#188/569 ●短編
★タイトル (dan ) 04/10/15 04:27 ( 44)
一意専心 談知
★内容
一意専心を新明解国語辞典で引いてみると「ただひとつのことだ
け心を注ぐこと」とでている。つまりあれこれ余計なことはせず、
ただひとつのことだけやれ、ということだろう。まあ基本的にこれ
は正しいと思うね。あっちをやり、こっちをやりして、結局どれも
ものにならなかった、ということはよくあることだ。ひとの持つ能
力そして時間は限られている。その限られたものがひとつのものに
向けるか、いくつかのものに分散して向けるかというのは、大きな
違いを生むだろう。
もっとも、ワタシの経験によれば、血液型によっては違うことも
あるけれどね。B型なんかながらが得意だ。いくつものことを同時
にやって、そのどれもがいい結果をだしている。いくつか同時にや
るほうが返っていい結果がでる。そういう傾向がある。こういうひ
とはひとつのことだけやる必要はないだろう。それに対してA型O
型のひとなんかは、いくつものことを同時にやるというのは苦手な
傾向があるね。1プラス1が2にならない。つまりどっちも1にな
らない状態になる。どっちも中途半端になるわけだ。これが趣味だ
ったら、そこそこでもよしとすることもあるかもしれない。ふたつ
やって2までいかないかもしれないが、ひとつの1よりは多くなっ
ているではないか。という考えもある。しかし、プロとしてやって
いく場合、中途半端なものがふたつあっても意味がないのである。
それでは商売はできない。完全なものがひとつあったほうがいいわ
けである。
ワタシの場合考えてみても、今までいくつか同時にやって、どれ
もうまくいったということはあんまりない。やはり一時にはひとつ
のことをやったほうがうまくいっているようである。だいたいワタ
シの人生って一点集中主義できているのだ。20代は旅ばかりして
いた。30代は本ばかり読んでいた。40代は女性と付き合ってば
かりいた。それ以外のことってあんまりしていないんだよな。そう
いう一点集中主義というか一点豪華主義というか、そういう生き方
をしてきた。それでべつに後悔もしてない。あれもやっておけばよ
かった、これもやっとくべきだった、とかいったことは全くない。
ひとは、ひとつのことを深くやっておれば、他のことをしなかった
からといって残念なことはないのだな。それだけで十分満足してい
るわけである。
さて、今まではそうして一点に集中してきた。ではこれからの5
0代はどうするのか。もちろん書くことに集中するわけである。考
えてみれば、これまでやってきたことの総仕上げというか、結果を
いかすのが、書くことなわけだろう。今まで生きてきてあれこれや
ってきたことの意味は、書くことのためである。そう言い切っても
いいと思う。
貴乃花が横綱になるとき、使者が来て、その使者への答礼が、た
しか「一意専心相撲道に精進します」だったと思う。ワタシもまた
そう言おう。
「一意専心書くことに精進します」