AWC 大凧祭のこと  已岬佳泰


        
#30/569 ●短編
★タイトル (PRN     )  02/08/25  08:33  (196)
大凧祭のこと  已岬佳泰
★内容
 登場人物  私(石見悦子)32歳。
       フリーのアナウンサー。
       不倫騒動でキャスターを下ろされたばかり。

       友人(楜沢鉄雄)32歳。
       地方公務員。大学卒業後F村に戻り
       地域興しの仕事を続ける。

 空いっぱいの青が気持ち良い。
 隣りにいる友人のことは忘れて、私は思いきり背伸びをした。正面のA岳に薄い刷毛
雲がかかっている。
「なーんだ、ニッポン晴れというわけじゃないんだ、残念」
「そりゃそうさ。だってな……」
「分かってるって。雲が無ければ風は来ない。風が来なきゃあ、祭りにならない」
「そういうこと」
 ずいぶんと久しぶりのはずなのに、昔なじみとの会話は瞬く間に時を越える。ぞんざ
いな挨拶と単刀直入なつっこみ。それは意外なほど心地よく私の気持ちをくすぐってく
れる。

「大凧祭に帰ってこいよ」
 誘われたのは私の方だ。8年ぶりの帰郷だった。8年といえばひと昔、いくら田舎と
は言え、コンビニが建ち、道は開けて……と予想していた。ところがところが、私の故
郷の寂れ具合はほとんど変わっていない。気候までもがまるで別世界だった。
 東京では皮膚が溶けだしそうなくらいの酷暑だったというのに、新幹線で一時間半、
さらにバスで一時間ばかり来たN県F村では、川面をわたる風にもう秋の冷たさを感じ
る。
 私たち……私、石見悦子と友人、楜沢鉄雄は、F村の真ん中を流れる大川の堤防に並
んで腰を下ろしていた。反対側の雑草が刈り取られた堤防では、約100畳と言われる
大凧を中心にして、大勢の引き手が忙しそうに動いている。四角い大凧本体にとりつい
て、なにやら点検している一団。大凧からのびた綱を解きほぐしている人たち。みんな
F村の男たちらしい。大川の両岸には私たちも含めて、そこそこの見物客が集まってい
た
 リーダーとおぼしき法被姿の男はさっきから幾度となく空を見上げている。それに合
わせて、つられるように私も空を見上げる。風を見ているらしい。

「大凧祭の由来だけどさ。覚えてる?」
 鉄雄が言う。私は「そら来た」と思う。大学卒業以来ほとんど音信不通だったから、
いきなり大凧祭に来いなんてちょっと変だとは思っていた。学生の頃から鉄雄は、ある
ことに興味を持っていた。大凧祭とそれの因果関係を学内新聞のコラムに発表したくら
いだ。
「覚えているわよ。御説では、F村の大凧祭とは姥捨て伝承、つまり棄老因習の名残り
だというのでしょう」
「おお、嬉しいね。ちゃんと覚えておいてくれたんだ」
「はいな。そりゃあ、学生時代に耳にタコができるほど聞かされたもの。あの熱心さは
そんじょそこらの新興宗教にだって負けやしない」
 大げさに言ったつもりはなかった。もとはといえば深沢七郎の「楢山節考」を読んで
感化されただけなくせに、自分の故郷F村にも似たような言い伝えがあることが分かる
と、鉄雄の興味は一気にそっちへと傾斜していった。同じF村出身の私にしつこく協力
を求めて来たのもこの頃だ。

 有名な8連峰に囲まれた小さな盆地であるF村は、その南側に急峻な北壁を見せるA
岳がある。麓の樹海の深さと絶壁のA岳は、入ってくる者を頑なに拒否している趣があ
った。帰省した折りに鉄雄とふたり、村の古老たちから聞き取り調査をしてみるといろ
いろな言い伝えがあることがわかった。雪降る夜の雪女、雨降る5月の河童、枯葉舞う
10月の神隠し。その中で一番信憑性が高いのが、8月豊穣祭の棄老伝説だった。
 私が直接、もう80歳を過ぎた祖母から聞いた話がある。
 明治時代の後期までこの村では口減らしのために、70歳を迎えた老人は、A岳の俗
称「棄老岩」に行くと決まっていた。楢山節考のおりんは息子の背負子に乗って山へと
向かうが、こちらでは8月の豊穣祭の夜、ひっそりといなくなるのである。日本中のあ
ちこちに似たような話があるのだろう。たいていの伝承がそうであるように、F村の棄
老伝説もよく似たパターンを踏んでいる。ただ微妙なバリエーションもあった。それは
棄老岩へと行くときのことだ。祖母曰く「豊穣祭のその日、自ずから見えてくる道筋を
辿って、ひとり山に入る」というのだ。70歳になったら天啓のように棄老岩への道筋
が示されるというのは、かなり謎めいた話だったが、これに飛びついたのが鉄雄だっ
た。

 問題の棄老岩はA岳北壁の中途にある4畳くらいの広さの岩だ。それが崖から真横に
せり出して、ちょうど大人なら4,5人は座れるくらいの平たい部分が上にある。70
歳を過ぎた老人たちは、そこで残りの生涯を閉じると言われていた。しかし、そこへ行
くには深い樹海を1時間ほど歩き、さらにほぼ直立の崖を100メートルは登らないと
いけない。果たして、老人たちにそのようなことができたろうか。いやいや、屈強な若
者にだって難しい。現に、鉄雄たち(鉄雄とその悪友ども)が何度か崖登りを試みた
が、いわゆるガレ場になっていて、登ろうとすると岩がぼろぼろと落ちてしまうため断
念したと聞いた。反対の頂上側からロープを使って降りることも試みられたが、これま
た失敗。崖下からの突風が強くて、大学の登山部すらも尻込みしてしまうくらいの難所
だったのだ。結局、鉄雄たちはF村の役場に話をつけて災害用ヘリを1日だけ出しても
らい、写真撮影を行った。その経験が鉄雄のコラムのポイントになっている。

「いかにして、老人たちは棄老岩に登ったのか?」
 今でもちゃんと覚えている。これがコラムの書き出しだった。そして、その中で鉄雄
はこの大凧祭を取り上げた。
「伝承の棄老岩に関しては、大きな謎がひとつある。登坂不可能な棄老岩にいったいど
うやって、老人たちが行けたのかという問題である。この謎を解く鍵は、しかし、意外
にも私たちの目の前にあった。F村で豊穣を祈願して8月に行われる大凧祭である。他
の土地では5、6月に行われることが多い凧揚げがどうしてF村では8月なのか。それ
は、村人が総出で綱を引き、風に合わせて大凧を空へと舞い上がらせる古くからのこの
伝統行事が、実は老人たちを棄老岩へと運ぶ手段でもあったからなのだ」

「きみはあんまり納得してくれなかったけれども、あれはあれでかなりの反響があった
んだぜ」
 鉄雄が懐かしそうにそう言った。ちょうど頃合いの風が吹いて、鉄雄の白いシャツを
はためかせる。川縁にかたまってのびた女郎花がゆさゆさと揺れた。その動きに合わせ
て私も少しだけ心をほぐしてみる。
「あれはさあ、かなりのこじつけだと思ったよ。でも動機が不純じゃなかったから良か
った。あのコラムはF村の観光パンフに採用されたんでしょ。そのおかげで、勇壮なだ
けの大凧祭に棄老伝承というダークサイドが加わって、祭りとしては深みを増した。こ
んなに堤防いっぱいに観光客も来るようになったしね」
「そうだろう。えへん」
 鉄雄が白い歯を見せて笑う。その目がくりくり動くの見て、私は仕方なく調子を合わ
せる。
「で、今度は何?」
 私が言うと、鉄雄は大事そうに薬瓶のようなガラス容器を、半ズボンのポケットから
取り出した。
「ちょっとした発見をしたんだ、ほら、この小瓶」
 受け取って見ると、中には黒っぽい炭の破片のようなものが入っている。
「これがどうしたの?」
「世紀の大発見さ。大学の後輩に頼んで、DNA鑑定をしてもらったら、炭化した魚の
骨らしい」
「ふーん、それがどうして世紀の大発見なの?」
「これを見つけた場所がおおいに問題になる。実は先月、山岳救助隊がついにあの棄老
岩に降りた」
「驚いた。遭難でもないのに、どうやって救助隊に頼めたわけ?」
 学生の頃、棄老岩の実地調査をするべしと何度かF村役場や県警、近くの自衛隊駐屯
基地に交渉に行ったことがある。今考えると当たり前なのだが、全然相手にされなかっ
た。学生の珍説につきあっているヒマはないというわけだ。いくらあれから8年くらい
経ったからといって、状況が変わったとは思えない。
「すべては村興しのためというわけさ。ほら」
 鉄雄が小さなカードをくれた。彼の名刺だった。
「F村企画部主任?」
「人口先細りのこの村をなんとか全国区にしようという話題づくり、IターンやUター
ン促進事業を立案してゆくのが、今の俺の仕事なんだ。村一番のイベントである大凧祭
と棄老伝承にさらに信憑性を持たせるためには、なんとしても棄老岩の調査が必要だと
ねじ込んだら、今年やっと予算がついた。ヘリを持ってる救助隊を一日だけ動かすこと
ができるささやかな予算で、しかも、他で遭難事故でもあったら、調査は即中止という
条件付きだったけどね」
「あきれた。与太話にとうとう税金をつぎ込ませたの」
「人聞きが悪いな。でも、俺の説は立証されそうなんだぜ。山岳救助隊のおかげで、棄
老岩の周辺から人骨とこの破片が回収された。この意味が分かるか」
 鉄雄は得意そうに鼻を動かした。
 さあ、何だろう。首を傾げたところに、拍手が響いた。

 ちょうど、堤防の大凧がかけ声とともに立ち上がったところだった。いつの間にか、
女郎花の揺れ具合が大きくなっている。法被姿の男が大声で指示を出す。凧につながっ
た綱がぴんと張られる。みんなが法被姿の男の次の一声を待っている。それから風に向
かって一息に駆け出すと、いよいよ大凧は空に舞い上がる段取りだった。
「いい風になって良かったわね」
 私に頷くと、鉄雄も大凧の方に視線を投げた。

「実は、知っての通り、俺の大凧祭棄老伝承説にも、いくつか疑問があった。そのひと
つは、そもそもどうやってご先祖様があの棄老岩を発見したかだ。登攀不可能な位置に
ある棄老岩の上にあれほどの広い平らな部分があることをどうして知ったのか」
 その問題は学生の頃、何度か議論していた。
「それこそ、大凧じゃないの? そもそも大凧祭がいつ頃から始まったか、それも諸説
があってはっきりしないでしょ。戦国時代の忍者が高いところに登るのに使ったという
説から、明治飢饉に、少しでもお日様に近づいて祈ろうとしたという雨乞い説まで、い
ろいろ。もしも大凧祭が棄老伝承よりも先にあったとすれば、そこに誰かが乗っていた
ら、棄老岩を見つけることができた?」
「もっと魅力的な新説を発表しようと思っているんだ。F村のおりんは背負子ではな
く、実は舟に乗せられて棄老岩へと向かったというわけさ」
「え?」
「今から何年前か、それは採取された人骨とこの魚の骨の年代鑑定でわかると思うが、
そのころはF村一帯は湖だった。水かさはちょうどあの棄老岩のあたり。今の地面から
100メートルくらいだったんだと思う。だから、舟を使った。おそらく最初に棄老岩
を見つけたのはこの湖で漁をする人たちだろう。その話と貧しい村の口減らしがつなが
って、棄老岩は生まれた。その小瓶の骨は炭化している。つまり、魚は火にあぶられて
いる。棄老岩に取り残された老人の中に、火をおこし、湖の魚を食べた人もいたのだろ
う。お陰で、棄老伝承の謎がひとつ解ける手がかりを残すことになった」

 私はあっけにとられた。なんともすさまじい飛躍だった。
「湖って言ったって。いったいどうやったらこの山の中のF村が湖になるわけ?」
「心配ご無用。ほーら、F村の周りを見てみなよ。8連峰とA岳にぐるりと囲まれてい
るじゃないか。この大川がなかったら、小さな盆地のF村はたちまち大きな水たまり
さ」
 青空にジグザグ形の鮮やかな稜線が浮き上がっている。ぐるっと周りの8連峰、それ
からすぐ目の前のA岳。
 そう言われるとそんなこともあり得そうになるから不思議だ。
「いつか大雨が降って大川が流れ落ち、湖の水は引いた。でも貧しいF村の棄老という
因習は、たとえ水が引いて湖が失せても終わらなかった。そこでご先祖様は考えた。あ
の棄老岩へと不幸な老人たちを運ぶ方法を」
「そうして、大凧祭は生まれた、というわけね」
「ご明察」
 鉄雄はそういうと片目をつぶってみせた。

「えーいや。えーいや」
 風と共に、向こうの堤防からかけ声が響いてきた。綱を引く男たちが駆けだしてい
る。大凧は少し左右に身震いをして、それからゆっくりと上昇し始めた。
「えーいや、えーいや」
 こっちの堤防の観衆がかけ声を合わせる。私も声を出した。大凧は風にあおられてぐ
んぐんと上がってゆく。空いっぱいの青空はまるで大海原に見える。その青のど真ん中
を白い四角い大凧は駆け上がる。私ははっとした。

「ねえ、おりんさんを運んだ舟って、ひょっとしたら帆掛け舟だったのかもね」
 四角い白い帆は青空をまだまだ上ってゆく……。

(エピローグ)

「もうすぐ新しい観光パンフをつくるつもりさ。この新説がしっかりと掲載される予定
だから、そのときはちゃんと送ってやるよ」
「ありがとう。お陰で楽しかったわ」
「しっかりな」
 バス停まで見送りに来た鉄雄は、そう言うとまぶしそうな目で笑っていた。
 あれから1ヶ月。東京に戻った私の仕事は週1回15分のラジオ番組だけになってい
た。まだ鉄雄が約束してくれた新しい観光パンフは届いていない。しかし、バス停での
別れ際の「しっかりな」という言葉だけが、未だに後を引いている。

(了)





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