#294/567 ●短編
★タイトル (AZA ) 06/08/13 19:43 (396)
お題>二番煎じ 永山
★内容 07/08/02 12:49 修正 第2版
「やっぱり……親父だったのかよ!」
「息子よ。強くなったな――」
「――うおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」
エレメント・バーサス 完
* *
「それで佐神楽先生、次の新連載のことなんですけども」
ホテルのカフェ、その一番奥のテーブルで、佐神楽玲司は美女と向き合って
いた。彼女は英俊社が出している漫画雑誌・週刊少年マンスリーの編集者だ。
「メールで送ってくださった構想、全て目を通させていただきました。どれも
素晴らしく、捨てがたいんですが」
「だめですか。それならまた考えてきます」
佐神楽は即座に言った。相手の語尾に「けども」「が」と続けば、悪い返事
を予想せざるを得ない。
ところが女性編集者――塚堀真奈は、口と目を大きく開き、両手を身体の前
で振った。
「いえいえいえいえ。だめなんじゃないんです。私個人は、さっきも申しまし
た通り、素晴らしいアイディアだと思いました」
次はどんな打ち消しの接続詞が飛び出すのか、佐神楽は相手の形のよい唇を
注目した。
「――しかし、編集部に届いた読者の声は、『エレメント・バーサス』を続け
て欲しいという要望が圧倒的です」
「続けてって……EVパート2とか、新エレメント・バーサスとかですか」
「そうそう、そういうのです。きちんと完結したのに、続編の要望が今も来て
るんだから、ほんと、大変な人気ですね」
佐神楽玲司は、少年マンスリーの看板漫画家と見なされている。キャリアは
中堅に足を踏み入れた程度だが、五年と三ヶ月前に連載を開始した『エレメン
ト・バーサス』が絶大な支持を得て、同誌で一、二位を争うポジションに躍り
出た。
では、『エレメント・バーサス』が画期的な漫画だったかというと、そうで
もない。むしろありふれた内容だろう。
「今もって人気があるのはありがたいです。でも、完結させたんだし、あれを
また続けるというのは」
「いえいえ、続けられますって」
「簡単に言ってくれる……。いいですか、『エレメント・バーサス』っていう
作品は――」
舞台は日本語が世界共通語の地球型惑星、時代背景は中世ヨーロッパと米大
陸西部劇と東アジア戦国時代が同居したような、言ってみれば大変都合のよい
場にした。
ジャンルは典型的なバトル物で、武闘技エレメント・バーサス、通称EVな
るものを設定した。闘士(試合であれば選手)は、木・火・土・金・水いずれ
かの要素をその肉体に帯び、バトルに臨む。帯びた要素はその勝負が終わるま
で変更できない。帯びる要素によって戦法の得手不得手は異なり、また各要素
と個々人との相性が強弱につながる。上級者ともなれば帯びる要素は自らの意
志で選択可能になるが、初心者だと帯びた要素が何なのか、なってみるまで分
からない。
その物語世界では、EVの王者となることが大きな栄誉とされ、大金が懐に
転がり込む。それは国同士の戦において、一人ないし複数名のEV闘士が、そ
れぞれの国を代表して戦うのが習わしとなっているせいでもあった。
母の手一つで育てられた主人公のトール=シドー(志藤貫)は、まだ少年な
がらもEVの地方大会で頭角を現しつつある逸材だった。しかし、全国規模の
大会に通じる登竜門的な試合で、何もできずに敗退。落ち込むトールに、彼を
破った貴族出身のレディオ=ロマンが「強くなりたければ、君も我が師ラウル
=ウラバドルの弟子にならないか」と声を掛ける。ウラバドルと言えば、名の
通ったEV闘士である。が、敵の攻撃を避けるに重きを置いたロマンのすかし
た戦い方が気に入らないとして、トールは拒否する。
その後、信頼できる師を得たトールは実力をアップ。全国大会でロマンに借
りを返し、世界王者になっていたウラバドルへの挑戦者決定戦に駒を進める。
ところが、一大事が起きる。ウラバドルが何者かに襲われ、重傷を負ったのだ。
現役の世界王者を倒す強さとその手口から、かつて世界王者に君臨するも、秘
薬の力を借りて複数の要素を同時に帯びる禁じ手を用いたため、追放されたカ
リウス=ド=シーザーの仕業と考えられた。シーザーを捜し出し、倒すための
一団が国の主導で組織される。選抜された十名のEV闘士にはトールやロマン
もいた。
「で、紆余曲折を経て、最後にトールとシーザーの一騎打ちになり、その戦い
の最中、トールは少し以前より抱いていた疑念――シーザーこそ、母を捨てた
男ではないかという疑念に確信を抱く。決着後に全てが明らかになり、父と息
子の物語は完結したんです。これをどう続けろと」
「それを考えるのが、先生のお・仕・事」
佐神楽が皆まで言わぬ内に、塚堀は台詞を被せてきた。しかも、人差し指で
つんつんと突っつく仕種付きだ。
佐神楽は下を向き、小さく嘆息すると、コーヒーをすすった。
「塚堀さん。かわいく言っても、無責任な発言は困ります」
「それじゃ真面目に……。続けようと思えば、どうとでもできるんじゃありま
せん? 新しい敵か、新しい目標を作ればいいんです。一番単純な例を挙げる
と、トールが改めて世界王者打倒を掲げる」
「ほら、塚堀さんはやっぱり分かってない。実質世界王者のシーザーを倒した
トールは、すでに世界王者と同等です。シーザーの事件が収まれば、否応なし
に、世界王座に就きますよ」
「だったら、王者のトールが防衛を重ねていく戦いを縦軸にして、横軸には恋
愛を持って来る、なんていうのはいかがかしら?」
「それやると、昔の有名なボクシング映画に似てしまいそうだなあ。あれを越
えるのは難しいですよ」
「バトル物そのものがありきたりなんですから、気にしないで行かなくちゃ」
佐神楽の否定に即答を返す塚堀。佐神楽の言った映画が何なのか、理解して
いるのだろうか。
「耳が痛い」
「けど、人気があって、読者に支持されているのだから、問題ありません」
「そのようですけどね。父と子の対決をやってしまったら、それを上回る因縁
の組み合わせっていうのは、なかなかありませんからねえ。盛り上がりを欠く」
「血のつながりがあればいいということでしょう? だったら」
* *
「まさか……兄貴だったなんて」
「ふっ。血は争えぬな――」
「――畜生ぉぉぉぉぉーーーっ!!!」
エレメント・バーサス2 完
* *
「EV2」が好評をもって三年半の連載を締めくくったその一月後、佐神楽
玲司と担当編集者の江畑勝次は、ホテルの一室で会っていた。他社が“缶詰”
のために用意した部屋だが、予定ページ数の半分を渡した効力もあって、英俊
社の江畑と会える時間が確保できた。
「お忙しいところを、すみません」
「こちらこそ。元々、無理を言って変更してもらったのは僕からだし」
「お時間もないようなので、早速ですが、次の連載、やっぱり『EV』で行っ
てくださいというのが、編集部の意向でして」
「そして……読者の要望でもあると」
充血した目に点眼薬を垂らし、しばたたかせながらぽつりと言った。すると、
編集者がほっとしたようにうなずく様子が、視界の片隅で捉えられた。
「はい、その通りで」
「あのさ、前の塚堀さんから聞かされてると思うんだけど、漫画家の意向は汲
んでもらえないのかなあ」
余分な薬をぬぐってから、相手をじっと見据える。
童顔の編集者は、つい、と目だけ逸らして、「え? 塚堀先輩からですか。
何も聞かされていませんですけど」などと空とぼける。
「少年マンスリーには、育ててもらった恩義があるし、感謝もしてますよ。表
紙を初めて飾ったときは、心の中で謝りました。昔、『週刊少年マンスリーだ
なんて英語に訳す場合を考えてないのか』と思ったことを」
「それについては、自分もかねがね。ただ、月刊誌のボリュームを週刊誌でと
いうコンセプトが根底にありまして」
「ええ、今では承知してます。こっちはそんなことに拘ってるんじゃなくてね、
そろそろ、違う物を連載でやらせてほしいかな、なんて思ってる訳ですよ」
「それは困りますよっ」
急に声が大になる江畑。童顔にも、精一杯の強気が滲んだ。決して譲るなと
命を受けて来たに違いない。
その後、佐神楽に言葉を差し挟ませまいとしてか、編集者はこれぞ立て板に
水という口ぶりで、現在の「エレメント・バーサス」の商品価値を、滔々と述
べた。彼に言われなくても、テレビアニメ化によって火が着いたその人気の勢
いはすさまじく、従来のコミックスだけでなく、ノベライズ本に映像ソフト、
キャラクター商品やゲームソフトまでもが売れに売れているのは、原作者自身
がようく把握している。
「これを途切れさせる手はありません! パート3、何としてでも成功させま
しょうよ、佐神楽先生!」
力説にふさわしく、最後も力強い言葉で締めくくった江畑編集者。彼にして
も前任の塚堀にしても、当たりが比較的柔らかで年齢も若いが、その割に、佐
神楽の作品に口出ししてくる。佐神楽の性格を読んだ編集部が、佐神楽好みの
人物を担当に配したという考え方は、穿ちすぎだろうか。実際、塚堀にも江畑
にも、佐神楽がノーと言えた事例はほとんどなかった。
「どうしてもと仰るのでしたら」
佐神楽が返事しないのをどう受け取ったのだろう、江畑はいかにも譲歩案で
あるかのように切り出した。
「他社の仕事を手早く完結させてください。その上で、うちに『EV3』とも
う一本、平行して先生の描きたい作品を描く。これなら編集部一同、諸手を挙
げて歓迎します」
「非現実的なことを言われてもなあ」
両手を上に、伸びをしながら、佐神楽。
「仮に――あくまでも仮にだよ。パート3というか第三部を描くとして、何か
ある? 正直、やることはやったし、飽きてきてるんだ」
塚堀真名に押し切られてスタートした「EV2」は、復帰したウラバドルを
トールが倒し、新王者に就くエピソードで幕を開けた。そこへウラバドルの一
番弟子であるレディオ=ロマンが現れ、ウラバドルは最早全盛期に戻れる身体
でなかった。そんな師を倒しただけのトールを新王者として認めない、と宣戦
布告。トールやロマンを含めた百名によるトーナメントで王者を決めようとい
う流れになる。
「これだけでもよくある展開だよ。困ったときのトーナメント頼みってやつ。
そこへ加えて、ロマンとのリマッチ、シーザー軍団唯一の生き残りシャオ=リ
ーとの決着戦もありがちだし、決勝はいかにも師匠との対決と思わせておいて、
全くノーマークの奴が師匠を倒して出て来る。そいつが実は、トールの実の兄
だったと来た日には、ありがち展開の見本市だ」
「受けたんだから、いいんです」
一言で片付けられた。
「逆に考えたら、師弟対決が残ってるとも言えますしね。ウラバドルの息子登
場なんてのも、きっと行けますよ」
「この手の漫画で主人公が王者、つまり頂点にいると盛り上げにくいのは、江
畑さんなら分かるでしょうに。常勝王者は扱いづらい」
「だったら、その常勝王者を一撃で倒すような強豪を――」
「ストップ。それって、典型的なだめパターンでしょう。強さのインフレとか、
パワーバランスの崩壊とか言われて、読者に貶されるのが落ちだ」
「……うーん」
ここへ来て江畑は急に勢いを失い、唸るだけになった。他の漫画家を受け持
った折、苦い思い出を作った経験があるのかもしれない。
「どうしてもパート3をやれって言うなら、新しく主人公をこしらえて、トー
ルをターゲットにしたいな。しかも、トールは悪役で。よくある言い回しをす
るなら、暗黒面に落ちたトールを、新ヒーローが打ち倒す」
「だめ、だめですよ、絶対に!」
「何でよー、江畑さん」
必死の形相を面白がりながらも、佐神楽は笑いたいのを我慢し、真面目に聞
き返した。本当を言うと、「だめ」の理由は分かっている。
「当ったり前じゃないですか。アニメの方はまだ第一部の半ばなんですよ。視
聴者はトールに肩入れしてるのに、雑誌の新連載ではトールが悪役だなんて、
格好が付きやしません」
「そういうものかなあ」
「そういうものだと思います。だいたい、スポンサーからクレームが来かねま
せん。キャラクター商品が売りにくくなるとかの理由で」
「なるほどね」
たった今気付いたような素振りで、佐神楽はうなずいた。これだけ楽しませ
てもらったんだし、まだ英俊社への恩義も感じているし、もう少しの間、言う
なりになってあげよう。
佐神楽は承諾した。
* *
「最後のボスが、腹違いの弟だったとはな。親父も強い遺伝子をばらまいてく
れたもんだぜ」
「同じシーザーの血を受け継ぎながら、何故、どうして、俺がこんな惨めな敗
北をせねばならんのだ?」
「何だ、おまえ、まだ分かってなかったのか? 俺には、おまえにはない血が
流れている」
EV3 完
* *
「間を空けずに第四部突入ということで話を進めてきましたが、細部の意思統
一ができていませんから、一週、休みってことに決まりました」
「休みはありがたい。じっくり話し合える」
旅田修平の切り出した話を、佐神楽は口元で笑ってみせた。少年マンスリー
誌上における彼の次期連載は、EVシリーズで行くことだけが決定し、編集部
との方針統一に至らないまま、佐神楽は描き出していた。
「じっくりとは行かないかもしれませんがね」
旅田の口調は自嘲気味かつ皮肉めいていた。彼がまだ話を続けそうな気配を
察した佐神楽は、先手を打って台詞を素早くねじ込んだ。
「じゃ、私の意見を改めて主張しておきます。もう、血縁ネタはこりごり。こ
の点は、EVシリーズ続行をこちらが受け入れるのと引き替えに、そちらに飲
んでもらった条件だ」
「担当が変わったので、なかったことにしていただけませんか」
「お役所仕事よりもひどい。だめだめ」
手を振った佐神楽に、旅田は眉間にしわを作った。
「前にも言いましたように、連載終了が近付くと、読者からの投稿は次のEV
シリーズのラスボスにどんな血縁者が登場するか、予想したものが増えるんで
す。それだけ、期待されている証拠ですよ」
「お断りだ。二番煎じだのありがちだのワンパターンだのと貶す声も、同じぐ
らいあるはずだ。それでも続けて来たのは、少年マンスリーへの恩返しのつも
りであったし、担当編集者皆さんへの感謝もあった。だが、もうたくさん」
「ですが――」
「待った。待ちなさい。逆に聞くがね。あと、どんな血縁者が残ってるという
んだい? 長年繰り返したワンパターンのせいで、ただでさえギャグに思われ
かねないところへ、いとこやはとこなんて出したら拍車を掛けてしまうだけだ」
「祖父や義理の父親なんて役どころは、まだ空いて残っている訳ですから、安
泰じゃないですかね」
本気で言った台詞なのだろうか。佐神楽は流れる景色から、正面に座る相手
に目線を移した。増刊号に載る読み切り漫画を描くために、どうしても実際に
当たっておきたい場所があった。今はその取材旅行の帰りである。普段なら乗
らないような鈍行のローカル線に揺られて、身も心もリフレッシュできた気が
する。EVシリーズのことを頭から追い出せたら、完璧だったのだが……編集
者が同じなのだから仕方ない。
「ねえ、旅田君。いっそ、ギャグ路線でやらせてくれないか。それなら開き直
って、馬鹿みたいに親類親戚を登場させられる」
この場での思い付きではあったが、佐神楽は半ば、いや、かなり真面目に持
ち掛けた。これまでシリアスに作ってきたEVを、ギャグ漫画にすることでフ
ァン離れが起き、人気低下、連載打ち切りにつながって欲しいという目論見も
当然あった。
「ギャグ路線と一口に言っても、色々とレベルがありますけど、先生が描きた
いのはどの程度なんでしょうか」
「そりゃあもう、やるからには徹底しよう。しょっちゅう二頭身キャラになっ
たり、点目になったり。言葉のギャグも小学生が言いそうなのを入れる」
「だめですよ、そんなの」
やはり、編集者は否定してきた。
「シリアス漫画をギャグ漫画にしちゃったら、失敗したとき、取り返しがつき
ません。ギャグ路線自体、基本的に反対ですが、やるにしても絵柄は今のまん
まで、キャラクターの性格だけで笑いを取ってくださいよー。ナルシスキャラ
とか、おかまキャラとか」
そのタイプは、これまでのシリーズですでに登場させている。あれをより極
端にすればいいというのか。結局、二番煎じに陥り、失敗作と見なされ、人気
が落ちて連載打ち切りに……。
いや。
打ち切りは望むところだが、後ろ指を差されるような形は望まない。人気の
高い内に完結させて、きれいな引き際が本来の願いなのだ。
編集部の意向のせいでそれができないから、次善の策を探ろうと努力してい
るのだ。思い付きよりも、以前から構想にあった案を出してみよう。佐神楽は
慎重に切り出した。
「うーん。これまた編集部と私とでは思惑が大きく異なるようだから、ギャグ
路線もよすとしよう。この分だと、もう一つのとっておきの案も、だめっぽい
かな」
「とっておきとは聞き捨てなりませんね。何ですか」
旅田が、ぐっと身を乗り出してきた。興味を大いに引かれた風である。単に、
同じ姿勢でいることが苦痛になっただけかもしれないが。
「EVのキャラで、学園ラブコメみたいなこと、やりたいんだよね」
「えー? 学園ラブコメですかぁ?」
旅田が素っ頓狂な声を上げても、乗客のほとんどいない列車内は、すぐにま
た元の静かさに戻った。
「目先を変えるには、それくらいのことをしなければと考えてるんだがね」
これもだめかと思いつつ、ぼそぼそと応じる佐神楽。
しかし、編集者からの次の答は、漫画家の落胆に反していた。
「ラブコメはいいですが、学園は感心しません。教室で机を並べて授業を受け
るトールやロマンなんて、想像もしたくないですよ」
「――へえ? じゃ、学園物でさえなければ、キャラ達が恋愛しようが何しよ
うが、無条件でゴーサインをくれると言うのかね」
上機嫌が顔色に出るのをなるべく抑え、佐神楽は問うた。
「何しようがとまでは言ってませんが、恋愛ストーリーというのはありだと、
自分も思いました」
予想外の好感触に、佐神楽はますます気をよくした。昔と違って、漫画家と
しての地位をしっかり築いて迎えた今回の節目は、こちらの言い分が通らない
ようなら、断固としてシリーズ打ち切りを宣言しようと考えていたのだが……
これでまた続けることになりそうだ。
* *
「息子にピリオドを打たれるのは、幸せだと思わなきゃならんかな?」
EV4 完
* *
(何でこうなってしまったんだろう……)
第四部最終話の載った週刊少年マンスリーを読み返すと、佐神楽はそれをテ
ーブルの隅、壁際の側へと押しやった。
ファミリーレストランは夕食の混雑時をとうに過ぎ、先程まで賑やかにやっ
ていた若者のグループもいなくなったことで、閑散とし始めていた。佐神楽の
テーブルも、今は編集者が席を外しているため、静かだった。
EV4は佐神楽の方針通り、恋愛をメインに展開した。バトルを完全に排除
した訳ではなかったが、第3シリーズまでと比べるとぐっと減らした。言わば
恋愛が縦糸、バトルが横糸といった感じだった。
当然、従来のファンの一部からは猛反発が上がったが、これは計算の内――
少なくとも佐神楽にとっては。そして編集部にとってもそうだと信じていた佐
神楽だったが、実際は違ったようだ。
てこ入れをしましょうと言って、バトルシーンの増量を求めてきたが、それ
では元の木阿弥だとはねつけた。代案として、不本意ながら、お色気シーンを
増やしたが、これは佐神楽も失敗だったと認める。新たなファンを獲得したも
のの、それ以上に従来からのファンを失ってしまった。しかも人気の折れ線グ
ラフの盛り返しは一時的で、すぐさま落ち目の三度笠を形成する始末。
このままでは、後ろ指を差されるような打ち切りになってしまう。危機感を
強めた佐神楽は、編集部の要求を受け入れ、バトルシーンを増やした。すると
目に見えて人気が回復したので、編集部も調子付いた。
「ラスボスの血縁者、どうしましょうね」
そんな相談を持ち掛けられ、悪い異性に引っ掛かったかの如く、ずるずると
成り行きで、アイディアを考え……結果、「恋愛物にした意味があるように子
供を成長させればいい」と答えてしまった。
作品の途中で、時間を二十年近くすっ飛ばしたことには批判も上がったが、
このストーリーは読者に概ね、好意的に受け入れられた。EVはまたもや人気
を保ったまま、四度目のエンドを迎えた次第である。
(恋愛物の展開をした意味はあった。が、こういうことをやりたかった訳では
ないのだが。最後がまたもや“血の因縁”……書いてる方がうんざりしてるの
に、最近の子供や若い奴らは、こういうワンパターンでいいのか。と言うより、
ワンパターンがいいのか)
ため息をついたところへ、編集者の旅田が戻ってきた。席を外したときは携
帯電話を持っていたが、今はハンカチに変わっている。ついでに用を足してき
たらしい。一番難しい時期に、佐神楽をその気にさせた手腕を評価されたか、
今後も彼が担当するという。
「どうもお待たせしました。どこまで話、進んでましたでしょうか」
椅子の背もたれを掴み、腰掛けながら旅田は首を捻った。落ち着くと、先の
問いに彼自ら答を出す。
「トールの息子、キリュウを主人公にして、他の二世達と競い、あるいは仲間
になりながら、目標を達成する……と、ここまで決めたんでした」
「うむ」
内心、不本意ながらもうなずく佐神楽。言いたいことはたくさんあるのだが、
この旅田の前では口にしにくい。コーヒーを飲むことで、言葉も飲み込んだ。
「目標を何にするかが肝です。最初は二世同士の戦いで、勝ち抜いた者が王者
に挑戦する流れが順当でいいと思うんです」
「まあ、そうかな。そうだろうな」
適当に賛同しておく。考えてみれば、第四部の終盤は、トールの息子がラス
ボスになるアイディア以外、ほとんどを旅田主導でこしらえた。と言っても、
オリジナリティは欠片もなく、ありがちで二番煎じ、使い古されたエピソード
ばかりをつなぎ合わせただけだったが。
「ストレートすぎるのもつまらんから、途中で邪魔が入るのはどうだい? 何
とか七人衆みたいなのがね、乱入してきて挑戦者決定トーナメントをぶち壊し
にするんだ。で、そいつらに対抗して、キリュウ達戦える七人が結束する」
佐神楽は自分で言い出したにも拘わらず、どこかで聞いたような話だなと思
った。しかし、編集者は「いいですねえ」と笑みを浮かべるのみだ。佐神楽は
続けて、頭に浮かんだことをそのまま口にした。
「ついでに、あれも出そう。えっと、五重の塔みたいな建物。各フロアで刺客
が待ち構えている。七人だったら、七重の塔か」
「あっ、それも盛り上がりそうだから、いただきましょう。ただ、七人衆は団
体戦にして、塔はまた別エピソードにした方が、長持ちしますよ」
長持ちか、なるほどな。佐神楽はそういう言い様もあるかと、感心した。
「トールも出していただきたいんですけど、いかがでしょうか」
「ん? ああ、トールね。死んだ訳じゃないから、出すのは問題ないが、どう
いう役どころがいいやら。息子に敗れるほどだから、力は衰えて来ている。今
さら、息子の敵には回せない」
「ダークサイドに墜ちるという奥の手があります」
「悪魔に魂を売って復活、最盛期以上の力を身に付けて、息子の前に立ちはだ
かる、とかいうパターン? うーん、さすがにそれは……。トールに愛着ある
しねえ」
「それじゃあ、味方ですか……」
「亀の甲より年の功ってやつで行こうじゃない。団体戦ならチームの監督がい
いと思うね」
何だかんだとぼやきつつも、案外、乗り気になっている自分自身に気付いて、
佐神楽は苦笑するのを我慢した。
「メンバーが欠けたとき、代打として闘うのもありだと思うし。あー、でも、
トールを死なすのだけは、勘弁してもらいたいな」
キャリアを重ね、アイディアも枯れ始めている今、ありがちなエピソードの
組み合わせで人気を維持できるのなら、むしろ歓迎すべきことではないか。そ
う割り切るようになっていた。
* *
「やっぱり……親父だったのかよ!」
「息子よ。強くなったな――」
「――うおぉぉぉぉぉーーーっ!!!」
EV5 完
* *
そんなに同じネタの繰り返しが好きなのならばと、佐神楽はEV5の最後を、
敢えてエレメント・バーサス1のときと寸分と違わぬ形にした。
EV5はそれでも好評を博し、1と全く同じ結末にしたことに関して、指摘
する者は誰一人いなかった。
――終