AWC あやまちプレゼント   寺嶋公香


        
#404/566 ●短編
★タイトル (AZA     )  11/12/24  21:26  (352)
あやまちプレゼント   寺嶋公香
★内容
 昨日の雨は夕方までにはぴたりとやみ、イブは星空がきれいだった。今日も
朝から晴れ渡っている。ホワイトクリスマスはお預けとなりそうだ。
 暦や碧達が通う小学校は、今年の二学期が十二月二十五日まである。
 というのも、九月の頭に極端な豪雨が続き、数日間、臨時休校になった。授
業の足りないコマ数を消化すべく、時間割の調整が行われたものの、結局、足
りず。おかげで二十四日の終業式が今日に押し出されることになった次第。
「まったく。本当なら昨日出せていたのに」
 クラス委員を務める相羽碧は、双子の弟の暦とともに、早々と登校した。卒
業アルバムに載せるため、クラスメイト各人の一言を寄せ書き風に記したもの
を、忘れない内に提出しておく、ただそれだけのために。岩瀬という男子が、
あとであとでと言っている内に期限を迎え、それでも思い浮かばないからと家
に持って帰って考えると言い出した。万が一なくされると困る、それならうち
に来てさっさと書きなさいと命じ、昨日の夕方、書かせたのだ。
「おっ?」
 朝一番に提出を済ませた碧達は、教室前に来ると、職員室から持ち出した鍵
でドアを開けた。中に一歩踏み入れ、自分の机を見た途端に碧の口をついて出
たのが「おっ?」だった。
「何?」
 気のない風に聞いた暦も、姉の席に視線を向けて理解した。窓際の列、前か
ら五番目のその机の上には、筆箱大の直方体の包みが置いてあったのだ。赤と
緑が目立つ、明らかにクリスマスカラーの包装紙をしている。
「サンタクロースが現れたみたいね」
 すぐさま“プレゼント”に触るような真似はせず、着席した碧。暦は手提げ
鞄を置くと、姉の席の横に立った。
「開けたら」
「うーん、もらう心当たりがない」
「……」
 暦は口ごもった。弟の口から言うのもなんだが、姉は美人だ。表立って意思
表示しないまでも、碧に好意を寄せる男子は多い。そして、姉は自身が美人で
もてると自覚しているはずなのだが、それなのにプレゼントをもらう心当たり
がないとは、理解できない。
「それに、気味悪くない?」
「黙って置いていくことが? そりゃあ顔を合わせて渡すのは恥ずかしいとか
何とかだろ」
「じゃなくてさ。教室、鍵が掛かってたのよ。言ってみれば、密室にいきなり
物体が出現したように見える状況」
 いきなりではないぞ、と心の中で突っ込みを入れる暦。まあ、言いたいこと
は分かる。昨日の放課後、岩瀬のことで最後まで教室に残っており、鍵を閉め
たのは暦達だった。帰り際、姉の机には何もなかったし、教室内に残る者はい
なかった。
 それが、今朝来てみたらこうなっていたのだから、閉ざされた教室に物体が
現れたように見えると表現しても、間違いではない。
「そんなの、昨日、僕らが帰ったあと、誰かが鍵を借りて入って、置いていっ
たんだ。それしかない」
「確かにね。私達が帰ったかどうかは、ずっと見張っていなくても、下足箱を
見れば分かるし。――ようし、気になるから先生に聞いてこよっと」
 がたんと音をさせて席を立った碧は、暦を置いて廊下へと消えた。
 姉のいない間にプレゼントの中身を見ることもできたが、やめておく。代わ
りに暦がしたのは、そのプレゼントを姉の机の中に押し込むこと。同級生達が
登校してきて、この包みを見られると、何やかや言われるに決まっている。そ
れを避けるには、ひとまず隠すのがいい。
(これを置いた奴だけ、反応が違うだろうから、やってくる男子達を観察して
いたら、正体が分かるかもしれないな)
 そんなことを考えながら戸口の方を見ていると、三人目のクラスメイトが登
校するよりも先に、姉が戻ってきた。
「どうだった?」
「おかしいの。『教室の鍵を昨日、私が返したあと、クラスの誰かが来て持ち
出しました?』って先生に聞いたら、思い返す仕種をしてから『いや、そんな
人は見ていない。鍵を取りに来た人はいなかったわ』だって」
 各教室の鍵は、職員室奥の壁に設置された、鍵掛けボードにずらっと提げて
ある。誰にも見とがめられず、こっそりと鍵を持ち去り、また戻すなんて不可
能だろう。職員室が無人であれば可能だが、そんなタイミングが二度連続する
なんて、まずあり得ない。
「それに、先生は職員室を閉めるまで、ずっといたと言ってる」
「じゃあ、窓か後ろの戸が開いていたことに……」
 姉妹二人は、暦の言葉の確認をした。結果、どちらも内側から施錠されてい
たことが分かった。
「本当に密室? あり得ないわ」
「……プレゼントを置いた誰かは、元々教室の中のどこかに隠れていた。僕ら
が帰ったあと、その隠れ場所から出て来て、プレゼントを置き、また隠れる。
そして今も」
「まさか」
 一笑に付そうとしたができない。そんな風情で、教室後方の掃除道具入れに
目をやる碧。
「ないない」
 暦が笑いながら言った。
「昨日、掃除のとき、最後に箒を仕舞ったけど、いつも通りだった」
 そして掃除道具入れに近寄ると、扉をごんと叩いてから一気に開けた。中に
は箒やちりとり、モップなどが雑然と並んでいるだけで、異常はない。
「どうしても気になるのなら、それ、開けて誰からの物か確かめたらいいじゃ
んか」
「そうね。当人に聞くのが手っ取り早い。……どこへやったの?」
「机の中」
 碧はプレゼント――らしき物――を両手で引っ張り出して机の上に置くと、
人差し指の爪を使い、包装紙を留めるテープをきれいに剥がした。続いて包装
紙自体も取り去り、これまたきれいに折り畳むと手提げの横ポケットに滑り込
ませる。メッセージカードの類は、今のところ見当たらない。
「これ何?」
 現れたのは、茶色の直方体の箱。その表面には特に意味のある文字はなく、
黒い線による円やら三角やら星といったマークが描いてあるくらい。次いで、
ふたを開ける。中身は白い固形物が十二個。2×6の升目に収まっている。一
個の大きさは、人差し指と親指とで形作ったコインほどだろう。それぞれ白い
粉をふいたようになっていた。
「……石鹸?」
 真上から見ていた暦がそう漏らすと、碧が目を見張って首を横に振った。
「やだ。石鹸の贈り物って確か、『おまえ、におうぞ』というメッセージを込
めるものじゃなかった?」
「知らん。でもまあ、石鹸じゃないな、この匂い。甘い感じがする」
 机に手をつき、白い固形物に顔を近付けた暦は鼻を一度、くんとさせた。同
じようにした碧は、「きっとチョコレートよ」と結論づけた。
「お手製みたいだけど、男から手作りチョコをもらう心当たりは?」
「ないわ。そりゃあね、うちのお父さんは小さな頃からお菓子作りをしていた
というから、男子でもお菓子を手作りして不思議じゃない。けれど、もらう心
当たりはゼロ」
「箱の中にも、メッセージ的な物は……ないみたいだね」
「プレゼントを置いていくなら、普通、メッセージカードの一枚でもつけるも
のなのに。気の利かない」
 恥ずかしくて名前を書けなかったという可能性には思い当たらないのだろう
か。そう思った暦だったが、言葉にはしない。それよりもっと面白い可能性が
浮かんだ。
「考えてみれば、男子とは限らないな。女子の誰かかもしれない」
「クリスマスのプレゼントを贈るのに、女子同士でこんなこそこそやる必要が
ないわよ。普通に手渡ししてくれれば、喜んで受け取る」
「……」
 この前テレビで見た同性愛の話を持ち出そうとしたが、これもすんでの所で
やめた暦。いたずらに話をややこしくしてもしょうがない。
「私、考えてみたんだけれど――」
 碧は他のクラスメートが来ない内にと、謎の贈り物を手提げに仕舞い込んだ。
「――名前も書かず、こんな物を置いていくということは、ひょっとしたら最
初は手渡しするつもりだったのかもしれない。それが直前で予定をどうしても
変更しなくちゃならなくなって、こうして黙って置いて行った。どう?」
「急な予定変更があったって、メモをさっと書いて挟むぐらいはできそうな気
がするけれど、そこは人によって違うか……。単に気付かなかっただけとか、
メモを書く時間さえなかったとか。でもさ、姉さん。その考え方で当たってい
たとして、教室の鍵はどうなるの」
「その問題があるのよねー」
 首を捻る碧。
「あとでまた先生に聞いてみるつもり。もっと詳しく、突っ込んで」
 廊下が不意に賑やかになった。クラスメートらの第一陣が到着したようだ。

 暦は放課後を迎えるまで――といっても午前中の早い時点で終わるが――ク
ラスの男子の様子に注意を配った。姉を思ってのことではあるが、それと同時
に、姉にクリスマスプレゼントをするような男子が誰なのか、姉より先に突き
止めたかった。姉の女としてのよさが今ひとつ分からない弟にとって、ぜひと
も聞いてみたいことなのである。
 あっという間に放課後になり、結局、当たりを付けることができなかった暦
は、帰る前に、少しだけ直接行動に出てみた。以前、姉のことをよいと言って
いた友達三名を掴まえると、他言無用と前置きした上で「今朝プレゼントを置
いたのはおまえらじゃないか」と問い質す。
「クリスマスにプレゼントって、そんなことをした奴が!」
 声を大きくしかけた勝浦を、暦はひとにらみして静かにさせた。
 姉の碧はもうすでに職員室に向かっている。担任教師にもう一度、鍵の件に
ついて尋ねるためだ。
 姉が不在のところでも、クリスマスプレゼントをもらったらしいという噂が
広まるのは、なるべく避けたかった。いや、避けねばならない。でないとあと
が恐い……。
「碧さんをいいと思ってる連中、いっぱいいるけどな。抜け駆けをした奴はい
ないはずだぜ」
 茂野が言った。クラスで一番スポーツが得意な彼は、そのためか友達関係が
広く、他の男子の動向をよく掴んでいる。尤も、その網をかいくぐってやるか
らこそ抜け駆けなのだが。
「大勢いるのか」
 そっちに引っかかりを覚える暦。
「そいつらみんな、おまえらみたいに姉さんの見た目に惹かれてるのかな?」
 特に親しいこの三人からは、相羽碧のどこがよいのかを聞いたことがあった。
その際には間違いなく、「顔やスタイル」と言った返事をもらったはずなのだ
が。
「見た目だけじゃねーって」
 三人は声を揃えて否定したきた。続けて性格だの何だのと挙げる友達の言を、
暦は受け流した。
「見た目に惹かれたとしたって、男子のほとんど全員が好きになるってのはお
かしいだろ。うちの姉さんなんかよりも他の女子がいいと、はっきり言ってる
奴はいねえの?」
 話がずれていると感じつつ、ついでに聞いた。所が眼鏡の位置を直しながら
答える。
「そりゃあ、そんな奴もいるよ。少なくとも一人、僕の目の前に」
「……弟の俺を数に入れるなっ」
 指差してきた所の手をはたこうとするが、かわされた。所は笑い声を立てつ
つ、「ごめんごめん。でも、他に確実な奴となると、過去形になっちゃうな」
と気になる言い回しをした。
「過去形? 死んだ奴、いたっけ」
「違う違う。中村君だよ。転校した」
「ああ」
 思い出した。今年の夏休み前に、家の都合で北海道の方に引っ越したクラス
メートがいた。
「あれ、でも中村は、姉さんともよく喋ってたし、他に好きな女子がいるよう
には見えなかったな」
「それは暦の目には、小倉さんしか映っていないせいだろうな」
「――関係ない」
 好きな女子の名を出され、一瞬口ごもる暦。横目で教室内の様子を探る。ど
うやら彼女も退出済みのようだ。
 すると、茂野がやはり教室全体に視線をやってから、声を潜めて言った。
「中村は多分、船谷さんのことを好きだったと思う」
「船谷さんか」
 言われてみれば……。この手の話題に比較的疎い暦でも、この組み合わせに
はまあまあ合点が行った。最初は一方的に話し掛けられて、迷惑がる素振りを
見せていた中村が、いつの間にか親しく会話するようになっていたのを思い出
せる。
「五年のときは、中村も碧さん一本槍だったと思うけど、船谷さんが積極的に
迫ったって感じ」
「バレンタインに何か上げたって噂だけど、ほんとかな」
「本当らしい。なのに転校。笑い話にもなんねえ」
 と言いつつ笑う三人。彼らを横に、暦はふっと思い当たったことがあった。
(船谷さんの前の席って、確か……)

 相羽碧と暦は姉妹であり、当然、同じ家に住んでいる。だから下校は、タイ
ミングさえあえば、最終的には必ず二人きりになる。
「朝の謎のプレゼントのことだけど」
 二人だけになった時点で、暦が切り出した。
「先生に改めて聞いて、何か分かった?」
「まあね」
 そう答える碧は、含みを持たせたような笑い声を付け加えた。
「去年の今頃、クラスでクリスマスのお楽しみ会をやったじゃない。あのとき、
暦達が手品の見破り合戦をやったのがきっかけで、先生ったら、言葉の理屈に
拘るようになったみたいなの。特に私や暦を相手にするときは」
「確かに、そんな感じはあるね」
「そこを踏まえて、今朝、最初に先生に鍵について聞いたときのやり取りを思
い出すと、『クラスの誰かが持ち出したか』って尋ねたのよね、私。それを恐
らくわざと四角四面に受け取った先生は、『クラスの誰も鍵を持ち出していな
い』という意味で答えた。でも実際には、クラスの人じゃない誰かがやって来
て、鍵を借りていったのよ」
「それ、確かめたの?」
「もちろん。そうしたら、先生、口元に笑みを浮かべながら、『いいえ。学校
の人は誰も鍵を持ち出さなかったわ』って。一瞬、混乱しちゃったけど、すぐ
に閃いた。それで、『もしかして、学校の人じゃない誰かが、うちのクラスの
鍵を持っていたんですか』って聞いたわけ」
「やっぱり」
 暦の反応に、先を歩いていた碧が眉を寄せる。びっくりしたような見開いた
目で振り返って、「何が、やっぱりって?」と聞いてきた。
「たいしたことじゃない。姉さんの席って、一学期までは船谷さんの席だった
と気付いて。それでひょっとしたら、二学期になって席替えがあったのに、気
付かずにプレゼントを置いたという可能性が、頭に浮かんだんだ」
 たいしたことじゃないと言った割に、自慢めいた口ぶりになるのを自覚した
暦。手の甲でごしごしと口元を拭う振りをし、姉の様子を窺う。
「なるほどね」
 二度三度と頷くと、碧はまた前を向いて先を歩き始めた。
「当たりよ。中村君がやって来て、鍵を借りて行ったんだってさ。一足早く冬
休みに入ったから、遊びに来たのね。でもこっちは終業式すら終わってなかっ
たから、少なくとも昨日は、直接顔を合わすことができずじまい。持って来た
プレゼントだけでも渡したくて、教室の鍵を借りたと」
「なら、間違いないか。中村の仕業かどうか、迷ってたんだ。わざわざ鍵を借
りて開けて、教室の机に置くものかな。下足箱に入れれば、それで充分だと思
う」
「サイズは……多分、下足箱にも入るわね」
 手提げの口を両手で開き、見下ろしてから答えた碧。
「きっと、食べ物を靴と一緒に置くのが嫌だったのよ。暦だって、女の子に食
べ物のプレゼントをするのなら、下足箱には入れないでしょ」
「そりゃそうだけど」
 暦は今年のバレンタインデー、下足箱にチョコを入れた女子がいたことを思
い浮かべ、打ち消した。
「鍵を持ち出したのが中村君と聞いて、一瞬、あのチョコは正真正銘、私宛の
プレゼントかなとも思ったんだけどな」
 碧が言った。
「何で。好かれていると意識してたのか」
「違うわよ。五年の外掃除で、中村君が掃除道具で手に怪我をしたことがあっ
たでしょ。あのとき、ハンカチを貸してあげたのよ。中村君てば、血が付いた
のを気にして、代わりの物を渡そうかみたいなこと言ってさ。私がいいよいい
よと何度も断ったから、納得した様子だったの。それを今になって……と思っ
たわけ」
 一気に喋った碧は、空を見上げるように大きく伸びをすると、話を続けた。
「さあて、意見の一致を見たことだし、これから方向転換しようかしら」
「……?」
 自宅を目前にして、姉が妙なことを言い出したぞと暦は首を傾げた。碧はそ
んな弟に微笑を返し、自らの手提げを指差した。
「船谷さんの家に行こうと思うの。これを正しい相手に渡さなくちゃ」
「そりゃそうだ。でも、姉さん一人で事足りる」
「私一人で行くよりも、二人で行く方がいいに決まってる」
「何で」
 二人は足を止め、話を始めた。
「考えてもみてよ。自分を好きな異性が、相手を間違えてプレゼントを置いて
いったのよ。理由はどうあれ、いい気はしない。その上、間違われて受け取っ
た人が一人でそのプレゼントを届けに来たら、拍車が掛かる。間違えた人にも
恥を掻かせることになるし。二人で届ければ、また受け止め方も変わってくる」
「そんなものですかねえ」
 百パーセントの納得はしていない。ただ、クラスの男子達に人気があって、
モデルをやるほどの姉が一人で行くよりは、弟である自分が同行した方が印象
が和らぐかもしれないとは思った。
「行くの? 行かないの?」
 答を待ちつつ、きびすを返した碧。今にも、来たばかりの道を戻りそうだ。
 暦は足先の向きを換えずに、「付き合うさ」と答えた。
「ただし、歩きじゃなく、自転車で」

 船谷家まで出向いた相羽姉弟だったが、先客がいた。玄関前で鉢合わせをし
たその先客とは。
「――やあ。久しぶり」
 唐突な再会に、中村は片手を軽く挙げ、型通りの挨拶をするのが精一杯とい
う体であった。この年齢にしては整った顔立ちに、狼狽が浮かぶ。
 面食らったのは暦達も同様で、「久しぶり」と行ったきり、次の言葉がすぐ
には出ない。
「な、何なに? 碧さんに……暦君まで」
 上がり框に立つ船谷が、靴を引っ掛けて慌てたように出て来る。元クラスメ
ート同士の男女が、片方の自宅で二人きりで(実際には船谷の家族が在宅して
いるだろうけど)会っているところを目撃され、恥ずかしがっているのがあり
ありと窺えた。
「えーと、配達間違いがあったみたいだから、来てみたんだけど」
 碧が四人の中で一番早く冷静さを取り戻した。用件を伝えると、プレゼント
の入った手提げを軽く持ち上げてみせた。
「間違い? それってもしかして」
 中村が指差してくるのへ、手提げを開いて中を見せる。覗き込んだ中村は、
「あ、これ、確かに僕が置いた物だけど」
 と、あっさり認めた。碧は満足げに頷く。次に、中村の胸元辺りを指差した。
「やっぱり。何で、宛名と自分の名前ぐらい書かないのよ。おかげで悩まされ
た」
「え……名前、書いてなかった? 忘れてた」
 後頭部に手をやり、照れ笑いを浮かべた中村。赤みがかった顔のまま、弁解
するように続ける。
「でも、宛名は書かなくても、碧さん宛だと分かるからいいと思うんだけどな」
「え?」
 碧は叫び気味に反応し、暦と目を見合わせた。暦の方もしばし、ぽかんとし
てしまった。
「待った。このチョコ、船谷さんにあげるつもりで、一学期の船谷さんの机に
置いたんじゃないのか?」
 一歩前に出て尋ねる暦に対し、中村は中村で、「ええっ?」と声を上げた。
暦の質問を無視し、船谷へ振り返ると、「ごめん、さっき渡したやつ、間違え
たかも」と言い出した。船谷は意をくんだのか、靴を脱ぎ散らかして家の中に
戻って行った。
「どういうこと?」
 改めて聞いた碧に、中村が頭を下げる。
「本当にごめん。渡す物を取り違えちゃったようで……。ホワイトチョコは船
谷さんに渡して、碧さんにはハンカチを」
「何だってー?」
 その直後、船谷が持って来たプレゼントの箱――外観は碧の机にあった物と
そっくり――の中身を四人で確かめてみると、刺繍模様の入った白いハンカチ
だった。
 おかえしのハンカチである旨を伝えるメッセージカードも、名前入りでちゃ
んと付いていた。

「ほんっとに、人騒がせな」
 帰り道、姉と弟は脱力の余り、自転車を押して歩いていた。
「姉さんがもう少し、先生に突っ込んで聞いていれば、こんなに疲れることも
なかったように思うぞ」
 暦の指摘に、碧は無言で応じた。
 中村がどうやって碧の席を認識できたのか。答は簡単。鍵を借りる際に、先
生に聞いていた、ただそれだけだった。
 では、どうして下足箱ではなく、鍵の掛かった教室内の机の上にわざわざ置
いたのか。食べ物ならともかく、ハンカチなのだから気にしなくてもかまわな
いだろうに……。
「僕が来たとき、下足箱は乾いた土が結構付いてたんだ。ああ、碧さんだけじ
ゃなく、どの人のもだけど。昼過ぎまで雨だったから、当たり前だよね」
 台詞の通り、当然という顔で答えた中村に、碧と暦は苦笑いを返すしかなか
った。
 最前のそのやり取りを思い出したのか、碧は悔し紛れに言った。
「昨日は岩瀬君のことで、慌ただしかった。普段なら、もうちょっと下足箱を
きれいにして帰るわ。うん」
「そんな自己弁護しなくたって、プレゼントを置き間違えた中村が一番の原因、
一番悪い。それでいいじゃん。ぎりぎり、船谷さんに嫌な思いをさせずに済ん
だんだし」
「でも、推理が間違っていたのが納得行かないのよねー」
「……」
 そうだった。暦は内心、呟いた。
(姉さんは、名探偵が好きなんだった)
 昔、姉弟間でした会話が思い起こされた。
 自転車を押して歩道を進み、生活道路に入り、角を折れて歩き馴染んだ小路
に。本日二度目の帰宅まであと数分。そんな頃合いに、横の道路をグリーンの
乗用車がゆっくり通り過ぎ、一メートルほど手前で停まった。
「あ、地天馬さんっ」
 気が付いた碧は、スタンドを立てて自転車を置くと、車のそばに駆け寄った。
 その後ろ姿を追いつつ、暦は思った。
(探偵にあこがれるのはいいとしても、これじゃあ同級生の男共は絶対に報わ
れないな)

――おわり





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