#374/598 ●長編 *** コメント #373 ***
★タイトル (CWM ) 10/10/05 23:50 (291)
メイドロボット VS ニンジャ 5 つきかげ
★内容
ディスプレイを見つめていたヴォルグが溜息をつく。
「動きがとまりましたね」
大佐が獣じみた笑みを見せる。
「やられたか、王のやつ」
「おそらくは。動いているのは二人分の熱源だけですから」
「おい」
花世木は、大佐に声をかける。
「どうするんだ、いい加減待てないぞ」
「そういうな」
大佐は、笑みを浮かべたまま花世木の後を指差す。
「ようやく、ボカノウスキーが到着だ」
軍用トラックが2台、到着する。
トラックから降りた金髪で長身の男が、大佐の元へ歩み寄った。
「よう、ボカノウスキー。遅いぞ」
金髪の男は、青い瞳を眠たげに曇らせる。
その顔立ちは、恋愛映画の主人公のように甘く整っていた。
「大佐、あんたに言われたものを持ってきたが」
トラックから男たちが降りてくる。
大きな重火器と、長い槍のようなロケットランチャーを持って。
「正気か、あんた。この街中であんなもの使うとは」
「当然だ、ボカノウスキー」
ボカノウスキーは、恋人に囁くように甘い口調で言った。
「もうこの街を捨てるのか。まあ、あんたには合わなかったんだろうが」
「ごたくはいいから、さっさと用意しろ」
「おい」
花世木が怒声をあげる。
「なんだよあれは。RPGじゃないのか」
「よく知ってるな、RPG9だ」
大佐は平然と言ってのける。
4台の銃機関銃と、3機のRPG9が配置されていった。
コンバットスーツの男たちが、弾薬とミサイルをトラックから運び出す。
サーチライトも設置され、小型発電機に接続されてゆく。
「ふざけるな。相手はひとりのニンジャだろうが。これでは戦争だ」
「はじめから戦争だよ」
大佐はふてぶてしい笑みを浮かべ、煙草に火をつける。
「ただ、これはあんたたちの戦争ではなく、あたしたちの戦争になった」
「何をする気だ」
「MD1の戦力は戦闘ヘリ一機分に相当する。ニンジャボーイはそれを上
回る戦力を持つならそれ相応の対応をするさ」
大佐は、獲物を前にした虎の瞳で花世木を見る。
「この街を瓦礫の山に変えてやるよ。ボスニアやチェチェンみたいにな」
「おい待てよ、大佐」
花世木は、大佐に歩みよろうとして携帯電話が鳴っていることに気がつ
く。
「ねぇ、花世木ちゃん。あんたじらしすぎ」
電話は真理谷からのものだった。
「もう待てないって。あんたも限界でしょ」
「判った」
選択の余地は既に無くなっていた。
ここで金を払わなければ、ニンジャもろとも四門は殺される。
せめてそれは避けたかった。
「どうすればいい」
「これから言う口座に3億振り込んで。入金がオンラインで確認できた
ら、悪魔くんには撤収してもらうから。あんたのとこの社長は、あんたの
とこで回収しなよ」
「おまえをどうやって信用すればいい? 解放されるという保証は?」
「無理だわそれは。信じてもらうしかないけど」
「ふざけるな、それで3億も払えるか」
「じゃあ、先に解放してあげる。一度電話切るよ。あんたの社長からの電
話を確認しなよ。でも、もし3億を5分以内に払わ無かったら殺すから」
電話が切れる。
すぐにコールがきた。
四門からだ。
「社長」
「解放された、金を払ってくれ」
意外と冷静で落ち着いた声だ。
花世木は信じてみるしかないと判断する。
「判りました」
すぐ、電話が切れる。
また、コールだ。
「今ので限界。これで信じられなきゃ、あんたおしまいよ」
「判った、ちょっと待ってろ」
花世木は黒服にノートパソコンを持ってこさせる。
銀行の24時間オンラインサービスのサイトへアクセスした。
指定された口座へ金を移動させていく。
処理が完了したポップが表示される。
「オッケー。あんたとの社長は解放する。ただ、回収は自分でなんとかし
なよ」
「ああ」
「ねえ」
真理谷は、暗く静かな声で語る。
「絶望は味わえたかな?」
「うんざりするほどな」
「そう。でも残念なからまだ、それは始まったところよ」
「くそでもくらえ、馬鹿やろう」
真理谷はけたたましく笑う。
花世木は舌打ちして、電話を切った。
そのとき、爆発音が響く。
地面が震えた。
サーチライトに照らされたビルは紅蓮の炎を窓から噴き出している。
RPGを撃ったようだ。
花世木は叫ぶ。
「おい、待ってくれ。まだ社長が中に」
大佐は振り向くと、無造作に拳銃を撃った。
弾丸は花世木の耳をかすめる。
血がしぶき、花世木は悲鳴をあげしゃがみ込む。
「がたがたうるせぇ」
大佐はものを見る目で花世木を見ていた。
「せめてものアフターサービスだ。5分だけ待ってやるからその間に失せ
ろ。その後もまだあたしたちの前をウロチョロしてたら、撃つよ」
「花世木さん」
黒服が花世木の腕をとりたたせる。
花世木はビルが黒煙と紅い焔に侵されていくのを見ながら、その場からは
なれてゆく。
百鬼は刀を研く手を止める。
携帯電話を取り出した。
操作をし、メールを確認する。
百鬼は立ち上がると、四門の手足を拘束していたワイヤーを外した。
四門は立ち上がり、百鬼に目で問いかける。
「あんたを解放する。まず、電話をしてあんたの部下に解放されたことを
知らせてくれ」
四門は溜息をつく。
どうやら、身代金を払う決断に追い込まれたらしい。
「時間があまりない。命が惜しければ手早く話を終わらせることだ」
四門は携帯電話を取り出すと、花世木をコールする。
「社長」
花世木はかなり憔悴した声を出す。
話をしたかったが、目の前に百鬼のいる状態で多くを語るわけにもいかな
い。
「解放された、金を払ってくれ」
「判りました」
要件だけを伝え終わると電話を切る。
「さあ、急ぐことだ。もうすぐここは破壊されるぜ」
「なんだって」
百鬼は、出口を指差す。
「廊下の突き当たりにビルの外部にある非常用階段へ出れる扉がある。そ
こから出ろ。そこにとなりのビルへ移れるようにラダーを用意してある」
「判った」
「運がよければ、生き延びれる。急げ」
四門は、廊下へ出ると走る。
突き当たりにある非常口を開けると、非常階段の踊り場へ出た。
扉を閉めたとたん、轟音が立て続けに起きる。
目の前にラダーがあった。
それを使い、隣のビルの非常階段へと移動する。
さっきまで四門のいたビルは、炎と黒煙に包まれていた。
それはこの世が終わる景色であるかのように、暗い空に向かって灰と煙を
噴き上げてゆく。
再び轟音と火柱があがる。
四門は急いで隣のビルへと入ってゆく。
ボカノウスキーは、焔につつまれたビルを見つめる。
大佐は、カラシニコフを構えビルからニンジャボーイが出てくるのを待ち
構えていた。
やれやれと思う。
たかが一人の日本刀を武器にしたニンジャであれば、なんとでもやりよう
がありそうだと思う。
ボカノウスキーは咥え煙草でさらにRPGがビルへ撃ち込まれるのを見
る。
さすがにこれでは、警察も黙っていられないだろう。
この島の警察くらい恐れるほどのものではないが、ビジネスをこの国で続
けるのはもう無理だ。
(いい国だったんだが)
ボカノウスキーが溜息をつき、煙草の煙を吐いた。
「シモンが脱出しましたよ」
赤外線カメラからの映像をノートパソコンで監視していたヴォルグが報告
する。
大佐は吐き出すように言った。
「そんなものほっとけ」
大佐は苛立っているようだ。
「ニンジャボーイは、なぜ出てこない。自殺する気か」
ふと、何かを感じボカノウスキーは空を見上げる。
「あきれたな」
ボカノウスキーは、煙草を吐き捨てた。
黒煙の隙間から影が見える。
パラグライダーのようだ。
「大佐、やつは自殺するつもりらしいぜ」
ボカノウスキーは空を指差した。
大佐も空を見上げる。
うめき声をあげた。
「ライトをあてろ!」
ビルに向けられていたライトが空に向けられる。
そこに浮かび上がったのは、パラグライダーを漆黒の翼のように広げた、
闇色の影のような男であった。
手には日本刀を持っている。
ライトの光を浴び、冬の三日月がごとく日本刀が冷めた輝きを放つ。
大きな翼を広げた黒い鳥というよりは、それはおとぎ話に登場する悪魔の
ような姿であった。
「気に入らないな」
大佐は唾を吐くと、カラシニコフをかまえる。
ボカノウスキーもカラシニコフを肩付けした。
「撃つか?」
大佐は、目で制する。
「もう少し待て。やつは降下してきてやがる。ふざけやがって」
「思ったほど、風がなかったんでしょうね」
ヴォルグが呟くように言った。
なんにしても、空にいては逃げようがない。
もう少しで射程内に入ってくる。
ボカノウスキーは奇妙な違和感を感じた。
日本刀が奇妙な輝きを放っている。
まるで、高速で点滅しているような、キラキラと瞬いている感じ。
それが次第に火花を放っているように見えてくる。
視界が暗くなり、ニンジャの姿が次第に小さくなってゆく。
ボカノウスキーは危険を感じて目を閉じた。
脳に衝撃が走り、意識が闇に飲み込まれる。
水の底から浮上するように、意識を取り戻した。
何がおこったのか判らない。
視力は戻ったが、身体を動かすことができなかった。
全身が氷づけにされたようだ。
他のものも同様に動けないようであり、皆空へ銃を向けた状態で立ちすく
んでいる。
あたかも、時間が止まり全てが結晶化したようだ。
ひとびとは人形化して固まっている。
そして、闇色の悪魔は地に降り立っていた。
その動きは速い。
日本刀を男たちの首筋に一瞬あてる。
血が噴き出し、倒れてゆく。
歩きながら一瞬にして、首の頚動脈を裂いていた。
ひとりに数秒しかかかっていない。
ボカノウスキーは、脳の中のスイッチを入れる。
動きそうだが、不完全だ。
大佐も頚動脈を裂かれ、地に堕ちる。
ヴォルクも血の中に沈んでいた。
ボカノウスキーが最後になるらしい。
ニンジャが後、数メートルとなったところでボカノウスキーはカラシニコ
フを撃つ。
フルオートで弾幕をはる。
掻き消すように、ニンジャの姿が消えた。
一瞬、視界の片隅に光が走る。
カラシニコフをそちらに向けた。
影のような男が視界に入る。
引き金をひこうとしたが、力が入らない。
地面に血が広がってゆく。
それが自分の血であることに気がつくのに、しばらくかかった。
ボカノウスキーもまた、頚動脈を裂かれていた。
意識が闇に飲み込まれてゆく。
目の前にいる影のような男に笑みを投げかける。
(地獄でまたあおうぜ、ニンジャボーイ)
その言葉を発したつまりだったが、それもまた闇に飲み込まれていった。
彼は久しぶりに、その場所へ帰ってきた。
夕闇のなかに沈みつつあるその建物は、戦場での爆撃を受けたように廃墟
と化している。
その、巨大な獣の屍のような建物の残骸は、血のように紅い夕日の下で
黒々と横たわっていた。
彼はギターを抱え、苦笑いしながらその廃墟を見つめる。
(派手にやりやがったなあ)
プレスの報道では、ガス漏れによる爆発事故とされていた。
報道といってもごく小さな扱いではあったが。
長らく立入禁止であったこの地区もようやく工事が再開され、彼も入り込
むことができた。
その目で見て、彼は確信する。
これは、あの男の仕業であると。
彼に百鬼と名乗ったあの影のような男がやったことに、間違いないと思
う。
何故それが報道では事故とされ、最小限の扱いとなっていたかは判らな
い。
何にしても、もうこの地区に踏み込むものは殆どいなくなった。
彼もこの場所へ来るのは、今日が最後になるだろうと思う。
馴染みの場所で、最後にもう一度歌っておこうと思った。
日が沈み、黒い巨大な屍が闇に飲み込まれていく前で、彼はギターを掻き
鳴らす。
気がつくと、その女がいた。
白いロングコートを夕闇の中に、幽鬼のように浮かび上がらせた女。
その目は何かにとり憑かれたように見開かれ、暗黒の太陽がごとき瞳を輝
かせながら。
女は彼の歌を聞いていた。
「いい歌ね」
歌い終わった彼に、女は声をかけた。
彼は口の端を歪めてそれに応える。
「つまらない歌だったら、景気づけに撃ち殺していこうと思ったなだけ
ど」
「おいおい」
女はポケットから拳銃をとりだすと、腰のホルスターに納める。
「そんなくだらないことで、ひとを撃つなよ」
「もっとくだらないことで撃ち殺されたひとを知ってるよ」
「誰だよ」
「あたしの家族」
女はにぃっ、と笑って見せた。
「なあんてね」
彼はそっと溜息をつく。
「変な歌詞ね、黒い鳥たちが夜を横切って飛んでいくなんて。あなたが
作った歌なの?」
彼は肩を竦める。
「ニール・ヤングも知らねえのかよ」
「うん」
「B52だよ」
女は目で問いかける。
「黒い鳥は、B52だ。世界を焼き尽くす爆弾を搭載した爆撃機が、夜を
横切って戦場へ飛んでいくのを見つめている歌さ。世界はゆっくり確実
に、破滅の淵へと雪崩落ちてゆく。それをただ見つめて歌うのさ、ヘルプ
レス、ヘルプレス、ヘルプレス」
女は何か楽しそうに笑い声をあげる。
「今の気分にぴったりだわ」
大きなドイツ車が女の後ろに止まった。
「あたしは、走りつづける。この街が、この国が焔と闇に沈みきるまで」
女はドイツ車に乗り込む。
「縁があったらまた会おうね」
車は走り去った。
彼はギターを担ぎあげる。
そして、闇に飲み込まれてゆくその街を後にした。