AWC かぜをひいた  談知


        
#254/566 ●短編
★タイトル (dan     )  04/12/25  05:40  ( 44)
かぜをひいた  談知
★内容
 ここ数日かぜをひいている。かぜをひいて寝ているとじみじみ誰
かいることのありがたさを感じるね。ワタシは母と暮らしているの
で、ぼーと寝ていても母が食事を作ってくれる。水や薬も持ってき
てくれる。まことありがたいことである。これがひとりだったらと
思うと、本当にぞっとするではないか。熱をだしてうんうんうなっ
ていても、誰も助けてくれない。水を飲みたければいかにしんどく
ても自分で飲みにいくしかない。うーんたまらんね。よく結婚した
くなるときは、病気になったときとかいうデータがでるが、まこと
もっともなことだと思う。
 かぜをひいて寝ているといろんなことを考える。自分はいったい
何のために生きているんだろうとか。ワタシはいったい何のために
いきているのか。生きているから生きている。ただそれだけの存在
なのか。何かやるために、この地球に生まれてきたのじゃないのか。
その何かとは、ワタシの場合、当然書くことだろうと思う。ワタシ
の今までの人生は、この書くということのためにあったと思ってい
る。今まで経験したこと、考えたこと、それらすべては、書くとい
うことのためにあったのだという確信。それがワタシにはある。書
くことによって、ワタシはこの地球に何かを刻み込むことができる。
そういうふうに、ワタシは思っている。
 かぜをひいて、他にやることもないと、いろいろ考える。これま
での人生を振り返ったりする。ワタシの人生。ろくでもない人生だ
ったが、それなりに一生懸命やった人生だったようにも思う。ワタ
シの誕生日は1月1日である。この正月元旦で、ワタシは50歳に
なる。50やて。20歳くらいのころ50のひとをみたら完全にじ
じいと思っていた。おじさんというよりおじいさんに近いひととい
うイメージをもっていた。そんなワタシが50ちかくになって思う
ことは、50なんてまだガキということだ。大人の落ち着きとか全
然ないね。50というところからイメージされるような大人のイメ
ージはまったくない。ガキがそのまま50になっちゃったという感
じでしかない。まあそれもある意味当たり前かもしれない。平均寿
命が50歳60歳のときの50歳と、今のように80歳にもなると
きの50歳では、やはり意味が違うと思う。昔の50歳は今よりは
るかに成熟していたと思う。今はまだ途上の50歳である。大人に
なるまでが20歳であるとすると、そこから数えると、平均寿命で
は、まだやっと半分来たところである。あとまだ30年もあるのだ。
成熟しなくても当然かなと思うね。
 ガキのまま生きていくのも面白いじゃないか。何も大人ばかりが
いいわけでもないだろう。要は自分が納得いく人生かどうかだ。ガ
キのまま面白おかしく生きていければ、それはそれで立派というか、
楽しい人生ではないかな。成熟して余裕のある大人の人生ばかりが、
いい人生というわけでもあるまい。
 かぜをひいて寝ているのはしんどいことではあるのだが、普段考
えないようなことを考える良い機会ではあるのだな。そんな時間も
人生には必要だろう。





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