AWC 「仏教高校の殺人」10    朝霧三郎


        
#586/598 ●長編    *** コメント #585 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  09:01  (352)
「仏教高校の殺人」10    朝霧三郎
★内容
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 第3章


 日野市の豊田駅北口を出て少し行ったところの交差点を右に行くと多摩平緑地通り、
という通りに入る。
 左手に公団住宅やイオンモールのあるエリアが広がっている。
 右側に長さ数百メートル、幅百メートル程度の斜面の雑木林がある。
 その下に十幾つもの湧き水が出ている黒川公園がある。
 郁恵の家の竜泉寺は黒川公園の南側に位置する東豊田3丁目にあった。
 海里の尼寺も同系列だったので、5分と離れていなかった。
 竜泉寺の配置は、南から門を入って、塔、金堂、講堂、という四天王式の順番で、
北の講堂の裏に、寝泊りの出来る道場と、台所、その裏に墓地、背後には黒川公園の
丘が広がっていた
 その道場に催眠・瞑想研究会のみんながおしかけた。
 まず、全員で道場備付の作務衣に着替えると、掃き掃除をして、それから雑巾がけ。
 郁恵、海里、伊地家ら女性陣は、道場の押し入れの布団を出して外に干す。
「きゃー、ゴキブリ」
 と伊地家が尻もちをついた。
 犬山がほうきで叩き殺そうとする。
「まて、殺生はいかん」
 と剛田。
 そして剛田は手のひらを丸めて蓋をする。
 そのまま掴んで外に逃がしてやった。
 時刻はまだ午前10時だった。
 犬山の携帯が鳴った。
「蓮美だ。
 はい、はい、うん、えー、市ヶ谷?」
 電話を切ると、犬山が言った。
「実は蓮美のおじいさんが田舎から上京して、靖国神社に行きたいんだけれども、
蓮美も中学になってから越してきたばっかりだし、土地勘がないんだって。
だから案内してくれっていうんだよ」
「それだったら海里が詳しい」
 と郁恵。
「あの近所に系列のお寺があって、そこに夏休みの間とか研修に行っていたでしょう」
「えー、市ヶ谷から靖国神社なんて誰でも行けるよ」
 と海里。
「いやー、東京の人はそういうが、蓮美の様に東北から出てきた人にゃあそうは
いかねーだよ」
 と犬山。
「えー」
 と海里は難色を示す。
「行ってこいよ」
 と亜蘭まで。

 という訳で、海里は犬山と市ヶ谷に行く羽目になった。
 現地につくと、猿田、雉川も来ていた。
 やがて蓮美と、杖をついて眼鏡をかけた枯れ木の様な老人が現れた。
「こんなおじいさんだけれども、特攻隊の生き残りで、本当は玉砕しているところを
エンジントラブルで帰還したところで終戦を迎えたのよ」
 と蓮美。
 蓮美とおじいさん、海里、三銃士で、靖国通りをよろよろと歩く。
 蓮美はおじいさんを支えて歩いていたが、それが、枯れ枝の様なじじいの腕を、
まるで瑞々しいコラーゲンたっぷりの手で支えてやっていて、
(人間って乾燥していくんだなあ)
 と海里には思えた。
 靖国神社へは南門から入ると鳥居を右手に見ながら左手の拝殿へ。
「お賽銭はいくら?」
 と犬山。
「正式参拝じゃないから気持ちでいいよ。
 5円とか50円とか穴があいているのがいいらしい」
 と海里。
「じゃあ、50円だな」
 と犬山。
「50円じゃあ失礼だよ、500円だよ」
 と蓮美。
「じゃあ100円」
 チャリーンと賽銭箱に投げ入れると、二礼二拍手一礼。
「あっちに行ってみるか」
 とじじいが杖で鳥居の方を指した。
 鳥居のところで、ホームレスが軍手で鷲掴みで握り飯を食べていた。
 食べ終わると軍手についた米粒をばたばたばたーっとばらまく。
 それに鳩が群がった。
 そこを通り越して、遊就館へ入る。
 入るやいなや、洞窟にでも入ったみたいに背筋がすーっとする。
 ゼロ戦や人間魚雷が展示してある。
 特攻隊員の遺影、遺書などを見ながら歩いて行く。
「ここにはA級戦犯も祀られているんですよね」
 と雉川が言った。
「ばか、余計なことを言うな」
 と犬山が言っても、毅然という。
「どうして分祀出来ないんですか、悪い奴と英霊は別々にした方がいいでしょう」
 と雉川。
「それは同期の桜だからだよ。
 ♪貴様と俺とは同期の桜ー、同じ兵学校の庭に咲く、咲いた花ならぁ散るのは
覚悟…、死んで靖国で会いましょう、って約束して突っ込んだんだからねぇ。
 でも、ありゃあ、身体があったらびびってできない。
 体があって、びびっちゃって虜囚になった人もいたが。
 それでも死ねば魂になるから、そこには罪はない。
 みんなが一体化して、あの世に行きましょう。
 だから、みんなが死ぬまでは、成仏出来ない浮遊霊がそこらへんに漂っているぞ、
みんなそこらへにいるぞ、おーい、みんな待ってろー」
「ひえー」
 と猿田、犬山は震えていた。
 雉川は聞いた手前じっとしていたが。
 遊就館から出てくると、鳥居のところで、さっきのホームレスが、腹をさすりつつ、
ため息をついていた。
「お腹が減っているのかなあ」
 と海里。
「そうだ、お弁当があったんだ」
 と言うと、蓮美はナップから弁当を二つ出した
「牛タン弁当。
 これ、仙台駅で買ったんだけれども、新幹線の中でじいちゃんは寝ちゃうし
食べなかったんだ。
 あのホームレスにあげよ」
 言うとホームレスのもとへ。
「これ、あまりものですけれども、どーぞ」
 と2個もホームレスに差し出す。
「ありがとう、じゃあ一ついただきます」
「でも、賞味期限は17時なんで、夕食にも食べられますよ」
「いやー、一個でいいよ」
「これ、この紐をひっぱると」
 と、蓮美は弁当の隅っこから出ている紐を指で示した
「弁当の底に仕込んである生石灰と水が反応して温まりますから」
「あー、ありがとう」
 言うとホームレスは一個受け取った。
「一個余っちゃった」
 戻ってくると、蓮美が言った。
「私がもらうよ」
「えー、こんな“なまぐさ”いもの修行僧が食べるの」
「一応もらっておくよ」
 海里は言うと受け取って自分のナップに閉まった。
 鳥居の外まできたところで、
「もう鳥居は出たな」
 おじいさんが言った。
「ところで、田舎の震災で死んだお前の従兄弟らだが、あいつらも浮遊霊に
なっちゃっているんだよ」
「えっ」
 と蓮美。
「お前以外はみんな死んだ。
 だからお前も死んで、一緒にならないと成仏出来ないんだよ」
 言うとポケットから黄色いカッターナイフを出した。
 カチカチカチと刃を出す。
 杖を放り出していきなり切りかかってきた。
 が、足腰が弱っているので、ふらふら、がくがくしていて、カッターは空を切って、
じじいはその場にこけた。
 蓮美はさっと、後退りする。
 雉、猿、犬がじじいを取り押さえる。
 途端に警備員がかけつけてきた。
「どうしたんですか。
 大丈夫ですか」
「いや、ちょっとふらついただけです」
 と蓮美。
「さあ、行こう行こう」
 三銃士がじじいを抱えると、全員で移動する。
「本当に大丈夫ですかー」
「大丈夫でーす」
 いぶかる警備員をよそめに、そそくさと全員であとにした。
 大鳥居を出ると九段下の出入口のところ。
「じゃあ、東京駅におじいさんを送ってくるからね。
 海里、ありがとうね」
「本当にそのおじいさん、大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「又襲われたりしない」
「大丈夫、三銃士もいるし」
「そう。じゃあ気を付けてねえ」
「うん、ありがとう」
 蓮美と三銃士に抱えられたじじいは地下鉄に降りていった。
 海里は、市ヶ谷に向かって踵を返した。

 海里は、思い当たる事があって、竜泉寺には直接帰らないで、自分ちの尼寺に行く。
 自分の部屋に行くと 本棚からアルバムを抜いて、開いた。
(第一幼稚園自体の誕生会の写真は…)
 と呟きながらめくる。
(これだ。
 9人の4歳児が写っている2L版の写真。)
 それをもって、茶の間の母のところへ。
 詰め寄る様に母に迫っていく。
「お母さん、これ見て」
 とアルバムを差し出す。
「このグループってどんな関係なの?
 ただ誕生日が同じなだけ?」
「ああ、この子達はねえ、それだけじゃない。
 あれは折鶴産婦人科だっけっか。
 同じ病室にいて、同じ日にみんな生まれたんだよ。
 満月の晩でねえ。
 みんな産気づいて。
 だのに、島崎君、川上君、小林君はバイクの事故で亡くなっちゃうし。
 リエラちゃんと、妃奈子ちゃんもあんな事に」
「そしてお兄ちゃんもでしょう」
 言うとアルバムをパタンと閉じた。
(これは同期の桜だわ。
 否、胎蔵界曼荼羅の同期だ。
 一緒に咲いたなら一緒に散らないと成仏出来ない。
 先に亡くなった6体が成仏する為には、自分と郁恵、亜蘭が死ななければならない。
 という事は次は、自分か郁恵か亜蘭。
 亜蘭は私を守るって?
 じゃあ私は郁恵を守らないと。)
「竜泉寺に行ってくる」
 言うと、脱兎のごとく走り出た。

 竜泉寺の道場に戻ってみると、すっかり綺麗になった床の上に、亜蘭、郁恵、
剛田、小暮勇、城戸弘、が正座していて、乾明人 伊地家益美が目隠しをして、
棒の様なものを持って、気配を探る様に、忍び足で動いていた。
 突然、乾明人が棒を振り回したが空を切った。
「何やっているの?」
 海里は郁恵に聞いた。
「気配ぎり。
 でも、金木犀の匂いはしているのよ。
 目隠しのハチマキに金木犀がさしてあるでしょう」
 なるほど、額のところにオレンジ色の小花が出ている。
「あの香りで相手を探って気配ぎりするの。
 負けたチームが便所掃除をするので、必死にやっているのよ」
「それだけじゃないんだよ」
 と小暮勇が言った。
「花の香りをかいでから斬るまでのスピードは、転ぶ時に手を付くぐらいの速さ、
つまり無意識的にやるから、つまり受動意識仮説的になるから解脱も出来るかも
知れないし」
「シーっ」
 と亜蘭。
 気配切りの方は、伊地家がクンクンしながら乾明人の方に向いたところ。
 そして棒を振り上げると思いきり振り下ろした。
 ぽかーんとヒットする。
「一本」
 と剛田。
「伊地家は人を斬る才能があるなあ」
 と小暮勇。
「じゃあ、乾明人と小暮勇、城戸弘の三羽烏は便所掃除だな。
 残りはマキ割」
 と亜蘭。
 道場から小道をはさんで台所の建屋がある。
 その前には、生垣があってその前がマキ割場。
 建物の脇には屋根付きの薪置き場があって、丸太が積んである。
「じゃあ、お前ら便所掃除ねー」
 と亜蘭。
「おっけーおっけ」
 言うと三羽烏は台所のすりガラスを開ける。
「どこだか分かる?」
 と郁恵
「あー、多分ね」
 と三羽烏。
「じゃあ、僕らはマキ割だ」
 と亜蘭。
 まず亜蘭、剛田が、台車に丸太を積んで、マキ割場までもってくる。
「それじゃあまず1本取り出しまして」
 と亜蘭は丸太をマキ割台に立てた。
 そんきょの姿勢でナタをかまえる。
 そして振り上げると、一気に振り下ろす。
 ぱかーんとマキは割れた。
「こうやればいいんだよ。
 じゃあ、伊地家、やってみな」
 言うと、マキ割台に1本立ててやる。
 伊地家は見よう見まねで、そんきょの姿勢から、両手でぐらぐらとナタを持ち
上げると振り下ろした。
 丸太の端っこにチップして、丸太が倒れる
「目を離さないで。
 ナタの重さを利用して、振り下ろすんだよ」
 真顔で頷くと、丸太をたてる。
 そんきょの姿勢でマキを凝視し、ナタを振り下ろす。
 ぱきーんといい音がしてマキが真っ二つになった。
「よっしゃー」
 そしてもう一個。
 ぱきーん。
 順調にマキは割れていった。
 マキ割の台の向こうは金木犀が植わっていて、甘いにおいがただよってきていた。
 そして伊地家はひたすら、ナタを振り下ろす。
「こっちはよさそうだから、風呂でも洗いにいこうか」
 と郁恵。
「そうね」
 と海里。
(そうだ、郁恵と一緒にいて守らないと。)
 台所の建屋のすりガラスを開けると土間があって、右手に、木をくべて焚く
風呂の釜があった。
 左の上がり框を上がると台所だった。
 台所を抜けて先の廊下を行くと、風呂場と便所が隣り合わせにある。
 小暮勇、乾明人、城戸弘の三羽烏が便所掃除をしていて、何故か、
犬山以下三銃士が居た。
「あれー、あんた達。
 蓮美は大丈夫?」
 と海里。
「大丈夫だよ。
 じいさんを新幹線に乗せて、蓮美も家に帰ったところ」
 と犬山。
「ふーん」
「じゃあ、掃除するか」
 と郁恵。
 脱衣所の奥のすりガラスを開けると、タイルで出来た大きな風呂場が見えた。
 洗い場の蛇口だけで3つもある。
 郁恵がデッキブラシとホースに洗剤をもってくる。
「海里、その風呂桶で洗剤を薄めたら、適当にまいてよ、私がこするから」
「おっけー」
 海里が洗剤、ホースを受け取ると、郁恵は腕まくりをして、髪を束ねると
かんざしでさした。
 それには金木犀の髪飾りがついてる。
「あれっ、それ、誰に」
 と海里。
「亜蘭君に」
「へー、何時の間に」
(亜蘭は郁恵が好きなのかなあ。
 いやに伊地家に張り付いていた気もするが、あんなさえない伊地家益美。
 人は見た目が90%)
 と海里は思う。
 そのさえない伊地家が台車にマキとナタを乗せて土間に入ってきた。
 釜の前に台車を停車させるとあたりを見回して、
「郁恵ー」
 と怒鳴る。
「郁恵ー、マキはどこにおけばいいの? 郁恵ぇー」
 風呂場でデッキブラシをかけようとしていた郁恵が気付いて、
「呼んでいる。
 ちょっとこれお願い」
 言うと、デッキブラシを海里に預けて、台所の土間の方に行った。
 そして、上がり框から首を出して、伊地家に、
「マキは、その釜の前に下ろしておいて。
 あとナタはその棚の上に戻しておいて」
「分かった」
 とナタを持ち上げると伊地家はぼーっと郁恵を見た。
 風呂場の方から土間の方へと隙間風が流れて、郁恵の髪飾りの金木犀の香りの
粒子が伊地家の鼻腔に到達した、その瞬間、
「ぎゃー」
 という物凄い声をともに伊地家がナタを振り下ろした。
 ナタは郁恵の眉間に食い込んで、脳漿炸裂。
 ぷしゃーっと真っ赤な液体が噴出させながら、郁恵は、台所の板の間から
土間に倒れ込んでいった
 その物音に気付いた海里は
(しまった)と思った。

 それからは大騒ぎ。
 救急車が来て、明らかに死んでいる郁恵が搬送された。
 郁恵の両親と寺男もついていった。
 その場にへたり込んでいる伊地家を警察官が取り囲んだ。
「君、いったいなんだってこんな事を」
 と初老の警察官が言った。
「私はわたしは、ワタシは」
 宙を見ながら宇宙人の様に話す。
「奇跡を見せられて魅せられてしまった。
 あなたはもう椅子から立てなくなる、と言われて本当に立てなかったから」
「なんお話だね」
「だから、この人は催眠の事はなんでも知っていると思って」
「訳がわからんな。
 とにかく署に連行して詳しく聞こう」
 3、4人の警察官と一緒に伊地家は連れていかれた。
 それでも、まだ土間には7人ぐらいの警官がいて、うんこ座りで写真を撮ったり
凶器のナタをジップロックに入れていたりしていた。
 台所の中には、剛田、小暮勇と乾明人、城戸弘の三羽烏、犬山、猿田、雉川、
の三銃士、そして海里がいた。
「亜蘭は?」
 つぶやくように海里が言った。
「ああ、黒川公園の丘に行くって。
 あそこからは、遠くに浄土が見えるとか言って」
 と犬山。
「じゃあ、行かなくちゃ」
 言うと、海里は土間にあったナップを背負った。
「みんなも来て」
「なんで?」
 と剛田。
「私、分かったの、全部分かった」
 年かさのいった警官が上がり框に近寄ってきた。
「あなた達にも聞きたい事があるんですがねえ」
 とその警官が言った。
「後にして」
 言うと海里は押しのけて土間に降りると、そのまま出て行った。
 そして他のメンバーもぞろぞろとついていった。




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