#167/598 ●長編
★タイトル (AZA ) 03/07/08 23:59 (465)
そばにいるだけで 62−3 寺嶋公香
★内容 18/02/24 03:46 修正 第3版
この結果、緑星チームに二点が加えられ、他のチームはいい線を行っている
ものの、正解のオリジナリティには及ばないということで、加点なしとなった。
頭一つ抜け出した純子達だが、番組はまだ半ば。安心できない。気を引き締
めて、次の問題に耳を傾ける。
春男、夏男、秋男、冬男の四兄弟はそれぞれ体重が50、40、30、20
キログラムである。この四人をシーソーの左右に座らせ、バランスを取ろうと
思うのだが、春男と夏男が、下図の位置にさっさと座ってしまった。
春 夏
−−−−−△−−−−−
秋男と冬男をどこに座らせれば、バランスが取れるだろうか。無論、所定の
位置以外の中途半端な座り方は認められない。
「……これって、パズル?」
「普通の算数ですわね」
小声で相談する純子と淡島。他チームも似たような感じだ。
(とにかく計算しよう)
左側が50×3で150、右側が40×3で120。差は30。
(……あれ?)
正解がないような。秋男と冬男を残りの席のどこに座らせようが、バランス
は取れない。
再びメモによる会話がスタートする。
<分かった?>
<答が見つかりません>
<私も>
ペンが止まる。
(相羽君はまた分かったのかな)
そんな思いがよぎったが、何度も客席をちらちら見るのもはばかられ、ここ
は我慢。問題に集中する。
<三番目に座れたらできますが>
淡島がそう書いた。続いて、答も書いていく。
冬
春 秋 夏
−−−−−△−−−−−
なるほど、これなら左は50×3+30×1、右は(40+20)×3で、
ともに180になる。
(そっか。肩車しちゃいけないとは言ってなかった)
思わず、手を打ちたくなった。でもはしゃいだらライバルチームに気取られ
ないとも限らないので、大人しくする。その代わり、メモ書きで淡島に伝えた。
<肩車がかまわないのでしたら答は二つ>
<二つとも書く?>
<書きます>
タイムアップ寸前、答を書き上げた。純子達の出したボードには、先の答に
加えてもう一つ、
冬 秋
春 夏
−−−−−△−−−−−
こんな形もあった。(50+20)×3=(40+30)×3というわけだ。
もちろん、正解。
他の三チームもそれぞれ正解に達していたが、どちらか一つしか書かなかっ
た。結果、全チームに2点ずつ、さらに純子達緑星にボーナス点1を上乗せ。
第二ラウンド最後の問題となった四問目は、難度が高く、正解なし。かろう
じて府立チームがユニークさを認められて1点もらった。
この段階で各チームのポイントを見ると、緑星が12点で単独トップ、二位
成陵が9点、霧が丘と府立が7点で並ぶ展開となる。
第三ラウンドはアクションステージと言って、知識に加えて体力が求められ
る、どちらかと言えばゲーム性の強いコーナー。実のところ、緑星にとって関
門はここだ。
「今日の運勢、健康面はよくありませんでした」
準備の間を利して、淡島が澄ました調子で言う。
「健康面と体力って、関係あるの?」
「多少は。もっとも、私の場合、絶好調だとしても、体力に自信はありません。
要するに同じことです」
開き直りとも取れる言い種だが、淡島が口にすると不思議とそういう風には
聞こえない。ごもっとも、と納得させられる。
「なるべくがんばりますが、まずは怪我のないようにしましょう。涼原さんも、
身体を大事にしなければいけない立場ですし、二位までに入ればいいんです」
「うん。でも、気持ちは一位で予選通過ね。優勝を狙うつもりで」
ここまでの展開は、純子にとって予想外のもの。二つか三つぐらい正解すれ
ば上出来かなと思っていたのが、思い掛けずトップに立ったものだから、さす
がに欲が出る。本気で優勝を目指したくなっていた。
「あら? 今まで狙っていなかったんですか。私は常に狙っています」
淡島は当たり前のように言った。
〜 〜 〜
十数分後。
淡島の意気込みとは裏腹に、全十問のアクションステージは散々な結果を呈
した。問題自体は比較的簡単な物ばかりだが、解答方法が体力を必要とする。
アスレチックのような関門を乗り越え、くぐり抜けて、飛んだり跳ねたりした
末にボタンにたどり着くというスタイルだ。
チーム二人のどちらが答えるかは、その都度ランダムに決まるのだが、純子
が選ばれたときは対等に闘えても、淡島が選ばれるとがたがたになった。しか
も、運の悪いことに、純子より淡島の選ばれる頻度がわずかながら上回る有様。
「淡島さん、無理しないでー!」
ラウンド終盤に差し掛かり、純子は無闇に応援するのをやめて、気遣うよう
になっていた。その視線の先では、ゴムボールが一杯に詰め込まれたプールの
中で、淡島が足を取られて動けなくなり、今にも“沈みそう”だ。
「もう、だめです……」
そんな声が聞こえたような気がした。
第三ラウンド終了、つまり予選全てを終えての各チームの点数と順位は……
成陵が文武両道?ぶりを発揮し、18点でトップ。純子と淡島の緑星チームは、
15点で辛うじて二位に踏みとどまった。霧が丘は解答権のほとんどが女子の
西之谷一人に集中したのが響き、14点止まり。最後に来て笑いを取りに走っ
た府立は12点で終わった。
決勝戦開始まで、三十分の休憩が取られた。この間に、敗退チームの応援席
の面々は帰され、セットは別の物になる。
「がんばってや」
控室に引き返す道すがら、府立の二人に声を掛けられた。どう応えていいも
のやら、とりあえず頭を下げる。
横倉といった方が、続けて口を開いた。
「決勝、面白うなるんを期待してるで。それにな、大きな声では言えへんけど」
内緒話のときのように手の甲を口元に添える仕種をした横倉だが、声量は通
常のままだ。
「成陵の二人は、なーんか、すかした感じがして、気にいらへん。どうせなら、
あんたらに勝ってほしいわ。三年生が勝ってもつまらんし」
「は、はあ……どうも」
答える純子の表情が硬いのは、後方に、その成陵二人の歩く姿が見えたから。
最前の横倉の言葉も、恐らく耳に届いたに違いない。
その証拠に、立ち止まったままの純子達四人を追い越す瞬間に、成陵の木庭
が言い捨てた。
「関西人に嫌われるのは、慣れているからな。どうってことない」
嫌味というよりも、挑発的な言い種だった。
木庭の方はそれだけで通り過ぎていったが、もう一人の西城は足を止めた。
「お手柔らかに。僕は部長と違い、クイズ一辺倒じゃないから」
「へえ〜、せやったら、他に何か興味あるんや?」
お願いだからこれ以上火種を大きくしないでほしい……純子のそんな思いも
虚しく、府立の江副がからかい気味に尋ねる。
西城は余裕のある態度で、「色々あるが、人並みに女の子に興味ある」と答
えて、口元で笑う。
「おっと、ただし、がさつで騒々しい子は願い下げだな。やはり、きれいでお
しとやかで、よく気のつく子がいい」
台詞の前半は府立の二人に、後半は純子に視線を合わせながら言った西城。
(何、この人)
かちんと来た純子は、わざと声を低くして言ってやった。
「あら。それじゃあ、少なくとも私はだめだ。おしとやかさなんて縁遠い」
そして成り行きを静観していた淡島の手を取ると、久住でいるときみたいに、
大股で廊下をずんずん進む。途中、振り返って、横倉と江副にだけ、にっこり
と笑って頭を下げる。
「応援、ありがとう! 期待に添えるよう、がんばる!」
府立の女子二人は、やんやの喝采で送ってくれた。西城がどんな表情をして
いたのかまでは、見なかった。
控室まで戻ると、当然、木庭がいたが、特に目を合わせることもなく、仕切
られた自分達のスペースに入る。西城と府立の二人はまだ一悶着が続いている
のか、なかなか姿を見せない。
決勝を控えて、改めてクイズの本を開こうとした純子達のところへ、今度は
霧が丘の辻井がひょっこり顔を覗かせた。
「あのー、いい?」
「はい。かまいませんが、何か」
淡島が応じる。
辻井は一人らしく、あとに西之谷が続くことはなかった。
「さっきはよい勝負だったね。あと少しだったのに、残念」
「運良く、逃げ切らせてもらいましたわ」
これも淡島。
純子は本を閉じた。ひょっとすると淡島が、運の良さも占いで決まっていた
などと言い出すのではないかと心配になったのだ。今日会ったばかりの相手に、
占い講義をするのは、変な目で見られる恐れがある……。
もっとも、それは杞憂に終わった。淡島は特に言い足すこともなく、逆に、
辻井が口を開いた。
「実は、僕は普段より集中力を欠いていたのだけれど……ああ、負けた言い訳
ではないよ。僕はあることが気になって」
辻井は純子に向き直った。
「涼原さんと言ったね?」
「はい、そうです」
「涼原さんは、もしかして、別の名前を持ってないかな?」
「え……っと」
返事に窮したのは、二通りの可能性が浮かんだから。
(風谷美羽のことを言ってるのなら問題ないんだけど、万が一にも久住淳のこ
となら、知らんぷりしなくちゃ)
と、そこまで考えてから、安全策を思い付く。自分から風谷の名前を出せば
いい。話が噛み合わなければ、それで切り上げる。
「あの、辻井さんは男性なのに、ファッションモデルに関心があるんですか?」
「ていうことは、やはり、あの風谷美羽?」
「はい、風谷の名前でモデルをしています」
「間近で、生で、本物を見られるなんてラッキーだなあ。うん。今日はもっと
芸能人を目撃できると期待してたのに、当てが外れたから、なおさらだよ」
辻井の目が輝いたようだ。口調も多少変化している。
「ねえねえ、芸能活動みたいなことも前してたんだから、この番組にだって芸
能人枠で出られるんじゃないのかな?」
「それは分からないけど、今回出たのは、友達の代わりで」
「ああ、そうだったね」
「それでご用は何でしょう?」
冷たい調子で言ったのは淡島。珍しく苛立っているらしい。もしかすると、
決勝戦に備えたいのだろうか。
純子が黙って辻井を見上げると、彼は少々面食らった様子ながらも、早口を
加速させて言った。
「あ、ああ、そうだね。サイン、もらえたら嬉しいなと思って」
「サインを書いてくれということですね? でしたら、色紙とペンをお出しく
ださいな」
淡島がマイペースで進めていく。辻井の方は芸能人に会えると期待していた
だけあって、色紙もペンもたくさん用意していた。
「これに」
色紙とペンを差し出した辻井に、淡島が言った。
「私にじゃなく、涼原さん本人に頼む。それが筋というもの」
「そ、そうだね。あの、サインをお願いできるでしょうか」
淡島の毒気?に当てられ、すっかり萎縮した感のある辻井は、やけにへりく
だった物言いになっていた。純子は段々かわいそうになってきて、
「はい。喜んで」
と笑顔で応じることにした。
辻井は色紙を受け取ると、礼を言いつつ頭を下げ、淡島の方を警戒しながら
そそくさと立ち去った。
「やっと行きましたか」
ぱんぱんと、手をはたく仕種のあと、腰の両サイドに手を当てる淡島。薄目
をした表情が、いつになく恐い。と言うより不気味。
「淡島さん。何もそんなに邪見にしなくても。淡島さんがそんなことするなん
て、珍しいからびっくりしちゃった」
純子が言うと、淡島は椅子に収まりながら、ぴょこんとこうべを垂れた。
「驚かせてすみません。ただ、あの人は礼儀を失していましたので。きっぱり、
はっきり、くっきり区別しなければいけません」
「礼儀?」
「本日、涼原さんは涼原さんとしてここに来ているのです。その証拠に、クイ
ズの席のネームプレートにも、本名が印刷してあります。だから、他の人にも
分かっているはず。なのに、あの人は涼原さんを芸能人扱いしました」
「ま、まあ、それは理屈だけど……」
穴がないだけに、それ以上言いようがない。純子は苦笑を浮かべ、あとの言
葉を濁した。代わりに、「ありがとう、気遣ってくれて」と礼を述べておく。
淡島はすぐには反応せず、持って来た雑学本を取り出すと、ページを開いた。
「どういたしまして。それに、決勝戦までの貴重な時間を邪魔されたくなかっ
たのです。狙うは優勝!です」
「はは、そういうことね」
最前の廊下でのいざこざのせいだろうか、決勝戦は、司会者の弁舌が緊迫感
を和らげることもなく、火蓋を切っていた。
決勝は五問限定の短期決戦である。
番組が用意した五問は文学・歴史、芸能、社会、科学、スポーツのジャンル
別になっており、その中から予選上位のチームが一つを選ぶことでスタート。
以後、正解したチームが次の問題を選択できる。また、出題前に、その時点で
点数の低いチームがベットの額、つまり賭け点の決定権を持つ。ベットの値は、
自分のチームの得点を超えてはならない。
解答方式は早押し。無論、正解すれば相手から賭け点分を奪える。誤答すれ
ば相手側が無条件で正解となり、賭け点分を奪われる。問題文を読み終わって
から十五秒で両チームともボタンを押さないときはドロー。この回はなかった
ことになり、同じジャンルから改めて出題される。問題の特徴としては、やた
らと文章が長く、引っかけの色合いが濃い。が、たまにストレートな問題もあ
るので要注意。
このようにして競い、相手を0点にするか、五問終了時に上回るかすれば勝
利だ。ただし、決勝開始時点で後れを取っている側は、その点差分、上回らな
ければ勝利と認められず、延長戦に突入する。今回の場合、純子達緑星チーム
は、少なくとも18点を取らなければならないことになる。
「では、一問目に行こうか。さあ、成陵チーム。選ぶのはどのジャンル?」
「芸能をお願いします」
二人揃って即答する。作戦を練ってきたらしいのは、ありありと窺えた。
と、西城が純子と淡島の顔をあからさまに見つめて、にやにやするのが分か
った。挑発に来ているのか、それとも“女の子に興味がある”ことを実践して
いるのか。
純子は大きな動作で目を逸らし、観覧席に相羽を探した。すぐに見つかる。
彼は若干不機嫌そうに、成陵の席をにらみつけていた。それだけでもう、純子
は気が晴れて、冷静に闘える。
「対する緑星チーム。現在3ポイント差で負けてるけれど、最初のベットはい
くらかな?」
純子と淡島は顔を見合わせ、互いにうなずいた。ベット額を宣言するのは、
淡島。
「1点で」
「たった1点でいいんですね? 芸能は得意そうに見えるけれど」
篠の余計な問い掛けには、これには「いいんです。様子見ですから」と純子
が応じた。
1点としたのには、当然ながら理由がある。3点差での決勝なら、途中で0
点になる可能性は極めて低く、まず最後まで行く。言い換えれば、五問目に正
解することこそ、勝利への近道。それには最悪でも相手に24点までやってか
まわない。五問目に持ち点全部を賭けて正解すれば逆転、しかも三点差の条件
も満たす。
「それじゃあ、第一問。芸能問題から」
篠の声と身振りで、女性アシスタントが問題文を読み上げる。
「昔のヒット曲のカバーが今またブームで、今年一月、カバー専門のユニット
『リバイバー』が結成されました。メンバー三名はいずれもソロ活動で有名な
アーティストですが、その一人はかつて別」
純子が解答ボタンを押した。ここまでの問題文では、考えられる答は四通り。
半ば勘だが、点差を詰めておくのはかまわないし、間違えて元々だ。
「はい、緑星来たぁ」
「スリル……?」
「正解」
篠が告げ、女性のアナウンスが問題文の続きを読む。
「かつて別のユニットをある外国人アーティストと組んでいました。さて、そ
れは何というユニットでしょう? 正解はスリル。カーク=オーヴァーランド
とユーリ、そして叶璃音(かのうりおん)の三名で結成されました。ちょうど
二年間で活動を停止しましたが、正式な解散は宣言していません」
「途中でよく分かったねえ」
電光掲示のポイントが変動する。緑星は16、成陵は17。
「ユニット名でなく、アーティスト名だとは思わなかった?」
篠に問われた純子は、頬に指を当てながら答える。
「えっと。叶……さんを答えさせるんだったらストレートすぎるし、外国人は
二人だから、そのどちらかを答えさせるのは捻りすぎと思って。でも結局、勘
です」
片手を頭にやって笑顔を見せると、篠だけでなく、会場全体がつられたよう
に笑った。相手チームの応援席すら、である。
「さて、詰め寄られた成陵。まだリードしてるんだから、気落ちすることはな
い。どのジャンルをご希望かな?」
篠に促された成陵の二人は、特に撫然とした様子もなく、淡々と「文学・歴
史」と伝えた。
「何でそのジャンルを選んだのか、聞いてもいいかい?」
「ええ。単純な理由からですよ。相手の得意そうな問題を残すと、苦しくなり
ますからね」
西城が、高校生にしてはやけに気取った調子で答えた。手の内を明かすとい
うことは、それだけ自信がある証拠と言えそう。
(残りのジャンル……スポーツや科学は、多分、向こうが有利。あのどちらか
を五問目にされたら、逆転は難しいかも)
急に弱気が鎌首をもたげた。このまま行くのか、淡島に相談したいところだ
が、猶予は全然ないと言っていい。
「対する緑星、今度賭けるのはいくら?」
「今度も1点で、お願いします」
淡島が返事して、人差し指をぴんと立てた。
「またかい? それで大丈夫?」
篠が作ったような表情や声で、大げさに心配がる。淡島は平然と応じた。
「この点差だと、最後に勝たなくては意味がありません。今のところは、得点
するにしても失点するにしても、最少に収めておくことにします」
「ははあ。堅実だねえ、近頃の若い人は。では第二問」
前問同様、女性が読み始める……と、「二刀流で知られる宮本武蔵」と言っ
ただけで、成陵チームが解答ボタンを押した。問題文を理解するにはあまりに
も早く、純子も淡島も、え?と声を上げたほどだ。
「強い敵とは戦うな」
「へ?」
篠も面食らう中、ブザー音が鳴り響く。誤答である。緑星側は労せずして1
ポイント獲得し、これで逆転。
だが、成陵の男子二人は、しまったという顔つきをするでもなく、かすかに
笑みをこぼしている。
「えー、木庭君。何で、そういう答になったのかな」
「五輪の書にある勝つための秘訣の一つですよ。武蔵と来れば、これだと思っ
たんですけど、深読みしすぎですか」
「いや、深読みも何も……。えー、問題文の続きを」
「二刀流で知られる宮本武蔵はその生涯において、数々の決闘を行ってきまし
たが、中でも巌流島の闘いは有名です。さて、そのときの相手、佐々木小次郎
が称した流派は何と言うでしょうか? 答は巌流」
「ということで、巌流島は、佐々木小次郎をしのんで付けられた名前。元は舟
島と言った。いや惜しかった。少し焦ったかな」
「そんなつもりはないんですけどね」
西城が応じる。虚勢を張っているのではなく、本当に余裕がにじみ出ていた。
「一方、幸運にも逆転した緑星のお二人さん。気分はどう?」
「まだまだ」
淡島が答える。純子が横目でちらと伺うと、彼女にしては珍しく、険しい顔
つきになっていた。眉間の辺りに皺が寄る。
「予定が」
短くつぶやく淡島。純子も分かっていた。
(四問目まではリードされたまま行くつもりだったのに。さっきから見てると
相手の二人、わざと逆転させたみたいだから不気味)
「それじゃあ、立場入れ替わって、逆転に成功した緑星。三問目のジャンルに
は、何を選ぶ?」
篠の呼び掛けに、すぐには反応できなかった。作戦が崩れ掛かったことと、
相手の不可解な出方に、動揺が大きい。
「どれにする?」
二人、顔を見合わせて急いで相談。最後に残しておくとまずい問題となると、
スポーツもしくは科学。どちらかと言えば……。
「スポーツでお願いします」
声を揃えて告げる。篠は何故か揉み手をして、「ようし」と応じた。
「さてさて、対する成陵チームは、この問題に何点を賭けてくるか、注目だ」
「女の子みたいにちびちび行くのは、性に合わないので」
前置きした木庭。あとを受けて、西城がマイクに向かって喋る。
「6点で」
勝負をかけてきた、とスタジオ内が湧く。
だが、冷静に考えると、6点ならまだ誤答してもセーフティなのだ。
(仮に私達が取ったとして、相手は10点、こっちは23点。四問目に1点を
賭けて、これを落としても、最終問題で逆転の目は残る)
純子は頭の中で素早く計算し、むしろ自分達の方が追い込まれているような
気分になった。決勝戦半ばで、相手に賭け点の決定権を握られたのは、想像以
上に痛いかも。
「それじゃあ、行くよ。6点を賭けての勝負、三問目!」
「日本人メジャーリーガーの内で、一番最初にホームランを打ったのは誰でし
ょうか」
捻りなし、ストレートな問題だった。
と言っても、純子達にはかいもく見当がつかない。メジャーリーグの日本人
選手名を列挙するだけでも一苦労である。
成陵はと見ると、純子達のチームの出方を待っているのか、ボタンに手を置
いたまま、制限時間を気にする素振りをしている。ここで6点を奪う代わりに、
賭け点決定権を譲り渡すのが得策かどうか、ぎりぎりまで思案するらしい。
十四秒が経過したとき、成陵チームの解答ランプが点灯した。指名を受け、
西城が口を開く。
「野茂英雄選手」
「お見事。知ってなきゃ出ない答だな。ということは、つまり、知っていたの
に答えるかどうか迷っていたね?」
篠が面白がる風に聞く。確かに、この辺の戦略は、番組の売りだ。
「まあ、そうですね。間違えたり、答えなかったりしていると、頭悪いと思わ
れるから、答えてしまいました」
西城がしれっとして答える。その隣で木庭は腕を組み、うなずいているが、
芝居がかって見えるのはうがちすぎだろうか。
「いやいや。お茶の間の皆さんは、ちゃーんと見ているよ。さあ、これで再逆
転。ええっと、22対11か。ちょうどダブルスコアだね」
司会の言葉を聞き流しながら、純子と淡島は落ち着きを取り戻しつつあった。
焦る必要は全くない。元々考えていた作戦に戻っただけのこと。相手の得意ジ
ャンルを残されるのはほぼ確実だが、五問目を前にして0になる危険は回避で
きた。
成陵は四問目のジャンルに社会を選んだ。緑星はこれに対して1点だけ賭け
る。
「問題。一九六六年六月二十五日に施行され、二〇〇〇年一月の法改正、いわ
ゆるハッピーマンデー法のために、当初定められた日付には決してならなくな
った日本の祭日とは何の日でしょう?」
今度もストレートな問題。だが、文面がややこしくて、ただちには飲み込め
ない。
(えっと、確か成人の日と体育の日。どちらも第二月曜だから……成人の日、
十五日にはならないわ!)
ボタンを押す。が、敵の方が一瞬早かった。木庭が「成人の日」と正解を答
える。現段階での一点はどうってことないけれども、押し負けたのは悔しい。
どうして成人の日なのかの説明が流れるが、純子も淡島も最早聞いていなか
った。最後に残った科学に関する知識を、脳裏の前面に引っ張り出すのに忙し
い。
「泣いても笑ってもこれが最終問題……になるはずだよね。緑星のお嬢さん方。
何点を賭ける?」
「もちろん、10点全部を」
「結構だねえ! これで最終問題になることが確定したわけだ。と同時に、こ
れに正解した方が優勝。まあ、3点差でスタートした時点で予想できた展開だ
が、なかなか緊迫感のある闘いをありがとう。その緊迫感もあと少し。行って
みようか」
一気にまくし立てた篠が、女性アナウンサーに目で合図を送る。
「第五問。まず、図をご覧ください」
スタジオに設置された大型パネルに、簡単なイラストが表示された。レモン
を横に半分に切ったような形をした、鳥かごの絵だ。中には、種類は分からな
いが、一羽の小鳥がいる。鳥かごの天井からは、とまり木がブランコのごとく
ぶら下がっていたが、小鳥はそこには乗らず、かごの床に接していた。
さらに、鳥かごの横には、秤が描いてあった。簡略化してあるが、精肉店な
どで見掛けるタイプと分かる。
「地球上での問題として考えてください。鳥かごは格子状になっていますが、
そこにはガラスがはめ込んであり、密閉されています。鳥かごの重さを五〇〇
グラム、小鳥の重さを五〇グラムとします。餌の摂取量による増減は無視して
ください。また、秤は大変正確で、壊れないことにします」
声に従い、パネルの右側のスペースに、数字が示されていく。
「今、図示している状態のまま、鳥かごを秤に載せると目盛りは五五〇グラム
を差しました。ですが、あるとき、小鳥は鳥かごから出ていないのに、秤の目
盛りが五〇〇グラムを示しました。それは一体どういう状態のときでしょうか」
観覧席でざわつきが少々起きる。多くの者が、かごの中で小鳥が飛んだら、
秤は何グラムを差すか?というような問い掛けを想像していたに違いない。
そしてそれは、純子や淡島も同じだった。
(えっ……これって、飛んでいるときじゃないわよね? 確か、密閉状態なら
飛んでいるときも、空気を羽根で押すから、目盛りは変わらないはず)
幸い、成陵チームの二人も答を決めかねている模様だ。二択ならまだ一か八
かの勝負に出ることも選択肢に入ってくるが、今の問題では話にならない。こ
のまま十五秒が過ぎて、仕切り直しとなることを願うばかり。
と、思わず両手を組み合わせた純子の隣で、淡島がつぶやいた。
「私、分かりました。昔、考えたことあるんです。答えますね」
「え?」
純子が止める間も、その答を聞く間もなく、淡島の手がボタンを叩いた。解
答権を得たことを示すランプが橙色に灯る。
「おおっと、時間ぎりぎりで緑星が来たっ。勝負かけたね。どうぞ!」
「し……」
言い掛けてやめる淡島。純子ははらはらし通しで、見守るしかできない。
(どうしたの? 早く答えないとブザーが)
「篠さん。正確に答えなくては行けませんね?」
「あ? ああ、そうだね」
早押しクイズの最中に問い返されるとは予想していなかったのか、名司会者
として知られるベテランが、幾分呆気に取られた風に応じた。
「鳥が飛んでいるとき、」
淡島は軽い深呼吸のあと、一気に言った。それが答? 引っかかった!等と
思った人はたくさんいたことだろう。成陵の西城と木庭も内心、ほくそ笑んだ
かもしれない。
だが、淡島の台詞はまだ続く。
「――急逝し、落下を始めてから鳥かごの床に着くまでの間、ですね。死なな
くとも、気絶でも多分かまいません」
「せ、正解! おめでとう!」
篠が一瞬どもり、次いで手を叩いて称賛と祝福の意を表した。応援席の半分
は沸き、半分は沈んだ雰囲気になる。そのコントラストは、テレビ画面を通せ
ば、残酷にすら映るかもしれない。
純子は相手二人の気が抜けたような態度を目の当たりにし、多少なりとも気
の毒に思えてきた。
淡島は淡島で、占いの通りに優勝できましたわとばかりに、静かにうなずく
だけ。おかげで、優勝した割には、当人達があまり喜んでいるように見えない
状況ができあがる。
問題の解説がなされた後、スコアが告げられ、篠が改めて「緑星チーム、優
勝おめでとうっ」と興奮気味の(あるいは興奮を装った)声で言う。
「おやおや。逆転勝ちに、実感が湧かないようだ」
「いえ。そういう訳では。このあともありますし」
純子がそんな返事をしたあと、淡島も流暢に語り出した。
「運がよかったのは事実ですわ。ただ、今日という日にその幸運が訪れること
を、前もって知ったので、自信を持って闘えたと思います」
「あ、淡島さん。占いのことは言わない方が」
純子が止めに入ると、喋るのをあっさりやめた。放映時には、カットしてく
れていることだろう。
司会者が成陵の男子二人に敗戦の弁を尋ねる間、純子はようやく人心地つい
て、観覧席に目を向ける余裕もできた。応援に来た友達に手を振りたいところ
だが、今は音声が被るとまずいという意識が働くので、自重する。
「あれ? また」
その代わり、相羽の姿を探した純子は、唐沢の隣がぽっかりと空いているの
を見つけた。
――つづく