人達の空腹を満たすために我々は
どこでも育つ豆を作っている。だけれども、こういうのを作ると中間層と富裕
層の間の格差が拡大するだろう。そうするとなーんか失われた気分になるんだ
なあ、環境保護団体の野郎どもは。アメリカで癌の特効薬とかAIDSの特効
薬とか不老長寿の薬とか出来たら別に自分達は何も失っていないのに、なーん
か失われた気分になるんだよな、環境保護団体の野郎どもは。なんでだろうね。
一種のヒステリーかね。ヒステリー患者って盗まれた盗まれたと騒ぐだろう。
ヒステリー患者って自分の好きなタレントが結婚すると失ったような気分にな
るだろう。環境保護団体の野郎どもも同じかねえ。それで絡んでくるんだよね
え。元々無かった薬なのに、その薬は自分達のものだった、地球も自分達のも
のだった、実験動物も自分達のものだった、だから完成した薬も自分達のもの
だ、だのに資本家が権利を主張するからAIDSの薬が第三世界に渡らない、
自分達は搾取されているのだー、とかわめきちらす。まぁしかし我々からして
みれば、今や彼らが搾取されたと騒いでいるもの、人間の労働力とか土壌とか
ね、そんなものほとんど不要なんだよねえ。そんなものなくてもごく少数のエ
リートだけで大量の豆が出来るんだよ、科学技術の進歩で。だからもう彼らが
搾取されたのなんだのと不平不満を言う根拠も無いんだよねえ。だからあいつ
ら黙って当社の豆を食っていればいいのだけれども、それじゃあ乞食だから、
プライドが傷つくだろうから、当社でも労働を用意してやっているんだよ。農
場に集めて午前中は穴をほれ、午後はそれを埋めろ、それで給料を払う。まあ
ピラミッドを作るようなものだけれどもねえ。なんでそんな事が出来るんだろ
うと思うでしょう。なんで穴ほって埋めて、付加価値ゼロなのにお金を恵んで
やれるんだろうと思うでしょう。だけれども普通に考えれば、科学技術が進歩
すればそれが当たり前なんだよ。ライフル銃だけだって人間の力を2万倍にし
たと言われている。だったら労働時間は2万分の1になっていいはずなのに、
なんで現代人は毎日忙しく働いているんだよ。そりゃあピラミッドを作ってい
るようなものだよ。プライドが傷つくから必要のない労働を与えているんだよ。
まあとにかく我々は絶対的貧困層をなくすという善のためにやっているのであっ
て、我々にいわせりゃあ、中間層なんておこぼれにあずかっているようなもの
なんだよねえ。たまたま優秀なエリートのいる先進国に生まれたからバカタレ
でもおこぼれにあずかれているだけなのに、地球は共有財産だ、とか言ってこ
ういうビラを配られてもねえ。ビラぐらいだったらいいけれどもねえ。グリー
ンピースみたいにくじらの死体を送りつけられちゃかなわねえや。コルレオー
ネファミリーだってそこまでやらないんだから。その豆、全く安全だから食べ
てみたら」
「もう帰ろう」ヨーコが私の袖を引っ張った。
明治通りから裏原宿の方に入っていく細い路地に入るとヨーコが道端に座り込
んでしまった。「お腹、痛ぁーい」とうずくまる。
「えー、トイレ行きたいの?」
「なんか気持ち悪い。トマトを食べ過ぎたのかなあ」
「どうしよう」
「大丈夫だよ。ちょっと休めば」ヨーコはしゃがみこんだまま左手をブロック
塀に付いて体を支え、右手で腹をおさえていた。「トマトを食べすぎちゃった
のかなあ。トマトって食べても食べても無くならないんだよねえ。トマトって
勝手にどんどん生えてくるんだよ。私、トマトを作るのって大変なんだと思っ
ていた。違う違う。なんでトマトぐらいでって思っていたの。トマトと言えば
「遠雷」でしょ? 私あの映画観て。なんでトマトぐらいであんな百姓が車を
持っていたりでっかい家に住んでいたり結婚式にものすごい料理とか瓶ビール
がずらーっと並んでいて。トマトだけでそんなに儲かるんだろうかって。だけ
れども永島なんて汗流して泥だらけになって働いているから、あそこにお嫁に
行くんだったら石田えりみたいに大きいおっぱいと大きいお尻がないとダメで、
「捨てられる子を産まない牝牛」じゃあダメなんだって思って。だけれどもト
マトなんて品種改良したいい種さえあれば簡単に出来るんだよ。そんな種が出
来たらもう石田えりがお嫁にこないから遺伝子組み換えに反対しているんだよ。
そんで永島とかジョニー大倉とか鯉なんて食べて精力つけちゃって顔面から性
欲吹き出してビニールハウス待っているんだよ。げぇーーーーーーー」と突然、
排水溝にトマトのゲロを吐いた。「だいたいトマトとか米なんていくら作ったっ
て食料自給率は上がらないだから。日本の食料自給率を下げているのは家畜の
飼料を大量に輸入しているからなんだから。食肉を止めない限りは食料自給率
なんて上がらないんだから。農協とか立松和平とか、このままでは日本の風景
が失われる失われる、とか言うけれども、本当に日本の農業を守りたかったら
トマト農家みたいな兼業農家は全部潰して集約化して、遺伝子組み換えの種を
使うしかないのに、そんな事したら石田えりのおっぱいを揉めなくなるから、
農業が危ない、危ないとあおって石田えりを支配するんだよ。げぇーーーーー」
と又吐く。「昔っから男ってそうなんだよ。戦争の時にも白人から守ってやる、
守ってやるって、野麦峠で死んだし、東京大空襲の時には隅田川なんて死体で
水面が見えないぐらいになったのに。戦争が終われば今度は米の奪い合いでしょ。
拒食症の患者は必ず聞かされるんだよ。終戦後には闇米を買わないで餓死した
検事がいるとか何回も聞かされるんだよ。だけれども米はあったんだ。米はあっ
たのに権力者が横取りして闇市に流してそれを庶民が買うと警察が逮捕して取
り上げる。そういう庶民を裁いていた検事が理不尽に感じて闇米を食べないで
餓死したんだ。制度がおかしかったんだよ。制度は守ってやる守ってやるといっ
て何時でも殺すんだよ。明治大正から平成までずーっとそうなんだよ。「はい
からさんが通る」から「らいおんハート」まで何時でも守ってやる守ってやるっ
て言って殺すんだよ。阿部寛なんて「はいからさんが通る」じゃあ帝国軍人だっ
たけど戦争がなければ「結婚できない男 」に格下げなんだから。男は何時で
も守ってやる守ってやるっていって支配するんだよ」
ユーコが落ち着いてから二人でガードレールに座って休んでいた。二人とも黙っ
てじーっとしていた。私は妙に冷静だったな。前にエコテロが、ユーコって肛
門性愛なんじゃないかって言っていたのを思い出す。「フロイトなんて文学だ
と思っているけれども、ヨーコみたいに、がーっと食べて下剤飲んで一気に排
泄するというのは何か肛門性愛的な感じがするよ。あのおにぎりのゴマを取り
除く潔癖さも、豚の綺麗好きというか、一週間風呂に入らないで平気なのにウォッ
シュレットがないと駄目みたいな、肛門性愛的な感じ。そういう人って突然過
去のある一瞬を切り取ってきて、酷い目にあったーとわめき散らすんだよねえ。
ユーコの高校時代の音楽教師が、東京大空襲後の隅田川の死体の写真を散々見
せた後に、突然10年後はこうなったといってミッキーカーチスとか平尾昌晃
のロカビリーの写真を見せて、だから国の為に死ぬなんてアホらしいとかなん
とか教えていたって聞いたけれども、ロカビリーだって今思えば痛いかも知れ
ないけれども当時はそういう雰囲気があったんであって、そういうのを一切無
視して写真一枚切り取ってきて、日本人は馬鹿だ馬鹿だとわめき散らすってい
うのが肛門性愛的なんだけれども、あの音楽教師も聞くところによると、大腸
内視鏡で感じたっていうじゃない。そういう人の特徴としては、何故かプロレ
ス的なものが好きなんだよねえ。別に松浦理英子が女子プロ好きだからという
訳じゃないんだけれども、徹底的にやられてから一気に反撃するみたいなのが
好きで、テリー・ファンクがブッチャーにフォークで刺されて刺されて血だら
けになっているのを見て興奮したり、「ロッキー」なんかもそうかも知れない
な。やられてやられて最後に爆発するというのはためにためた大便を一気にカ
タルシスという感じではあるよなあ。男に散々いじめられて脳内で小林よしの
りをリンチして楽しむ。そんで、キューティーハニーとかスケバン刑事とか地
獄少女を愛読する。それからあとは、欺瞞のない愛みたいなものを求める。ユー
コってそうでしょ。親の愛には欺瞞はないか、とか。小田実は信頼出来るとか。
なんなんだろうねえ。ユーコの過去なんてトラウマでも抑圧でもなんでもない
よ。なんかの拍子で過去の一点を思い出してきて、それが原因でずーっと苦し
んできた、みたいに思うんだよ。オールドボーイとか同窓会毒ビール事件とか
元厚生次官刺殺事件みたいなもので、何か思い出して突然吹き上がるから怖い
よね」
ユーコはユーコで、「サイトウさんはヒステリー患者だね。ありゃ症例エメだ
よね。他人と自分の境界が分からないから、人が成功すると自分の所有物が失
われた気分になるんだろうね。だから表参道に若い医者が一人でもいたらまっ
たり出来ないんだろうねえ。そんで、共有財産だの全てはリナックスだの言い
出すんだろうね」と言っていたが。