#186/569 ●短編
★タイトル (dan ) 04/10/13 04:53 ( 48)
文章を書くということ 談知
★内容
ワタシにとって文章を書くということは、いったいどういう意味
があるのだろう。これって本当にワタシに必要なものなんだろうか。
だって、今現在そんなに書きたい感じもないのだよな。どうしても
書きたい衝動が突き上げてきて困る、というようなことはない。何
となく書かねばならないと思って書いている感じが強い。
読みたいという衝動は強い。本でも雑誌でも、次々読んでしまう。
これに比べると、書きたいという衝動は、どうにも弱い。面倒だか
らかね。
ただ、読書は、どうみても受動的行為であるのに対し、執筆は能
動的行為であることは確かなことだ。受動的行為のほうが楽にでき
るが、本当に楽しいのは能動的行為のほうだろう。ただ、その分困
難さやしんどさは強くなるわけだが。書くのがしんどいのは当然な
ことで、それを乗り越えてみると、その後に楽しさがある、のだろ
うと思う。今書くのがしんどいのは、まだ乗り越えていないからだ
と思う。こうやって、しんどくても書いているうち、いつしか乗り
越えて、楽に楽しく書けるようになるんじゃないか。
書くといっても、何を書くのかという問題がある。今現在書いて
いるのは、いわゆるエッセイというやつである。プロになることを
考えると、小説を書かねば話にならないわけだろうが、今は小説を
書くだけの余力がない。書く気になれない。ワタシにとっては、エ
ッセイを書くほうが楽に書ける。小説を書くほうが難しい。今現在
はそうである。まあ世の中の作家というのを見てみると、エッセイ
から入って小説家になったというひとも多い。中島らもがそうだし、
林真理子なんかもそうだ。群ようこもそうだよな。だから、今エッ
セイを必死に書いて、やがては小説を書くというコースでいいんじ
ゃないかな。やがて、になっても小説が書けなければ、エッセイス
トでやってもいいわけだし。そんなにジャンルにはこだわらない。
文章を書くだけの内容がワタシにあるのか。これについては分か
らないとしかいいようがない。ワタシは事前に内容を考えて書くと
いうことはほとんどない。こうしてパソコンに向かって、その瞬間
から考え始める。それまでは何にも考えてないのだ。だから、エデ
ィタに文章を書き、書きながら考えている。一語書いて、次の単語
を考えている、というような書き方だ。文章はすでに頭のなかにで
きていて、書くのはそれを写しているだけというようなひともいる
らしい。中島らもがそうだったと聞いている。そんなのは信じられ
ないね。もちろん落ちを思いついて、それに向かって書くというこ
とはある。でも文章全体が頭にある、というようなことはない。第
一、そんなん書いていて面白くないじゃないか。いったい自分は何
をいいたいのか。書いていてそれがだんだん分かってくる。これが
ワタシが文章を書く醍醐味である。自分で自分を発見できる。ああ
オレってこんなこと考えていたんだなあと分かる。それが楽しみで
はないか。それが文章を清書するだけだと、てんでつまらない。そ
んなつまらないことなら、やらないほうがまし、という感じがする
ね。
文章を書く、ということを、ワタシの人生の優先順位の一位にお
く。それはもう確定していることだ。文章を書くことを、あらゆる
ことに優先させる。その覚悟で、この人生を送っていきたいと思っ
ている。どんどん書くぞ。