AWC She's Leaving Home(18)改訂版ぴんちょ


        
#756/1159 ●連載
★タイトル (sab     )  09/10/21  18:48  (192)
She's Leaving Home(18)改訂版ぴんちょ
★内容
次の日の夜6時過ぎ。地下鉄道玄坂のコインロッカーにナップサックを入れる
とウェストポーチだけもってHMVに行った。店内はもうすっかりクリスマス
モードで、緑色のクリスマスツリーに赤いサンタクロース、銀色の鐘や星、み
たいな色使いの飾りつけがあちこちにしてあった。J−POPの売り場の入り
口で大きい液晶ディスプレイがあって、インディーズなんだかメジャーなんだ
か分からない草食系ロックバンドが映っていた。全然特徴ないなぁ。ジーンズ
メイトで買ってきたネルシャツにGパンをはいて、ABCマートで買ってきた
スニーカーをはいて、ギターはみんなテレキャスターで、マイクの前に突っ立っ
て単純なコード進行で棒読みみたいに脱力して歌う。こういうのがロキノンと
かから雨後の竹の子の様に出てきてライブハウスで盛り上がってエムオンで盛
り上がって夏フェスで何十万人も集める。CSだったらお母さんだったらLa
LaTVだな。婦人病の映画、婦人病のドキュメンタリー、婦人病にならない
健康食品の通販、あと何故か韓流ドラマ。お父さんだったら日本映画専門チャ
ンネルでATGとかよく見ている。でもあれはもっと上の世代が作った映画だ
ろうなあ。お父さんの世代はなんとなく文化的に不毛な感じ。丙午だし。兎に
角ああいう専門チャンネルって、混ぜればゴミ、分ければ資源みたいなリサイ
クル商法………違う違う。なんであの液晶ディスプレイの草食系ロックバンド
から韓流ドラマやATGが出てくるんだろう。こうやって尻取りみたいに妄想
していくからスマトラの地震と食卓のマグロがつながっちゃうのかなあ。弱者
の見る構造か。疲れる。自閉症の人はあらゆる景色が雨の日のフロントグラス
に映るネオンの様に滲んで見えて疲れるというが、私も何もかもが乱反射して
見えて疲れるよ。
と思いつつ尾崎豊のコーナーへ。携帯を見ると7時ちょっと過ぎ。あの人だろ
うか。CDの棚の反対側を歩きながらチラ見する。ピーコートを着ていて身長
175ぐらいかなあ。ココリコ田中とガレッジセールごりを足して2で割った
ような感じ。20代かなあ。30代かなあ。ぐるっと回って隣に行くと「エコ
テロさんですか?」と聞いた。
「アイさん?」
「はい」
「いやー、どうもはじめまして。いやー、今日もう一人来る筈だったんですけ
ど来れなくなっちゃったんですよ。どうします?」
どうしますって言われても。そもそも「今日はなんの集まりだったんですか?」
「まあ意見が合いそうだからお近づきになろうと」
「はぁー。エコテロさん達ってどういうグループなんですか」
「そりゃあ一言じゃあ」
「エコテロリストじゃあないんですよね」
「違いますよ」と激しく首を振る。
「じゃあビーガンとかアニマルライツのグループなんですか」
「じゃあここで話すのもなんなんで、どっかスタバでも行きましょうか」
スタバへは行かず居酒屋に行って湯豆腐とウーロンハイとグレープフルーツサ
ワーで乾杯した。エコテロさんが湯豆腐をよそうってくれて汁もかけようとす
るので。「ダメダメ」と私は言った。「それ、カツオ出汁とか入ってますよね。
エコテロさんってビーガンじゃないんですか?」
「ビーガンですよ」
「じゃあどうしてカツオ出汁なんて平気なんですか」
「このぐらい」
「ぐらい、って言わないで下さいよ。私なんて湯豆腐は食べても冷奴は食べな
いんですよ」
「なんで」
「絹ごしだったら絹を使っているから。絹って生きたまま繭を煮るでしょ」
「そんなそこまでしないですよ。一回混ざっちゃったものをわざわざ取り除か
ないですよ。今日来る筈だった人も凄い神経質で、コンビニのおにぎりのゴマ
を一粒ずつ取り除いたりするけど、ゴマ油でゼロ戦が飛ぶとかいって。そうい
うのってビーガンというよりも不潔恐怖症みたいな感じがするよな」
「エコテロさんって何やっている人なんですか?」
「今はマツキヨで働いているけれども」
「ふーん」
「マツキヨっていってもシャンプーとか並べているわけじゃないよ。そういう
のもやらされているけれども、一応薬剤師だから」
「ふーん」
「元は製薬会社にいたんだよ。研究職だったんだよ。それが何故か実験に回さ
れて」
それで酷いものを見せられて、アニマルライツに目覚めて、製薬会社を辞めて
病院に勤めて調剤をやっていたけれども医者に威張られて病院を辞めてマツキ
ヨの店員になったんだって。そんなことどうでもいいよ。そんな事より「エコ
テロさんのグループってどんな活動しているんですが?」
「そうだよねえ、まずそれを説明しなくちゃだよねえ」と言うとサワーを飲む。
「勿論ビーガンの生活をしよう、とか、アニマルライツを守ろうとか呼びかけ
ているんだけれども、既存の環境保護団体みたいに企業や行政に働きかけたり
しないんだよね、っていうか世界を変えようとは思わないんだよねえ、ってい
うかそもそも世界は無い、と思っているんだよ」と言うとサワーをきゅーっと
飲んでコップを置くと私の反応をうかがう様に見詰めた。
「世界が無い?」私は言った。
「そう」
「だって世界地図とか売っているし」
「あんなものは喪男が見る幻影だよ」
「へぇ? じゃあ日本もないの?」
「ないよ」
「じゃあ国会議事堂は?」
「あんなのは牛久大仏みたいなものだよ」
「…………」
「本当だよ。喪男が世の中ちゃんとしていればいいなあと思うから、権力者が
いかにもそれらしい建物を建てただけだよ」
「じゃあ喪男の思い通りの世の中ってこと?」
「そうじゃないよ。中身は空っぽだもの」
サワー一杯で酔ってるのかなあ、この人。「わかんない」と私は言った。
「じゃあもっと身近な例で…ところでアイちゃんって幾つなの?」
「10ーーーー9、19歳」
「何やってんの?」
「フリーター」
「あれ。本当の名前は?」
「アキコ、フクナガアキコ、エコテロさんは?」
「俺サイトウ」とエコテロが言った。「アキコさんって掲示板で給食が食べら
れないとか書いていたでしょ」
「うん」
「給食が食べられないと世の中に受け入れられないとか書いていたでしょ」
「うん」
「なんで?」
「だってあれはみんなが食べるものだから」
「それが喪男の見る幻影なんだよ」と言ってサワーを飲む。「あんなものはア
メリカの欲張りジジイが余った小麦を売りつけてきただけなのに。なんであん
なもの食べないと仲間はずれにされると思い込むのかねえ」
「だってみんながあれを食べているもの」
「だって元々は米だったじゃないの」
「米でもパンでもみんなが食べていればそれを食べなくちゃ。みんなと一緒が
いいっていうのが世間なんじゃないの?」
「違う違う、そうじゃなくって、例えば、これは俺のホームページにも書いて
あるたとえ話なんだけれども、例えばね、元々は川が流れていて井戸もあった
んだよ。それを誰かが埋めちゃって水道をひいたんだよ。みんなそこに生まれ
落ちて来たからそれが世界だと思っているし水道を飲むしかないと思っている
んだよ。それで突然水道からコカコーラが流れてきてもそれを飲まないと世界
に受け入れられないと思うんだよ。でも水道は世界じゃないし世界なんてない
んだよねえ。あるのは水道をひいた奴の意志だけなんだよ。給食も同じだよ。
あるのはアメリカの小麦ジジイの意志だけなんだよ。だから攻めるんだったら
そのジジイの意志を攻めないと。そんで、意志を攻めるには主体性を回復しな
いとダメなんだよ」と言うとぐぃーっとサワーを飲み干した。「すいませーん、
グレープフルーツサワーおかわりー。それで主体性というのは、この体は自分
の体、この地球はみんなの共有財産って感覚なんだけれども、その感覚を取り
戻すには、元々は川は流れていた、井戸もあったって事を思い出す事なんだよ
ねえ。国会議事堂の前にも何かあったんだよ。そんでそれは共有財産だったん
だよ」
「うーん」私はうなった。
「解った?」
「うーん」
「まあ一回じゃ無理だよね」
「よくわかんないけど、じゃあ具体的には何をやるの? その主体性の回復っ
て」
「ビラをまきます」
「ビラ?」
「そう」と言ってズボンのポケットのあたりを叩いた。「今日もってくればよ
かったなぁ」
「デパートの屋上とかからホコ天にどさーっと?」
「いや、一枚ずつ表参道で手渡しして」
「それは何人ぐらいで?」
「俺はマツキヨのバイトがあるし、ホームページも作っているから、今ビラを
配っているのは一人なんだけれども」
「一人…。なんかもっと大きな組織でやっているのかと思った」
「その、大きな組織とかいうのが喪男の見る幻影なんだよ。世界があると思っ
ているからそれに対抗するには大きな組織が必要だとか思うんだよ。だけれど
も相手は意志だからね。意志に対抗するんだったらどんなに小さくても主体性
があればいいんだよ。本当になんでこんなに小さなグループが意志に対抗出来
たんだろうという例は一杯あるよ。マルクスの独仏年誌なんて同人誌みたいな
ものだったし、ルソーなんてスイスの山奥から下りてきた浮浪者みたいなもん
だものなあ。知っている? マルクスとかルソーって」
「ルソーは知っているよ。教科書に載ってたから。ルソーとロックの写真が載っ
ていて、みんなルソーとロックとあべこべに覚えているの。ルソーはロックっ
て顔しているけれども、ロックってルソ〜って顔しているから」
それからウーロンハイを3杯おかわりをしてだんだん酔いが回ってきて何の話
をしただろう。JJの話をした。学校でハツネが言っていた話。或る日ある晩
の事でした。11時頃にMTV見ていたら、吉川ひなのとほしのあきがファッ
ショントークしていて、なんでこんなのやってんだろうと思って見ていたら、
シーンが変わって、山小屋みたいな所から青山レイラが出て来て、ウエスタン
ブーツに秋物のワンピみたいな格好で、麦畑のあぜ道みたいな所を散歩してい
て、そうしたら画面のすみっこにオカマっぽい男が出て来て、オカマの口調で、
このワンピはこういうところが素敵よね、この秋いち押しよね、とか言って、
今度は青山レイラがカメラ目線で、このワンピはブーツに合うとかデニムに合
わせてもいいとか説明していて、最後に画面の横に値段と電話番号が出て、そ
れを見ていたらハツネは涙が出てきたって。「何でJJがこんな事しなくちゃ
いけないの。こんなジャパネットタカタみたいな真似するぐらいだったらやめ
ちゃえばいいのに」
「そんな事言ったって、JJなんてハツネが生まれる前からあったんだからハ
ツネが嘆く資格ないじゃん」とヨシコが言った。
「もう読まない。こんなジャパネットタカタみたいな雑誌は読まない」とハツ
ネ。
「だったらちょうどいいじゃない。もう読まないんだったら下らない雑誌でちょ
うどよかったじゃない」とヨシコ。
そうしたらハツネが目を潤ませて遠くを眺めていたなあ。ハツネが見ていたの
は喪男が見るちゃんとした水道だったのかも知れないなあ。でも水道から出て
くるのはドクターペッパーで。でもハツネが生まれた時には既に水道管は配管
済みだったので嘆く資格ないじゃん。
それからエコテロさんがカートコバーンの話をしていたな。「尾崎豊の息子が
デビューするっていうけれども、尾崎といえば反逆のカリスマ、カリスマとい
えばカートコバーンだよなあと思って久々にPVを見たんだけれども、カート
コバーンは絵的に預言者だよねえ、イエス・キリストみたいな感じ。ステージ
の上から聴衆に向かって預言を告げる感じ。尾崎豊は逆で天に向かってみんな
の声を代弁している感じだよねえ。そうやって考えると西洋の礼拝は、ベネディ
クト16世の礼拝なんかも預言者の様にこっちを向いているんだよねえ。とこ
ろが日本の仏教だと僧侶も檀家も向こうを向いてお経を上げているんだよねえ。
お祭りのやぐらも天に向かって雨乞えをしている感じだよねえ。なんか西洋人っ
て自然の背後に人格を見るけど、ジェーン台風とか、日本人は森羅万象に神が
宿ると思っているからその違いかなあ。西洋人はその人格に対抗しようとする
んだよね。アルマゲドンみたいに、日本の場合は日本沈没だからね。主体性を
回復したかったらやっぱり西洋人みたいに一回神をぶち立ててから殺さないと
駄目なのかも知れないね。西洋って父親殺しだからね、日本の男はみんなマザ
コンだけれども。あっ、もうこんな時間だ。電車がなくなる」
井の頭通りに出ると「アキコんちってどっち?」とエコテロさんが言った。
「あっち。まん喫で寝るの」
「ああいう所は結核菌がうじゃうじゃいるんだよ。家に帰った方がいいよ」
「エコテロさんちってどこなの?」
「なんで」
「泊めてよ」
「えー」





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