AWC 「仏教高校の殺人」9    朝霧三郎


        
#585/598 ●長編    *** コメント #584 ***
★タイトル (sab     )  21/10/31  09:00  (234)
「仏教高校の殺人」9    朝霧三郎
★内容

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 白衣を着たジジイの日本史の教師が教卓に手をついて、妃奈子の死に関して、
何やら、般若心経の様な説教をたれていた。
「全てのものは、ただひたすら空でなんだね。
君たちの身体も心も、空でなんだね。
だから、真偽、善悪、美醜などもない。
空でもぐーっと圧縮すると、冷蔵庫の氷みたいに、物質の様になって、それが、
意識の正体で、それは色々悩むのだが。
だから、意識も悩みも実在するんじゃないかと思うが、それもやがて空気のように
ふわーんとして、なんでもなくなってしまう。
だから、あんまりこだわりをもたず、全ては流れていくと考えるのが良いのです」
(あんなに残酷な死に方をしたのに、あんまりこだわるな、だって)
と海里は思う。
(もっともリエラは、浄土教的で、この世の貧富の差とか老病死みたいなものも
浄土に行けばリセット、みたいな感じだが、妃奈子には、そもそも全ては空、
空即是色、般若心経的なのが似合いかも。
それに、世間の葬式でも坊主はこんなの唱えているんだなあ。)

 部室に、海里、亜蘭、伊地家、郁恵、剛田剛、3階の三羽烏、
そして自宅待機から復活した犬山が集まった。
 みんなでスマホをみている。
 なんと、絶体に破れない筈の裏サイトを、犬山がハッキングして容疑者の
手記を見られる様になったのだ。
 しばし、全員で、ふがふがいいながら黙読。
 読み終わると、剛田がまず
「こんな条件付け、うまく行くのか」
 と言った。
「でもここに、猿を椅子に座らせて、スピーカーから音を出して、
エアノズルから空気を目にあてると、音を聞いただけで瞬きする、って書いてある。
 ググってみると、これはちゃんとした心理学的な実験みたいよ。
 瞬目反射条件づけ、といって」
 と海里
「そうすると、そういう条件づけをした後に、DAPをつけさせて、スマホから
信号を送ってJ−WAVEのジングルを流せば瞬きするのかな」
 と剛田。
「そうなったんでしょう」
「へー、怖いねえ。
 バイクだけじゃなく、車だって怖いんだね」
 とまるで他人事の様に城戸弘。
(リエラは、元彼だろう、情が移ったりはしないのかよ)
 と海里は思った。
「そんで、この梵天と、今度の実行犯、大迦葉は誰なんよ」
 と犬山。
「この、キッスは目にして!のあたり、小暮勇があやしい」
 と海里。
「その話をしたのは城戸だろう。
 それにそれはみんな知っている話だよ。
 3組の俺らは特に」
 と小暮勇は乾明人、城戸弘に同意を求める様に視線を送った。
「望花に聞けば? ずっと一緒にいたんだから」
 と乾明人。
「案の定、自宅待機になったよ。
 お父さんだかが感染して、自分はPCR陰性でも自宅待機だってさ」
 と郁恵。
「連絡してみれば?」
 と亜蘭。
「チャットで呼びかけても応答しないのよ」
 と郁恵。
「ふーん」
「都合よく、いや、都合悪く感染するんだなあ」
 と乾明人。
「お線香あげる?」
 と郁恵が言った。
「ああ、やってよ」
 と亜蘭。
「じゃあ、ロッカー開けるよ」
 と線香だのが入っている共用のロッカーに手を伸ばす。
 そして扉を開けると、裏に貼ってある胎蔵界曼荼羅の×が一つ、
「増えている」
 と剛田が言った。
 3×3段の仏像の上の段と真ん中の段の全部に×印が。
「上の段の×3つがバイク事故の3人、中段の左側がリエラ、真ん中がX、
そして右側が妃奈子」
 と海里。
「バイク事故の3人も2中、リエラも妃奈子も2中、その胎蔵界曼荼羅が2中
というのは疑い入れないな」
 と剛田。
「何で私らが狙われるのよ」
 と郁恵。
「“なまぐさ”を増やしている、から」
 と剛田。
「そりゃあ、エラはいじけ虫で、社会不適合者だとしても、妃奈子は違うでしょう」
 と郁恵。
「妃奈子は“なまぐさ”を増やさなくても望花が嫉妬して増やす、とこの手記にある」
 と剛田。
「そんな事言ったら誰だって“なまぐさ”を増やしてしまう」
 と海里。
「絶望して“なまぐさ”を増やすリエラ。
 絶望に気が付かなくて、嫉妬されて“なまぐさ”を増やす妃奈子」
 と剛田。
「その事と2中となんの関係があるのよ」
 と郁恵が、可愛い顔をゆがめるとか。
「2中って多摩平の森のど真ん中にあるじゃん。
 クラスの半分ぐらいが団地から通っているんだよなあ」
 と剛田。
「あの団地って、みんな3DKで、それなりにお洒落らしいけれども、
超画一的で、旦那はみんなJRで都内に通勤するサラリーマン、子供は一人、
母親は教育ママゴンだろう。
 そんなんだから、同調圧力というか、嫉妬心がすごいと思うんだよねえ。
 だから、金持ちなお寺なんていうのは嫉妬されていたかもな。
 だから、そういうのの一人が、妃奈子を狙ったのかも知れない」
「つまり、団地の居住者がみんな望花の様に“なまぐさ”をためていたと?」
 と海里。
「じゃあリエラは? リエラなんて豊田の分譲マンションだよ」
 と郁恵。
「それだって、UR賃貸に比べれば嫉妬の対象になったかも知れない。
 とにかくだな、この胎蔵界曼荼羅の上の2段は、2中のバイク事故の3人と
リエラと妃奈子とあとX君に決定。
 とにかく2中だわ。」
 と剛田は決めつけた。
「そうすると下段の3体は、私、亜蘭、郁恵。
 逃げた方がいい」
 と海里。
「どこに逃げるんだよ」
 と剛田。
「うちの実家の寺はボヤで修理中だし…。
 郁恵の家がいいんじゃないか? 
 毎年、体験座禅みたいなのやっているのだけれども、このご時勢、体験座禅は
中止だから、みんなでお寺に行けば。
 道場もあるし」
 と亜蘭。
「おお、じゃあ俺らも行くよ」
 と3組三羽烏の小暮勇、乾明人あたりが言った。
「みんなが行くんじゃあ逃げる意味がないじゃん」
 と海里。
「なんだよ、俺らを疑っているのかよ。逆に守ってやるよ」
「誰が来るのよ」
 と郁恵。
「俺は行きたい」
 と小暮勇。
「俺も」
 と乾明人。
「俺も」
 と城戸弘。
「俺も」
 と剛田。
「僕も」
 と犬山。
「亜蘭君は勿論行くんでしょう」
 と伊地家が言った。
「ああ」
「私も行っていい?」
「じゃあ、催眠・瞑想研究会全員ね。
 望花を除いて」

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 グループチャット『比丘尼の小部屋』
妃
郁恵:妃奈子に唱えます
観自在菩薩
行深般若波羅蜜多時
照見五蘊皆空
度一切苦厄
舎利子
色不異空
空不異色
色即是空
空即是色〜〜〜〜
海里:まるで妃奈子の為にある様な言葉
郁恵:梵我一如的に、リエラの場合に、我がV系で梵が浄土でしょう
妃奈子の場合には我がブランド品で梵は表参道や銀座
海里:菩薩がアクセサリーを求める様な感じで、ボトムアップ
郁恵:如来になって教えを言いたい人もいる
海里:誰?
郁恵:うちの家出した兄
海里:はあ
郁恵:うちの兄、最初、株やfxで生きていくとか行って、出て行った
トレードのセミナーの神みたいなのに、株の必勝法を見せられて、30万とか
50万とか払う
次に自己啓発セミナーにはまった
これも、これだ、という教祖みたいなのにはまって
「こうすれば人生開ける、脳の残りの90%を使える」とか見せられて、50万、
100万はらう
あれは、聖地の側から、何かちチラ見せさせられた感じだな
その兄が、何を思ったか自分が教祖になると言って、お寺に帰ってくるというんだよ
住職になって檀家を啓発するとか
それはそれでいいんだけれども
というのもうちには仏教大学卒の寺男がいて
そいつはうちのお寺を乗っ取ろうとしていて
父に取り入っていて
父も気に入って
私と結婚させるとか
そんなの嫌だから
兄が帰ってきてお寺を継げば
でも揉めるだろうなあ
だから、そこで、揉めた時に、
「こっちは一人じゃない」
というのを見せたいんだよねえ
海里:だったら、亜蘭が言う様に、
催眠・瞑想研究会のみんなを連れて乗り込むというのは、最強じゃない
剛田とか三羽烏が行くんだから、そんな寺男怯える
郁恵:亜蘭、怖い
やばいよ
海里:何が?
郁恵:前に、亜蘭に、ふしぎ、かんたん、からだを使ったマジックみたいな事を、
された
指をクロスさせて鼻を触ると鼻が二つあるような気がする、とか
焼肉屋でやられて
それは、兄が自己啓発セミナーで見せられた、脳の残りの90%を使う方法、
みたいな
聖地によるチラ見せみたいな感じがして
ああいうのは”転移”っていうんだよ
海里:知っている
郁恵:何か道を求めている人に、ちらっと技を見せて
「この人は神だ尊師だ」と思わせる方法
亜蘭にはその気がある気がする
伊地家とか、今、そういう対象になっている気がする
伊地家、狙ってんのが不思議だが
全く分からないよ、亜蘭の趣味は
かつては望花を狙った事があるんだから
海里:亜蘭はきっと天上界にいて能書きたれたいんだろう
郁恵:え、何で
海里:ある時からそうなった。
亜蘭は、ある時、自我体験みたいな事があって
それはうちの兄の事故の時かも
誰でも普通に感じるでしょう
はなたれ小僧がある時ヘアースタイルを気にしだしたり
この顔でこの頭ならこんな一生かと、自分に出会う時
その時に
この自分の顔と頭は当たり前に自分と思うか
はたまた
「自分の乗り物はこれか」と感じるか
亜蘭は後者だったんだよ
自分はどっかからインストールされた何者かだと感じたんだよ
どこからインストールされたか
胎蔵界曼荼羅みたいなところから
そうすると
自分の体はロボットで
自分の心は宇宙からインストールされた仏性みたいな感じだから
ここで梵我一如的な発想になる
郁恵:ふーん
むずいわ
寝る




元文書 #584 「仏教高校の殺人」8    朝霧三郎
 続き #586 「仏教高校の殺人」10    朝霧三郎
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