#757/1159 ●連載
★タイトル (sab ) 09/10/21 18:52 (146)
She's Leaving Home(19)改訂版ぴんちょ
★内容
目を覚まして、エコテロさんのアパートに居るんだと分かった。新中野か。間
取りは玄関入るとキッチンで左手に流し台、右手にユニットバスなど、その先
に4畳半があって、その横に6畳間がある。私は4畳半に布団で寝ていてエコ
テロさんは6畳間のベッドで寝ている。夕べは何もされなかった。ここは一人
で住むには広いなあ。女と住んでいたのだろうか。女の気配はしない。テレビ
やタンスや本棚がおいてある。普段はこの部屋をリビングに使っていて奥の部
屋が寝室なのかなあ。
私は布団から抜け出してキッチンに行った。寒い。なんとなく家捜ししたらベ
ジタリアン用の食材が色々ある。大豆の水煮の缶詰とかトマトの缶詰とか、セ
ロリ、インゲン、野菜ブイヨンもある。これでスープを作りたいなあ。ベーグ
ルもあるし。エコテロの部屋に首を突っ込んで「ねえ、エアコン付けていい、
寒いから。あと料理作っていい」
「いいよお」とベッドの中からこもった声。
30分後に完成して一緒に食べる。コーヒーも入れた。
「美味しいね」とエコテロ。
「美味しいね」と私。
「このブイヨンはこくがあるな」
「大豆も栄養あるしね」
「大豆は畑の肉だからな」
「肉って言わないで」
エコテロさんの携帯が鳴った。「もしもし。おお。うん。うん、いいよ。うん、
あるよ。はーい。じゃあ」と言って電話を切る。「昨日話した人」と私に言っ
た。「これからビラ取りに来るって」
「ビラ? あー」夕べの話は酒の席での話じゃなかったんだ。
「彼女にビラを渡したら、俺、仕事に行かなくちゃいけないんだけれども」スー
プを見詰めながらエコテロが言った。「だからって帰ってくれっていうわけじゃ
ないけれども、俺が居ない間に居られても」
「うーん」
「今日はバイトは?」
「バイトは日雇いみたいなものだから行っても行かなくても…」
「じゃあどうする?」
「うーん」
「それとも彼女と一緒にビラ配りに行く?」
「えー。その人ってどんな人?」
「まぁ。普通とは言えないんだろうけど。でも暇だったら一回ぐらいビラ配り
をしてもいいかも知れないよ。これも環境保護活動だし」
「じゃあもしビラ配りに行ったらここに荷物おいておいていい? 夜取りにき
てそれで帰るから」
「いいよ」
やがてドアをノックして彼女が現れた。顔はCharaとかUA系。「ひなぎ
く」っぽい。ちょっとメンヘラっぽい。
「こちらユウコさん」とエコテロさんが紹介してくれた。
「ユウコです」
「アキコです」
「夕べの飲み会で盛り上がっちゃってさあ、泊まってもらう羽目になっちゃっ
たんだけれども、アキコはベジタリアニズムやアニマルライツの意識が高くっ
てビラ配りもしてみたいって言うんだよ。だから今日連れて行ってやってくれ
ない? ユウコだって一人じゃ詰まんないでしょ」
「別にいいけど」とちょっと不機嫌そうにユーコが言った。
でも新中野から表参道までの地下鉄の中で話してみたら、ユーコは優しいし、
しっかりしている人だと分かった。お互いの症状なんてちょろっと話して。ユ
ウコは二十歳の音大生で摂食障害で今は休学しているんだって。
「これがビラ」とユウコが見せてくれた。赤い字でA4の4分の1の紙に印刷
してある。地下鉄の中では読みづらい。
*****引用。
「誤りは真理に対して、ちょうど睡眠が目醒めに対すると同じ関係にある。人
が誤りから覚めて、よみがえったように再び真理に向かうのを、私は見たこと
がある。」
これはゲーテの言葉だ。僕たちは、自分で自分を決定する力を持っている。だ
から誤りを犯すこともある。しかし僕たちは、自分で自分を決定する力を持っ
ている。だから、誤りから立ち直ることも出来るのだ。
「君たちはどう生きるか」(吉野源三郎)
http:www.XXXX
*****引用終了
このビラを表参道に到着して、キデイランド前で配った。ヴィトンのバッグを
持っている人とかコートにファーがついている人とかスウェードのブーツをは
いた人とか、これからブランドショップに行きそうな人に渡す。だけれどもほ
とんどの人はスルーして行ってします。
「なかなか受け取ってもらえないね」と私は言った。「ティッシュでも付いて
いないと受け取ってもらえないのかなあ。受け取っても読むかなあ」私はビラ
の赤い字を見た。
「それサイトウさんが1枚ずつスタンプで捺したのよ。カラーコピーだと1枚
20円ぐらいかかるんだって」
「これ、どういう意味?」
「だから、みんなが世界とか歴史とか思っているものには根拠なんてないんだ
よーって。そんなのはルーズソックスとかチョンマゲとか中国のてん足みたい
なものなんだよーって。毛沢東のレンガ焼きと同じだよー」
「なに、毛沢東のなんとかって」
「毛沢東っていう中国の指導者がお百姓にレンガを焼けって命令したんだよ。
それでお百姓はひたすらレンガを焼いて畑を耕さなかったのでみんな餓死して
しまったんだよ」
「えー、なんでそんな」
「単なる思い付き。風船おじさんと一緒だよ。だから牛丼とかハンバーガーと
かヴィトンのバッグも思い付きだから考え直した方がいいよって事よ」
「だったらそう書けばいいのに」
「前のビラはもっと意味不明だったんだから」と言うとユーコは布の斜めがけ
バックから昔のビラを出してくれた。
*****引用
歴史に事実というものはない。あるのは解釈だけである。
ニーチェ「力への意志」
http:www.XXXX
*****引用終了
「なにこれ、こんなんじゃなくて」私は言った。「もっと毛皮を作る時のグロ
な画像とか印刷すればいいのに。でも印刷するとお金がかかるの?」
「そんなの配ったら逮捕されちゃうよ」
「だって実際に毛皮を作る時にはグロいんだから」
「ほら、これ」ユーコは携帯を取り出して操作すると画像を見せてくれた。禁
止マークの上にbullfightingと書かれたプラカードをもった裸の白人の男女。
男はペニスに包帯を巻いて隠している。「PETAのデモ。闘牛反対だって。
この格好で銀座のバーバリーにもおしかけたんだって」と言うと携帯を操作し
た。「ほら、これも」裸の女に精肉みたいにサランラップがかけてあって血の
りもついていてフレッシュというバーコードのシールが張ってある。見た瞬間
に口の中が酸っぱくなってきたのだけれども、それは梅干を見て唾液が出るの
と同じで、頭では下らないや、と思った。
「これはなんかモダンアートみたいな感じだね」と私は言った。
「でもPETAのホームページに行けばもっとすごいグロ動画がいっぱい見ら
れるよ」ユーコはPETAの画像をじーっと見ていた。「もし本当に覚悟があっ
たらこうやって脱ぐのかなあ」
「えぇ?」
「たとえばここで二人で裸になってヴィトンに突っ込むのかなぁ。だって動物
は本当に毛皮を剥がれちゃっているんだもの」
「そんな事いったら人体の不思議展の中国人だって皮をはがれちゃっているよ」
という話から、なんで私がこんなになってしまったかを話した。ガードレール
に座って30分ぐらい話しただろうか。
一通り話し終わってから「今日は人通りが少ないね」とユーコが言った。
「天気が悪いから」
「寒いね」
「そうだね」
「ご飯でも飯でも食べに行く? あそこにジョナサンがある」
ラフォーレの交差点の反対側のジョナサンに入るとメニューを見ながら「ご飯
だけでいいや。ドリンクバーと」私は言った。
「ご飯だけ?」とユウコ。「緑黄色野菜のドリアとかあるよ」
「だってそれ、ミートソースでいただくとか書いてあるし」
「ミートソースは後からかけるんだからかけないでも食べられるんじゃない?」
「でもチーズとか乗っているし」
「サラダがあるよ」
「生野菜ダメって言ったじゃん」
「そっかあ、菊池桃子かあ。煮た野菜は?」
「煮た野菜は平気だけれどもドライフラワーはダメだなあ、食べないけれども。
家の近所に花屋があってドライフラワーを作る乾燥室みたいなのがあって、蕾
のままの花をドライフラワーにするんだけれどもあれは可哀想だった。エコテ
ロリストが実験動物を逃がしてあげるんだったら私はあの花を逃がしてあげた
い」
「ふーん。私はこれでいいや」ユーコはわかめとジャコのサラダというのを注
文した。
料理が運ばれてくるとじゃこを割り箸で取り除いて食べる。私はご飯に醤油を
たらして食べた。
「ベジタリアンって辛いよね」とユーコ。
「ユウコさんって」
「ユーコでいいよ」
「ユーコってなんでベジタリアンになったの?」